今年入学した高1生が語る青春リアル
エデュ川柳partⅡ
0歳児
待ち遠しいのは
母の声
何で書き禁になったのかわからないです。
荒しは、ご遠慮ください。
楽しみたい方もいらっしゃるので。
コナンに説く真実は人の数だけある
久々に神谷美恵子の『本、そして人』を読んでいる。これは学部生時代に生協で購入した本だ。その中に衝撃の文章があった。大川周明は梅毒だった、というものだ(著者は精神鑑定に立ち会っている)。院生時代、私のことを「人として最低。勉強時間も努力のほども少ない」と言ったヤツが居た。彼は大川周明が他者を騙しおおせた賢者であると語っていた。どうしてあの頃この記載を思い出せなかったのだろう。随分と苦しんだものだ、彼の私の人間評価に。いま冷静になって考えてみれば、自己保身のために他者に攻撃的になる人間など珍しくもないのに。
他者の自己への評価。無用とは思わない。だけど重きを置くには危険すぎるものと思う。。。
肩書を気にせぬ言えるは全なれば?
「肩書を気にしない」、自他に対して。
これは深い問題だ。
自分も肩書及び能力に優れている。親も優れている。という人に、これを見たことがある。
しかし。人は手にしていないものに目が行くものではないか?
自分はそれらに優れていても、親が、子が。
自分は駄目でも、親が、子が。
自分も駄目で、親も、子も。
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つまり。
思考の問題のようでいて、条件の問題に過ぎないのではないか?
「肩書を気にする」「しない」をメルクマールにして、人の崇高性を測れるのだろうか・・・
とりあえず子の七光りで威張るなよ
なんか、そういう人、多いんですよね、最近の私の周囲で・・・
こういう人ほど、自己のもので闘わない、別手段をとるので嫌なんですが、負けるほうがアホと言われては愚痴もこぼせない・・・
毒にもなり薬にもなり「助」言かな
アドバイスにも万能なものはないだろう。
付いて行く。
新天地で夫の抱える苦悩と妻の抱える苦悩が相乗して悪い結果を招くこともある。
付いて行かない。
食事は気になるだろう。子どもに栄養のあるものを食べさせたりすると、この食事を経済的に支えてくれている夫は何を食べているだろう?と、切なくなったりするだろう。少しの我慢はして付いて行くべきだったと後悔したり、愛を再認識するかもしれない。
結局のところ、自分が負う人生なのだ。人の口にあるうちは「助」言にすぎない。活かす自分のところで決定打となるのだ。




































