在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
受験というものが、時代とともに変わり、そのハードルも変わりる。
中学受験を選択した時点で、受験生は、そのハードルがたとえ、高かろうが、曲がってようが、前に、水溜りがあろうが、飛ぶ。
私らは、ハードル並べる競技委員じゃない。
高すぎる、曲がってると外野は、好きなこと言うけど、いやなら、飛ばなければいいだけ。
無事飛んだ子達に、その外野は、野次を飛ばす。「そんな競技やめちまえ、野山走ればいいだろ」ってね。
私は言う「あんたは外野だ、だまっとけ、責任は俺がとるんだ。」
外野は言う「昔は、もっとまとまな競技だったのにな」
私は言い返す「じゃあ、なんで、わざわざ、ここに来て、やじってんだ?」
外野は、小さくつぶやく「俺も、税金払ってんだ・・・来てもいいだろ・・」
何度も騙されたくないです。
その昔、都立ナンバースクールは、自由闊達な校風と高い進学実績で、ある種、サンクチュアリ的な、あこがれの的でした。学校群制度で、丁寧に丁寧に、徹底的に、これを破壊し尽くしました。
次にゆとり教育が来ました。15の春を泣かせるな、でしたっけ。
しかし、脇が甘い、かつての文化庁長官、三浦朱門氏は、ゆとり教育導入の最高責任者ですが、ぽろりと、真の目的のひとつをしゃべってしまったことがあります。
「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。 いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。 つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力をできる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でもいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。
トップになる人間が幸福とは限りませんよ。私が子供の頃、隣の隣に中央官庁の局長が住んでいました。その母親は魚の行商をしていた人で、よくグチをこぼしていたのを覚えています。 息子を大学になんかやるもんじゃない、お陰で生活が離れてしまった。行商も辞めさせられて、全然楽しくない、魚屋をやらせておけばよかったと。裏を返せば自慢話なのかもしれないが、つまりそういう、家業に誇りを与える教育が必要だということだ。大工の熊さん八っつぁんも、貧しいけれど腕には自身を持って生きていたわけでしょう。
今まで、中以上の生徒を放置しすぎた。中以下なら〝どうせ俺なんか″で済むところが、なまじ中以上は考える分だけキレてしまう。昨今の十七歳問題は、そういうことも原因なんです。
平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。それが"ゆとり教育"の本当の目的。 エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ。」
『機会不平等』(斎藤貴男)
教育改革の真の目的は、マジョリティーの学力を下げて批判精神を奪い、一部のエリートだけに権力と富を集中させることだった、と理解します。魚の行商のくだりから、エリートは能力でなく家柄出自で選抜されるべき、という意志まで見え隠れします。
とってつけたように、国力のようなことが言われていますが、レベルの高かった日本の中間層を、丹念に丹念に引きずりおろしたところを見ると、一部の集団に世襲的に富が集中すれば、国力なんぞどうでもよかったんだろう、と勘繰ってしまいます。
話は飛びますが、
ある日突然、雇用の受け皿なしに大学院博士課程の定員を2倍に拡大し、高学歴ワーキングプアの集団をつくりだしました。結果、博士課程はどこも定員割れ、深刻なレベル低下にあえいでいます。
これも突然のごとく、法科大学院と新司法試験が導入されました。法科大学院を卒業すれば、7割は法曹になれる、という触れ込みでしたっけ。結果はどうなりましたか。
私は、もう、騙されたくありません。
男女差別論者で暴力容認(推奨?)論者の視点さんは置いておいて、丹念にいろいろ説いてくださる動機さんが、素朴なユートピア論者なのか、三浦朱門氏のような策士なのか、私にはよくわかりません。
でも、動機さんの主張と、ゆとり教育の主張の違いが、私にはわからない。表の主張が同じなら、裏の真意も同じなんじゃないかと、うすら寒くなるのですが、さしつかえなければ、本音の一端を開示くださいませんでしょうか。
「ある母親は、「XX中学は、去年は何点までが合格で何点までがその後の補欠合格だったし、##中学はそれが何点と何点だっし、++中学は何点と何点だったし------」とすべてを諳んじていて、しゃべりまくっている。 ある母親は、壁に張り出された算数の入試問題を頭から解き始め、去年より難しいとか易しいとか議論している。 過去の問題を全部やって、覚えているのか? 試しに、横から問題を覗いてみて、またまた驚いた。 難しいし、量が多い。 これをどうして60分間で解けというのだ? でも、その母親は、この問題だと100点もいるだろうと騒いでいる。」
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競走馬を調教してる気分でしょうね。
こんなお母さんは子供の将来がっちり決めて線路敷くのでしょう。
そして子供は受験のチャンピオンに向けて敷かれたレールを従順に走っていく・・・。
それで大学受験が終わると目的を失いつけを払わされることになる。
>競走馬を調教してる気分でしょうね。
>こんなお母さんは子供の将来がっちり決めて線路敷くのでしょう。
>そして子供は受験のチャンピオンに向けて敷かれたレールを従順に走っていく・・・。
心配なさらなくても、こういう親御さんがいる御子さんは合格しません。
受験チャンピオンにはなれません。
■視点さん、
あなたに、まともな、感覚があるのかどうか、疑わしいがね。
なんか調子に乗って、貶しモード全開になってきたな
『狂った』『洗脳』『進学実績しか頭にない』か・・・・・
なぜ、「責任」も、「関係」もない「外野の」あなたが、他人の選択に対して、『貶し』モード全開でなのか、わからんね。
それが『まともな感覚』ってやつか?
それが、人間性、社会性の高さを求める人が言うことなのか?
わからんなー。
>月田先生が中学受験の狂った実態に気がついたのは受験の当日。
>それ以前に気がついていたら息子さんに中学受験させたかどうかはわからないですね。
やめさせようと思えば、合格前だ、やめさせらるよ。
入学金入れなければいいだけだ。
たとえ以前に気づいても、受験させただろうな。
>でも月田先生の息子さんはそんな学校に通ってもまともに育ったのではないのかな。
>父親が正しい考えを持っていたわけですから。
視点さんが、まとまじゃないのは、視点さんお、お父さんの考えか?
それに、受験勉強「だけ」できればいい。なんて親「ばかり」だと、思ってるのかな。
まあ、きめつけたいのわ分かるけど・・
しらないんだから、まあ、しょうがないか・・・
でも、
私学にいれても、親が問題点を認識してれば、「子どもがまともに育つ」と視点さんが言うのだから。
たいがい、大丈夫だね。
視点さん。
もう1回、書きますね。
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月田先生は「ご自身が選択したもの」だからこそ、
そのマイナス面を広く訴えられた。
自分が選択したもののマイナス面は、自分自身が負うものです。
ひるがえって、
視点さんと動機さんは「ご自身が選択しないもの」にもかかわらず、
そのマイナス面を広く訴えておられる。
自分が選択しないもののマイナス面は、他人に負わせるものです。
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月田先生の言葉を引用すればするほど
己の人格を下げていきますよ。




































