今年入学した高1生が語る青春リアル
この禅問答に、どう答えますか?
▶あなたが立っているところに、ひとりの禅僧が現れて、持っていたほうきの柄〔え〕を使って、あなたを中心に直径1〜2mの円を描きました。
▷あなたは、この禅問答にどう答えますか?
*出題した問題は、私がある禅僧から出された公案です。当時はその答えがわかりませんでしたが、今はその回答が分かったと思っています。あなたの回答を教えて下さい。
▶「我」が強いってそういうことだよ…ってことかなと私なら解釈しそうです。 わずか1~2メートル。過剰な自意識が世界を自ら狭めていると気づくべしってね。
この円は、中心にいる人に「こだわり」から解放される方法を考えさせる課題です、相手の問題点を指摘するものではありません。
▶…ところで禅問答って確固たる正解はあるものなんですか?
どうなんでしょう? あなたの考え方や常識の枠を打ち破る回答が正解に近いのではないでしょうか?
▶私は、円の内と外の境界を一度だけ踏み越え、また静かに元の位置へ戻ります。 越境したのは従うためでも拒むためでもなく、円そのものに実体が無いことを示すためです。
まだ、頭〔意識〕でものを考えようとしています。なぜ、円のこだわりから自由になれないのですか?
>「半眼」になっても、円はありますよ。なぜ、そんなに円にこだわっているのですか?
禅問答ですよね?
答えはひとそれぞれなのが禅問答と思っていました。もし正解?があるなら知りたいものです。
禅において円は特別な意味を持っていると聞いたことがあります。閉じているか否かで少し違うみたいですが。また、自分の周りから1〜2mも意味があると思いました。坐禅する時、1mぐらい先を見ると半眼になりやすいことはご存知でしょう。スレ文から円と円を理解するための半眼をイメージしたのです。
レスの中に円を飛び越えるという話には驚きました。お坊様が描いてくださった円をまたぐなんて発想はありませんでした。描いた円を消してしまう(破壊)よりマシですが。
色々と考えておられることが伝わってきました。お人がらが想像できそうです。
▶「もし正解?があるなら知りたいものです」
私は数十年間、頭の片隅でこの問題の回答を知りたいと思いながら考えていました。残念ながら、私の回答をここでは申し上げられません。ご自分で見つけることに意味があるのです。
●ただ、禅を考えるヒントを紹介します。
禅における真の人間とは、いかなる固有の立場もとらない人間です。戦前、特攻隊員が「悠久の大義につく」と言って死地におもむいたのも、禅の影響があったと言われています。基本的に禅には倫理的な原則がないのです。この円の問題も、通常の常識や「何かを考える〔←それは瞑想とは言えない〕」ことによって解くことは難しいのではないかと思います。必要なのは逆説的な発想の転換ではないかと思います。




































