充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
ふう様
>それで親としては、「こんな泥舟に未来はないぞ!外国語やっておけ!」って言っちゃうんですね。
昨今の中学受験ブームは、沈みゆく船の上で子供をなるべく高いところに登らせようとする努力のようにも思えます。しかしマストのてっぺんまで子供を登らせたところで、船自身が沈んでしまってはどうしようもありません。そこでなすべきことは、
1)他の船で受け入れてもらえる技能を身に付ける(≒外国語やっておけ)
2)海に飛び込んで船底を修理し、あらたな帆をはって、船をふただび航海の途につける
ですが、これらのことができる人材は塾で与えられた課題をこなしているだけでは育ちにくいでしょうね。
視点さん
随分前のレスに対して低次元な質問で申し訳ありませんが。
>東大だろうがイェール大学だろうが、社会で価値を生み出さない人間は無価値なんだよね。
私はごくごく平凡なWMでいまだ子育て中でして、子供は生きてくれてるだけで私にとっては
価値がある=ありがたいんですが。
視点さんのおっしゃる「無価値」の定義を教えていただけませんか。
三馬力さん
>東大だろうがイェール大学だろうが、社会で価値を生み出さない人間は無価値なんだよね。
日本語というのは、なかなか正確に書くのは難しいもので、
きちんと書かないと誤読される恐れがあるわけですが、
この文章の場合には、
単に、人間に「価値がある」あるいは「価値が無い」と言っているわけではなく、
その前に「東大だろうがイェール大学だろうが」があるわけです。
意訳したら、
東大を卒業しようが、イェール大学を卒業しようが、その経験を生かして
社会に還元する価値を生み出さない人間の「学び」は無価値なんだよね。
・・となります。
多分、視点さんにとっては、生まれながらにして人間に価値があることとは、
何ら矛盾をしないわけでしょう。
>視点さんのおっしゃる「無価値」の定義を教えていただけませんか。
そこでの「価値」とは「社会的価値」のことです。
東大に入ればすばらしいと評価する人もいますが、東大に入っただけでは彼は何も生み出していないわけです。
「大学」は社会で活躍するための手段であり通過点。
社会で活躍し、実際に価値を生み出して、初めて評価されるということですね。
例えば医学部。
高校時代どれだけ勉強して医学部に入学しても、まだ彼は何も生み出していませんね。
実務にでて患者をみて、患者のためになって、初めて価値を生むわけです。
親にとったら子供は生きているだけで価値がある。
主観的な価値ですね。
それはおっしゃるとおりです。
ご参考までにですが・・
金融的には手数料を払って先物で取引が出来るというだけで、損か得かは確定しないのですね。
基準の価格から、時価評価が上下ぶれて、評価損益が認識される。
先物取引きを手仕舞って清算するときに、実現損益となりますが、そこで損得が確定します。





























