在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
歴史はロマン
古代史の理解を広めていきたいと思います。
仮説であってもその刺激感がたまりません。
ヤタローさん
>白村江の戦い後、唐や朝鮮などの中華圏と決別した完全独立国家となるに際して生まれたのが、日本独自の元号と、日本という国名です。
自由さん
>天武〜持統の時代に、飛鳥浄御原令で正式に、 日本天皇(王朝名→国号+称号)と定められたもので、
確実な下限年代は大宝律令(701年)、上限は天武三年(674年)、書紀に「倭国」という語が出てくるから、それ以降701年までの間に国号は成立したと考えられる。自由さんがご指摘のように持統三年(689年)、つまり飛鳥浄御原令で正式に定められたのだろうが、対外的には674年以降数回に及ぶ対新羅交渉において、既に使用されていたかも知れない。独立自尊の精神からみれば、「隋書」にいう煬帝のとき(608年)の国書、例の「日出ずるところの天子~」で既に冊封からの自立を志向していたと思えるが、その間、白村江の戦い(663年)後、軍事的緊張が冷めやらぬにも関わらず、国号をもってこの自立志向を維持し得たところに、当時の我が国の不撓不屈さ、民族の意志を感じ取ることができる。
興味深いのは、書紀の雄略記において我が国を「中国(中ツ国)」と呼称している記事が散見できることである。古代において自国を中心と考えていた民族は東洋に限るものではないが、東夷・西戎などの中華思想、地中海の「中」にみられる古代ギリシャの思想は、すべからく水平的概念だったところ、我が国は天孫降臨神話にみられるように、世界の中心を垂直概念として捉えているところ。
つまり同じ「中国」でも水平的な地理感覚ではなく、原義として垂直的ないわば宇宙観といったような独特な感性を醸し出しているところである。このような感性はわたしの知る限り、「世界木」を奉戴したゲルマン神話くらいのものではないだろうか。この垂直概念で「日本」という国号をみると、「日(陽)が上る本」というよりはむしろ、「日(陽)が降り注ぐ中心(元)に位置する国」という解釈が適当だと考えるところ、「天照(アマテラス)」の含意も実に奥深い思想が垣間見える、記紀の面白さでもある。
おはようございます。
自由様
>その件はまったく知らない。
>誰かが引用した文に関わったんたのもしれないが、
そうですか、どなたかが引用したレスにそのまま乗っかられただけなのですね。
>と言われると承服しがたい。
そうですね、言葉が悪かったのでしょうか、うまく言えなくてごめんなさい。
私は逃げているつもりはありませんが、まあ、逃げるが勝ちとも言いますから。私もずいぶん反撃してきましたから自由様が反撃するお気持ちもわかるんです。(私の勝手な気持ちですが)
でも、無駄だとやっとわかったから関わることをやめました。
おとといは新着がロマンスレで埋め尽くされて、一つ開くと目も当てられないのでどうしたものかと固まってしまいました。
ずっと反撃しても変わらないんですよね。
まあ、あくまでもお願いですからね。
自由様が歴史のお話にご参加くださるなら、ヤタローさまがおっしゃるように、まあ、ぼちぼちいきましょか。
>以前に何度も申し上げましたが私が立てたスレをあの3人組に対してだしに使うのはやめて欲しいのです。
そんなことは当然のこと。あたりまえ。
問題は、その原因の一端はあなたご自身にもあることである。
すなわち、「あの3人組」なるあなたの心ない表現だ。
それが、私以外にどなたを指しているのかは不明。
だが、私たちに「3人組」だの、あの差別主義者がでっちあげる「二俣川一派」なる共通認識はなかろう。
単に偶然意見が一致している場合もある、ということだ。
しかるに、あなたのその軽率な表現が誤解を招き、
あのス〇ーカー連中の火に油を注ぐ結果になったものである。
この際、深い反省を求めたい。
ひまわりさん
相手にすることはないから。
まったく、自分の書いていることさえ忘れて人のせいにする最低だな。
そしてコピペばかり、邪魔だ。
冷静にかんがえるとさんやヤタローさん、自由さんの書き込み楽しみにしてる。
ひまわりさんも無理せず、ぼちぼちな。




































