在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
寂しい母の日
何にもありません。せめてLINEのスタンプでもいいからメッセージ欲しかったなぁ。
カーネーションを買ってきてくれた時もあったけど、今は昔話。
育て方が悪かったのかしら…
すみません、愚痴でした。
やはり白けてしまう。ここぞとばかりに何か渡しましょうとか。
存在に感謝するとか会話するとか、多分日々の積み重ねの方が喜びもあるんじゃないかな。
ポーンとただ品の良い品物が来てもそれまでの付き合いが希薄ならどうだろう。
義理母にコロナ禍になる前は毎月会いに行きご飯食べたり、母には家事を手伝ったりして、母の日にプレゼントする時よりその普通の日の方が嬉しそうだったかなあ。
中学の子供には、私は何も要らない。貴方が元気なことが私への母の日のプレゼントだからねと、それ以上は無いと伝えています。
拘りが無い人は、いつも何か感じているのだと思います。
労りとか感謝とか愛とかいろいろ。言葉や形にしなくても何となく周囲から。
なので満足しているし不要論。
実のところ、親に感謝しろというよりは親にしてくれて有難うなんですよね。
夫や子供が笑顔で居たらそれで充分って人が実は多いのではないかと思ってます。言わないだけで。
欲しいものは自分で買うしね。以心伝心ってことなら、毎日が母の日ですね。
>存在に感謝するとか会話するとか、多分日々の積み重ねの方が喜びもあるんじゃないかな。
ポーンとただ品の良い品物が来てもそれまでの付き合いが希薄ならどうだろう
親子関係も色々ですから、普段あまりうまくいっていない子から、思いがけず花の一本でももらったら 喜ぶ親御さんもいらっしゃるかもしれませんよ。
普段からやっているしとなると 入学祝いのプレゼントだって 普段から親として子どもには手もお金もかけているのだから改めてはいらないってとなりそうだけど、子どもが喜ぶ顔を見たいからとかでするんですよね。春になると 入学祝いにどうですか?という宣伝もぬかりなく始まりますが、宣伝に乗せられてというよりはしたくてしている人が大半だと思います。
母の日は、交流下手な親子には 思いを通わせるきっかけになっていることもあるのではないかしら。電話がかかってきたり、lineがくるだけでも喜ぶお母さんはいると思う。
うちは逆かな。
若いころ「プレゼントや花なんていらないから、自分達のために貯金しておきなさい」と実母に言われていたので、ずーっとスルーしていました。
もちろん電話やメールで感謝は伝えていました。
が!ある年、「友達は母の日にきれいな花束をもらっていた。うちは何もないのね」みたいなことを言われ、翌年からはお花のアレンジメントを届けています。友達に自慢できるような派手目のアレンジで(笑)
義母も実母も、物よりもお花を喜んでくれるので、毎年いろいろ考えずにすみます。
自分は?と言えば、新社会人の息子からは「家でしゃぶしゃぶしよーよ!」と言われ、お肉代三千円を渡されました。ほとんどは彼のお腹に入りました。




































