アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
「カーネーション」私も朝の楽しみです。
ドラマとしての展開を楽しんでいますが、コシノ母や3姉妹の成長の姿にいくつかの気付きがあります。
実話をベースにしているので説得力もありますし。
先週の「ライバル」編では、我が家の姉妹の関係でも共通する成程!と合点するところがありました。
あの時代、戦後で今より貧しかったはずの時代には、社会に復興と成長を見て活気と夢見る自由度がありました。翻って、富を蓄積した現状は、社会には飽和して行き詰まった閉塞感らしきものが漂って、多くの人の気分が内向きになっているようです。経済成長が陰り収入が減って将来の安定した生活の見通しが立て難くなっている現実があります。
コシノジュンコは若い時に、やはり有名になりつつある安藤忠雄の建築デザインに惚れこみ、彼の家の仕立てが自分のインスピレーションを奮い立たせ、世界のデザイナーと渡り合える交流の場になると、自分の家の建築を依頼しました。それが安藤氏の作品の中でも有名な芦屋のコシノ邸宅です。ジュンコを演じる直子を見ていると意欲、情熱、そして自分の環境での選択が、未来を切り開く原動力であると主張していることを感じます。カーネーションでは、二人の接点はあるのでしょうか。
今日の視点さんは、マイルドでしたね。
強固な姿勢あっての視点さんですし、この板ですから。
しかし、鉄が凡才天才変換システムだと言う意見は昔からですが、それが悪いものだと
思っているのだとばかり思っていたので、そんなに悪いものでないと言う事を言いたいな
と思っていたのですが、そうでない事が分かり、何か金もかからず、通塾しなくとも、
これならって方法考えてみたいですね。SAPIXも鉄も、試験数ヶ月前からのボーダーからの
押し込みが上手だとは思っています。だから、合格率も高いのだと思います。
このスレ に参加の皆さんに、ぜひ、言っておきたいのは、明らかにその空気に私学支持のバイアスがかかっていること・・決して世間的な標準、ニュートラルではないことです。
視点さんの意見にカチンとくる人もいることは、理解できるけれども、だからといって多勢に無勢で袋だたき、冷笑することは、間違っています。
なにやら、差別という言葉を攻撃カードに使う人もいますが、視点さんに振りむける意識に、そういった意識、悪意がないのか、自己点検しましょうよ。
入試制度を変更するのに、どうしたらいいですかね。
アメリカ流:高校の成績+スポーツや音楽などの実績+ボランティアの実績+共通試験で評価。GPA(日本で言う優=4で平均する)して限りなく4に近く、他の実績が抜群だと、たとえばアイビーリーグに合格する。一流名門大学進学を目指す、富裕層のための、ボーディングスクールがある。
フランス流:大学とは別に、出世を約束された超エリート校があり(グランゼコール)、入試は熾烈を極め、受験生は太陽を見ることはない、と言われる。
ドイツ流:10歳で、大学等高等教育を受けるコース(ギムナジウム)と、職業訓練を受けるコース(ハウプトシューレ等)にコース分けされる。近年、硬直化が批判され、コース間の移動が可能になっている。
イギリス流:オックスフォード、ケンブリッジなど伝統の私立大学から社会のエリートが輩出される確率が高い。イートン、ラグビーなどのパブリックスクール(寄宿制の私立学校です)からオックスブリッジがエリートコース。上流階級は、子供が生まれると同時にパブリックスクール入学のための運動を開始するといわれている。
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どうですか、どの国の流儀がいいんですかね。どうも、ヨーロッパは、階級制に根ざしているようで、しっくりしませんね。アメリカは、合理的なようですが、一発勝負の日本の入試に比較して、恣意性が入りそうな気はします。それでもいいという考え方もありますが。
とかく評判の悪い神奈川の高校入試方式を大学に拡大することになるのではないか、と危惧します。
今の東大や京大の入試は、意外にいいのかも知れません。
抜本的にやるとしたら、入試の改革ではなく、高校の教育課程の改革ではないかと考えています。指導要領のクリッピングを外し、いくらでも高度な内容を高校で学べるようにすれば、大学のセレクションは、違うものになるはずだし、トリッキーな問題で差をつけざるを得ないような状況があるとすれば、それも、なくなります。
もうひとつの方法は、面接の導入です。しかし、今の学生は、中身が無くてもプレゼンだけは上手い人が多いので、なまなかな面接では、面接の訓練をする塾をつくるだけのように思います。グーグルの採用面接は5時間とも8時間とも言われていますが、そのくらいやれば、ずいぶんと見えてくるものがあるでしょう。でも、教授が何人いても足りなくなりそうです。
あとの課題は、リベラルアーツをどれだけ求めるか、ということで、これは、永遠に答えの無いテーマかも知れません。理系の古文とか、文系の物理とかを言っています。
学際領域、融合領域が進歩するんで、あんまりないがしろにするのも感心しません。
次の機会に、どうせ秋入学やるなら入試も工夫てほしい、と言いたいのですが、どう工夫してくださいと言うのがいいのか、考えがまとまっていません。
外国人と同時期に、徹底した東大型AOをやって、定員の一割くらい取れば面白いかも知れません。二泊三日で、一日10時間ずつディベートや面談をやらせる、というような。
仮に、私立生が視点さん言うところの環境分、経済的に豊かな分を手加減したとしても
機会均等にならないことは明白なんですけどね。
公立の中だけ見たって、家庭の経済格差と学校環境の格差は大きいですから。
公立生の中にすでに、経済的に大学に行ける、行けない、塾に行ける、行けないはあります。
満足に高校にさえ行けない子だっています。バイトで学費を賄っていたり、高卒で就職を選ばざるをえなかったり。
中には就職後、家庭の生活を支えたり、弟妹の学費を補てんしてるケースもあります。
一方で公立生でも、進学するのは当たり前、塾や予備校を利用するのは当たり前、場合によっては浪人も大丈夫の子もいます。
たぶん、視点さんのお子さんも進学するのは当たり前のグループに入っているのでは?
学校も、先生を公募し進学指導に力を入れているところ(放課後・土曜講習、予備校講師を招く、学生チューターなど)、
公立一貫のように、海外に修学旅行に行ったり(親の自腹)、学習指導要領を緩める特例措置で授業内容、時間を広げているところもあります。
同じ公立進学校でもそういった指定はないところのほうが多いわけで…。
機会均等を主張するなら、公立の中での格差をまず是正しないと。
中学生、高校生の大部分が所属しているわけで、むしろこっちの問題のほうが大きいんでは。






























