アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
面白い考え方ですねさんなどは、書かれている通り『過去の経緯の分からない』方なんですね。
過去の書き込みを見れば分かりますが、属性批判も、そこに属する個人批判もしてきた(実名を出す、出さない、にかかわらず)人が書いていることを、『どの口が言う』と返せる方が、皆出て行かれてしまったから。
出て行かれた後で、出て行かれた方達の陰口を延々と続ける・・・それに同調するか、それにもかかわらず
ここで平気でやりとりできるか、ここを覗く気になれる人しか、もうROMもしないでしょう。
スレに参加するかどうかは個人の自由ですからなんともいいませんが、スレが続いていて皆さんディスカッションされているのに、わざわざ「このスレはもう駄目」と書き込みにくるとはおかしな方ですねえ。
出て行った方も、意見があるなら書きこみにくればいいのでは?
こちらはどなたでも参加自由のスレですから。
そのかわり、誰にも、「書き込むな」とか「参加するな」とは言えませんよ。
>ひとつだけ心配しているのは、今回のように、息子がレールから脱線したとき(受験に失敗したとき)のフォローが、今後はできなくなるということです。
失敗の経験ほど貴重な経験はないと思います。
>「私学」という用語には、属性すべてにネガティブな価値観がある・・とは言えないわけで、某氏の視点さんへの差別者レッテル貼りは、詭弁だなあ・・と思いました。
そうなんですよね。
私立という属性にもいろいろあるし、私立の学生もいろいろいるわけです。
私は批判するときは、理由を書きますから、その理由に当てはまる人達への意見だとわかるはずなのですが、意見の中身では反論できないので、最後はああいう形でしか反論できなかったのでしょう。
私は、批判されても、「ああまた言ってるなあ」と思うだけで気にしません(笑)。
>子供のレールを敷く親は、自分の子供を信じていないということなのです。(視点さん)
そうなのです。
レールなど敷きませんが、遊んでいる子どもを見ていると心中穏やかでいられませんでした。
見守りが大事とわかっていても、こんな状態ですからね。
ここが5年も続いているという話がありますが、私は2009年秋の地頭スレからです。
あのころも、見守りつつも非常に不安でした。
1年ぐらい前に、なぜ不安なのか、ふと気づいたんです。
私は自分がここまで育ててきた子どもを信じていないことに。
正直、愕然としました。泣けました。
私はプライドなど10年ほど前に捨てていましたが、
これには、かすかに残っていたプライドが許せません。
自分に負けたくないみたいな妙な感じ。
それ以降、不安は社会の行く末だけで、ちょっと楽になりました。
>でも、それで今ハッピーかというと、今ひとつです。(ふうさん)
親の言うことを聞いた人生が幸せなのか。
どうなんでしょうね。昔の人なんて、ほとんどがそうで、
母の人生を見ていると、本当に幸せだったんだろうかと思います。
母はいい子に恵まれて、お金にも困っていないし幸せだといいますが、
私には、そうは見えません。
自分で選んでこその人生、山あり谷ありがいいと思うのですよ。
谷はつらいし嫌だけど、谷が人生の醍醐味だなと最近思います。
どうしたら子どもが目覚めるのか、私も知りたいところです。
何かなめてるんですよね。
私はコツコツ頑張ったんですよ。なぜ似ない?
このスレはもう駄目さん
>出て行かれた方達の陰口を延々と続ける・・・
そうですね。それはよくないと思いますよ。
まあ、こういうことって、どっちもどっちの面もあるので難しいですね。
属性批判という用語は、少し人権問題を読んだ経験がないと出てこないものなので、ちょっとイヤな感じなんですよね。
その割に生活保護家庭の子どもには、反応しない・・要はテクニカルに属性批判という言葉を使っているだけで・・
視点さんが、気にしていないなら、それはそれで結構ですが・・
それにしても、社会でまだなんの結果もださずに親の脛かじって勉強している学生を東大だからとかイェール大学だからと評価するという考えが理解できないな。
イェール大学なんてどこまで親の脛をかじるつもりなのだろう。
何度も言ってきたけど、評価されるべきは、社会での活躍。
東大だろうがイェール大学だろうが、社会で価値を生み出さない人間は無価値なんだよね。





























