アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>日本タイプの私学助成は、独自でしょう・・
そうですね。
日本の私学助成は、助成を受けるためには国からの縛りがきつくて準公立化といった様相を呈していますからね。
福沢先生の志す私立学校という形を、国が敢えて造らせないようにしているとしか思えないですね(笑)
ですから、正確に言えば私学助成が独自ではなく「日本の私学が独自」なのだと思います。
資本主義社会の公教育さん
僭越ながら、おっしゃりたいのは、
義務教育を現行法の年限規定(9年間)ではなくて、学校課程とリンクさせて、義務教育=小・中・高・・と
法律を改正したら、学費無料となって・・結果的に私学助成は不要になる
・・こういう理屈ではないかと思うのですね。
まあ、理屈的にはたしかにそうなりますが、
それは結果であって、私学助成の本質は突いていないと思うのですね。
なぜ、公立100%枠というキーワードを使っているかというと、
「私学助成の本質は何?」という問いを確認するためなんですね。
だから、公立100%枠があっても私学助成OK という場合は、
なぜ私学助成が必要なのか?・・という答えを「公立100%枠」とは別に用意しないと
つながらないわけです。
まあ・・おしゃるとおり、日本の私学が特殊、と言えるのかもしれませんけどね。
日本の私学の特殊性・・そのなかに、いろいろな答えがあるのだろうと思っています。
>政府がハンバーグ(=公立での教育)を供給するならそれでいい。
あはは(笑)
まあでも、現実の公立の教育で全てハンバーグがいきわたっているかというと、そういうわけではないですよね。
ハンバーグのところもあれば芋粥のところもあったりしてww
>だから、公立100%枠があっても私学助成OK という場合は、
なぜ私学助成が必要なのか?・・という答えを「公立100%枠」とは別に用意しないと
つながらないわけです。
ですから、私学助成の必要性の本質を考えるなら、公立100%の状態にならないと本当の意味は見つからないということです。
100%公立枠があるから・・・という理由で、私学助成が不要という意味ではないですよ?
もし高校まで義務教育で誰でもどんな学力でも低所得世帯でも高校に100%いけるとなれば、私学教育の本来の必要性が再認識される事でしょう。
しかし、その私学教育へのニーズに対して公的な助成が必要かどうか?という議論になるわけです。
今の中学受験も同じニーズに見えますが、これは高校入試という存在があるため、上記の議論とは別の要素が入り込んでしまいます。
つまり高校入試を回避したいため仕方なく中学受験するものが少なからずいるという現実です。
首都圏では高校募集をしていない私立も多いので、その点も考慮されなければいけません。
中堅レベルの子どもを持つと高校受験が非常に負担に感じるのですが、今の中学受験はこの層を取り込んでしまっているのです。
だから、視点さんがドーピングとか中傷的な表現をされるのでしょうけど、これらの層は福沢諭吉精神の私学を必要としているわけではありませんからね。
資本主義社会の公教育さん
>100%公立枠があるから・・・という理由で、私学助成が不要という意味ではないですよ?
もし高校まで義務教育で誰でもどんな学力でも低所得世帯でも高校に100%いけるとなれば、私学教育の本来の必要性が再認識される事でしょう。
量的さん以外と議論する気は無いですが・・これは、私の意見とは違いますね。
100%公立枠があれば私学不要・・
私学助成の本質は、高校に行けない層を受け入れることと解釈しているからです。
すべての高校進学希望者を、公立で収容するキャパがあるのなら、私学助成をする理由が無い。
私学教育の必要性は、独立独歩でその実績を証明することにあると思います。(世界中でそうだと思いますよ)
昭和40年代までは、日本でもそれが当たり前だったはずですが・・






























