女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
>中学受験をする際に、特に高学年の2年間は、殆どが学校と塾のスケジュール
>調整に追われる。
これには異論があります。
うちの通っているSAPIXでは、5年生は平日3日間だけの通塾です。
だから、それ以外の平日は夕食の時間までは、塾のお友達同士でサッカーとかゲームをしていますよ。
休日も、買い物や博物館、科学館、サッカー教室なんかにも行きます。
5年生の宿題はせいぜい1週間に1科目2~3時間程度。
それでも最難関校にいっぱい合格します。
6年生も夏休みぐらいまでは、平日の夕方と休日のうち1日の昼間は遊んでいます。
たしかに夏休み以降は遊ぶ時間はありませんね。
小学生の生活としてとてもバランスが取れていると思いますがいかがでしょうか?
塾に子供時代の大事な時間を奪われていることに気が付かない方が相変わらず沢山いるようですね。
最低限の塾通いで残りの時間は自学自習でやったほうが自分のペースで勉強できるし、そういうスケジュール管理できる子が将来伸びることを分かりませんか?勉強は最終的には自分でやるもので人に教わるのは考え抜いてもどうしようもない時にしたほうがいいことは自明だと思いますが。
結局、小学生課程を無視し小学生の脳の発達を超えたことをやらせるから他人が教える必要が出てくるのです。将来大学生になるのに(東大でも医学部でも同じ)全く必要のないことを膨大にやらされているのが今の中学受験です。
最後に藤原正彦先生(東大数学科卒、国家の品格著者)の意見も書いておきます。
「塾に頼らないと勉強できないようでは失格だ。勉強は所詮、一人でするもの。自学自習の姿勢さえ身についていれば、一生学び続けることができる。大学生になった途端に勉強しなくなるのは、小さいころより親や塾の先生から与えられた課題をこなすことばかりに専念してきたからだ。大切なのは、大学卒業後に伸びる力のある子を育てることだ。中学受験、高校受験に大騒ぎするなんて、だから女親はだめなんだ。目先のことばかり言って」
政治情勢が緊迫してきたのでこれにて終了します。来年度公立高校の復権がまた一歩進むことを念願して・・・・・・・・・・・・・。
>結局、小学生課程を無視し小学生の脳の発達を超えたことをやらせるから他人が教える必要が出てくるのです。
子供の理解の程度を注意深くみながら、ゆっくりと親が進めれば解決できる範疇のことではありませんか?
単に親の理解不足が「超えたところ」と錯覚させているかもしれません。
将来大学生になるのに(東大でも医学部でも同じ)全く必要のないことを膨大にやらされているのが今の中学受験です。
学習の目的はそのような限定的なものではないと思います。
子供にそういう考えは方は伝えたくないですね。
必要のないこと(学習)などというものがあるという前提に疑問を感じます。
(仕事でも「雑用」っていうものはないと考えているクチです)
子供をみて膨大(過剰)と思われるときは調整すればいいのでは?
そういうコントロールができる親として存在するために親自身も学習が必要ということでしょう。
要するに、冷静にみることだと思います。
小学生の頃からスケジュール管理をし、自分で勉強するような秀才はほんの一握りですよ。
その他大勢の子供なんて、ほっとけば良いと言うのでしょうか?
それとも、
勉強は大きくなってからすればいい、小学生のうちは遊んどけ!と本気で言っているのでしょうか?
普通の子にそんなこと言うと、ほんとに遊びますよ。一日中ず~っと。
大きくなって自分の実力に気付き「さぁ、がんばろう」と思っても、
いままでしてこなかった事を取り返すのは、並大抵のことではありません。
結果「行く学校もない」という事態になっても、だれも責任は取ってくれませんよ。
「塾に通い家庭教師を雇い、4年生から休みなくお勉強」なんていうのは極一部の、どうしても最難関に合格しなくてはならないご家庭に限り、だと思います。
本当に必死になるのは、6年生の一年か最後の半年だけなのではないですか?
それで合格できる学校に行ければいいと思っています。
結局「ほっとけ」なんて無責任な事を言う”何とか教授”や、ここで同じことをおっしゃる方々は、きっと”ほんの一握り”の秀才さんなのでしょうね。
ご自分の記憶を頼りに”今”を語ってはいけません。
きっと周りに”現役の小学生”がいらっしゃらないのでしょう。
我が子は、平凡な能力しか持ち合わせていない普通の子です。
それでも人並みの学力を付け、将来困らないようにしておかなくてはなりません。
”何とか教授”の話を読んでいると、
「平凡な能力の子は勉強なんて場に参入してくるな! ほっといてもするような秀才だけ来ればいい!」と聞こえます。私の僻みでしょうか。
動機さんは公立を勧めるときに、よく
「1950~60年代の都立は東大合格者がこれぐらいいてすごかった」という話題を根拠(?)に
「公立が復活すれば、中学受験しないで野山を駆け回って遊び、後から勉強しても大丈夫」という
お話をされますが、当時の都立ナンバースクールの在学生たちが
小中学校時代どんな勉強をしていたのかご存じないからそう言えるのだと思います。
以前、他スレに書いたのですが、当時は「番町小→麹町中→日比谷高→東大」を代表とする
エリートコースがありました。
ほかにも各高校に通じる名門小中学校があり、近県や地方から越境入学者が殺到し、
その状況がエスカレートしていました(中には幼稚園から越境という例も)。
当然教育熱心な家庭の優秀な子女が多く集まるわけで、
先生の質や授業もレベルが高かったようです。
しかも学校では能力別クラス、業者テストを取り入れ、
高校受験のための授業と受験指導が進められていました。
先生は厳しく、生徒もそれについていくことで成り立っていたようです。
成績が悪いと「地元に帰れ」と言われ、放校、退学するケースもありました。
特に日比谷への入学者が多かった千代田区の小中学校では勉強の量が半端ではなく、
読書量、科学や哲学等の知識が豊富な子がそろっていたとか。
当時を知る人は「まるで今の勉強熱心な私立か、塾のようだった」と述懐しています。
自宅から1時間半以上かけて通学していて、地元に遊ぶ友達もいない、遊ぶ暇もない生徒もいました。
動機さんや視点さんのお考えでは、こういう生徒たちは受験勉強ばかりで社会貢献できないと
いうことになるのでしょうが、
越境入学者の中には、ノーベル生理・医学賞の利根川進氏や宇宙飛行士の向井千秋氏など
活躍されている著名人も数多くいます。
(ちなみに、向井氏は高校進学時に学校群制度が導入されたため、都立ではなく慶應女子を受験)
この頃のように、優秀な生徒を集め、公立小中学校で難関高校に通じるような
授業、指導をしてくれれば、「放課後は遊び、後から勉強しても大丈夫」なのかもしれませんが、
今の公立がそのような体制に戻ることはないでしょう。
当時の都内の小中学校が担っていた基礎基本を習得させること、教養的教育、受験勉強等を、
今は家庭や塾で補っている状況なのだと思います。
根本的な教育システムや人々の考え方が変わらない限り、中学受験がすたれても
高校受験が過熱化するでしょう。
結局のところ、動機さんと視点さんは、表面的なものだけ見て意見されているとしか思えません。
動機さん。
>塾に子供時代の大事な時間を奪われていることに気が付かない方が相変わらず沢山いるようですね。
塾に行かせて、そこで時間が使われていることは『事実』だ。
しかし、「それ以外」の時間がないか?というと、そうでもないのも『事実』だ。(試験直前は、除いてね)
子供時代の時間は「全て」大事な時間だろうが・・・・そりゃそうだ。
『素晴らしい?時間』の過ごし方なのか?
『どうでもいい時間』の過ごし方なのか?は、「分けて」考えた方がいいだろう。
「塾の時間」が『素晴らしい?時間』と常に交換されるのか。
「それ以外の時間」は『どうでもいい時間』と常に交換されるのか。
親ができることはね。『逆』であって。
「塾の時間」を『どうでもいい時間』と常に交換し
「それ以外の時間」は『素晴らしい?時間』と常に交換することだ。休息も含めてね。
それが、コントロール範囲であれば、大事な時間が『全て』奪われることはないだろうと、判断するわけだ。
それを
「大事な時間を奪われていることに気が付かない方が相変わらず沢山」という括りにするのは、いかがなもんかな
それに、塾での時間が、こどもにとって「砂を噛むような」時間というわけでもなく、ある時は、本気に、ある時は、楽しく、過ごしているわけです。
それから
「塾の時間」に『素晴らしい?時間』が「まったくない」とも、言えないのではないか?動機さん。
これは、「おまけ」みたいなもんかもしれないが・・突然、子供が
「お父さん、ビックバン説は間違いだと思う、だって・・・」
という話をした時は、まあ、塾で、何を聞いてきたのか知らないけど、「へー」と思ったね。
反論してやったけど(笑)
チャレンジの条件様
前にも書いたように、私は「中受しかたない」派です。
「番町小→麹町中→日比谷高→東大」は私も昔から知っています。
でも、あなたの書かれた内容に誇張はないでしょうか?
もちろん、私は当時のことは知りません。
当時の日比谷と灘の比較するレスが過去スレにあります。
《引用開始》
他のスレで次のような書き込みがありました。
>学校群導入直前ですが、灘高と日比谷高校との東大合格者数が拮抗した年がありました。
>灘高は220名の学校で合格者数132名中現役が『112名』。
>日比谷は450名の学校で合格者数131名中現役は『45名』
この数字は灘が初めて東大合格者のトップになった1968年のものでしょう。
このころは第1次ベビーブームの子たちがが大学受験した時代で、受験生数は今の比ではありません。
そして、東大の定員も今より少なかったはずです。
なのに、この現役合格者数です。
当時の大阪は公立王国で、最上位クラスの子の多くは公立トップ高に進んでいました。
京大合格者数でも、上位高で私学は灘だけでした。(もしかしたら洛星もあったかもしれませんが)
《引用終了》
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?2,1241483,1242801
月田先生は1966年に灘中入学ですが、先生の次の記載のように生徒の通学区は現在よりも狭く、灘入学者で優秀な子は現在よりも少なかったでしょう。
「灘中学校にもっとも近い小学校である我が母校、魚崎小学校から灘中学校に受かる人数の変遷である。 僕が灘中を受けた頃は、大体クラスの上位の人が各クラスから一人ずつくらいは受かったように思うので、10人前後はもっとも近い小学校から灘中学校へ移ったのではなかったろうか。 考えてみれば、これでも変で、それ以外の人はほとんど歩いて通えない距離から灘中に通っていたことになる。 ところがである。 最近は、ほとんど、魚崎小学校から灘中へ行ける人がいないというのである。」
当時の日比谷受験は現在の最難関校受験に比べると、楽だった可能性が高いし、そんなに過酷だったのでしょうか?
それにしても当時、東大合格者数トップは日比谷の牙城だったのに、灘がその地位を崩し、日比谷から現役で東大へ行けるのは1割で、灘からの現役は半数強が東大へ行ったというのは、やはりセンセーショナルな出来事だったのでしょうね。
なお、灘出身の現東大総長の濱田純一氏はこの年の東大入学です。
>ダイエットに走りすぎて摂食障害に陥る人を取り上げて、「だからダイエットは悪い!」と言ってるようなもの。
>ダイエットが悪いんじゃなくて、コントロールできなくて危険な人がいるという事実を知らしめて、こうあってはいけないと警告するだけなら支持が得られるのに。 ダイエット自体を否定されると怒るにきまってるでしょう。
でも、「ダイエットに走りすぎて摂食障害に陥る人」があまりにも多すぎたら、「ダイエット自体」の危険性についても警告すべきだし、そもそも「そんなにダイエットする必要があるのか?」と問うことも大事でしょう。
仮に、小学校低学年(早い場合は幼稚園)からダイエットを始めて、18才までにどれだけ体脂肪率を下げられたかによって、そのひとの将来性がかなり決定されてしまうような社会があったとしたら、危険な状態にならないように体調をコントロールすべきは個々人の問題である、と言ってすませる事はできないでしょう?




































