アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
視点さん。
まあ、つっこんどこか。内田先生の話だし。
>議論は本来厳しいものなんですね。
・・
>でも、内田さんがそれを発言することを止める人はいない。
>それは、意見のぶつかり合いからこそ、新たな価値が生み出されるものという
>共通認識があるからです。
>それを否定するところに知的活動はない。
>そこには、相手の意見を否定する人はいても、相手の口を封じる人はいない。
>ここでは、誰がが「(今の書き込みに)傷つきました」って手を挙げると
>「呪いカード」を出して相手の発言を止めることができるルールになってしまった。
まずは、べつに、そんなルールになってないし。
もともと、「呪い」話、ネットの呪い否定したのは、「内田先生」だよ??
わかってるよね。
では、その発言も、意見のぶつかり合い、で新たな価値なんだろ?
ここだけ、例外か~
結局、「都合の悪い」部分は、意見のぶつかり合いではなく、口封じ??と否定。
視点さん、それを否定して・・知的活動??
遅レスだが
>偏差値最高峰で選んでも構わない。その後活躍しているならね。
>「高校時代すばらしい偏差値」なのに「大学合格後活躍しなくなる」
>ことを問題にしているのです。
>高校時代のすばらしい偏差値に応じて卒業後すばらい活躍してるなら、
>動機が私利私欲だろうが、偏差値最高峰だろうが、何も言いません。
>私は「社会での貢献」という結果で評価する結果主義者ですから。
いつも不思議なんだが、視点さんは、偏差値と大学合格後の活躍は「なんの関係もない」という主義主張なのに・・・・
偏差値と大学合格後の活躍が比例しないことを問題だという。
ここは、最後まで、わからないところ。
そして、基本的に中学受験で「洗脳」されているし、手遅れであって、社会で活躍できるわけがないという主張。そして、医学部を目指す、
>学生がこぞって医者を目指す社会は将来性がないということは言えますね。
>経済へのインパクトという意味ですよ。
でも、使えない、子たちが、経済へのインパクトのない、医学に行けば。
結果、経済へのインパクトのある、他の学部に、使えない学生が行かなくなるのだから、願ったり叶ったりだろ。
別に、使えない子が、工学部に行けば、使えるようになるわけでもなし、偏差値もある程度あれば、十分という主張だし。
国の為に、それでいいだろ。
>どなたかが教育的効果とか書かれていましたが、子供への教育的効果
>なんて考えてませんよ。
>意図的に教育的効果を及ぼすことができるなどと思うほど身の程知ら
>ずではありません。
では、いったい、ここで、何をしようとしていたのか?
なぞです。
ここらへんも、つっこんどくよ。
視点さん、じゃあね。
弱点さん 遺伝さん
お忙しい中有難うございました。
結局,私的なことを考えることしか,
実際のところは,意味がないのか・・,
ということなのかもしれませんね。
それが現実ということを,受け入れようと思います。
老眼様
こんにちは。
まず、私は教育界部外者なので、言いたい事が言えるので、教育界に身を置かれている方は、
スルーするところはして置いてください。差障りがあるといけませんので。
老眼様の教育観念は、非常に「真っ直ぐで正しいもの」だと思います。
しかしながら、実際にそこに向けていくことは、かなり難しいと思います。
まずはじめに、今以上にフル回転して(やる気のある方限定)、先生が潰れます。
課外活動でしたら、一番大事なのは生徒の安全です。その場合、先生の量を増やさなければ
必ず事故が起きます。そうしたら、課外授業どころではなくなってしまいます。
マンツーマンについてですが、何故、集団授業や試験が多いかと言うと、きっと抽象的なものより
具体的なものの方が処理しやすいからです。
ゆとり教育の本当の目的は、このような教育にあると思っておりますが、全ての先生が、有能且つ
すごいスピードで、それぞれの生徒を1年中休まず見て行っても、殆ど抽象的であれば、解決せずに
終わってしまいます。結果、崩壊が生まれてしまうと思います。
先生にとっても、毎日、小説の筆者の心理を探求しているようなものなので、どれが正しく、どれが
間違いかが区別できなくなるのだと思います。
私は、勉強を生活に密接に結び付けて、子供に教え込んでいますが、基本である勉強は、あくまで
レールどおりに走ります。
例えば、単純に漢字、四則計算、食べ物、旅行、生活の実験などを通して、覚えられる勉強は、たくさんあると
思います。
私の知っている私立の学校では、教育大、つくば系の桐朋学園と、宗教がありますが東星学園が、老眼祖様がおっ
しゃっている事を実践しているのではないかと思います。
あくまで、受験と言う観念で勉強を教えるのでなく、生活の中で、自分が学び取る事を目的としていると思います。
実際に、代々、東星学園小学校から桐朋学園中学校に行っている家庭も知っております。
根本的な考え方が、似ているのではないかと思います。
しかしながら、では何故この2つの学校を見比べた場合、一般の家庭のそれぞれの学校の評価に、
これだけの差が現れているのでしょう。
答えは簡単です、世間の学校の評価の流れが問題なのです。
単純に皆が良いというから良い、皆が悪いと言うから悪い、そんな程度で決まってしまいます。
また、親にとっても、いちいち手のかかる抽象的な勉強方法より、手のかからない、すぐに判断が
できるテスト、偏差値の方が、扱いやすく、また比べやすいからなのだと思います。
だから、教育方針を一番に置くわけではなく、進学先や合格率しか見ないのです。
今の時代には、今、冷房が問題になっているように、一度手に入れた快適さは、なかなか手放す事が出来ないのです。
よって、問題は、先生やお役所の問題ではなく、親の意識が改革される事が、一番の条件だと思います。
公立の子の占有率が多い大手塾では、昔やっていた四則計算と漢字は、毎日、がんがんやらされていますね。
それは、きっと学校での宿題の量が減ったのが原因だと思います。
それによって、心配した親たちが子供に補習させる事により、塾が大きくなってきたのではないでしょうか。
あくまで、私立小学校をベースに話していますが、公立は、殊更に学校によって差があると思います。
東京都心で、中学受験9割の小学校と、地方の1クラス1人の小学校とでは、かなり考え方が違います。
老眼様のおっしゃった方針は、本当にそうなって欲しいのですが、ばらばらの国を統一するのと一緒で、
なかなか公立での教育1本化は難しいのではないかと思います。
それぞれの地方の受験率、方針や環境に合わせたやり方が、良いのではないかと思います。
親父さん
親父さんまで居なくなるのか~。。寂しいやん。
親父さんはいつも私の反面教師でいてくれたよ。
ありがとう。
亀田一家
あのごっつい親父さんの愛情あふれる手料理に私はいつも「すごいな~」「私には真似出来ないな~」って思ってる。
あの親父さんは愛情に溢れた人。
でも、私は「自分の夢を子供に託した。しかも公教育すら受けさせないで。」って所は完全否定。
「自分がやったらエエやん」って感じ。
でも、あの親父さんも、親父さん(視点様)と同じタイプなん違うかな?って思ってる。
あかん事もエエ事も「いつも同じ事を子供達に言うてんちゃうかな?」って。
亀田の親父さんテレビでいうてたもん
「俺は変わらない。俺はいつも同じ事しか言うてないんや。俺は俺や!」って。
だから、お兄ちゃんは自分で色々考える事も出来たんちゃうかな。って。
親父!
色々ありがとう。
また、気が向いたら出てきてな。
凡才さん
仕事柄,無関係ではないのですが,教育関係の職にはついておりません。
ここでは いち親の立場ですので,なんら差し障りもありません。
教育に限らず,現状に満足しないのがヒトの常ですから,現実と理想が一致することはありえないことなのでしょう。そう自分に言い聞かせ,爆発を未然に防ぐことにしています。
しかし,理想は永遠に叶うものではない,とか,理想を追うのは阿保のすること,と 子供には言えません。子ども自身もいつの日にかそう思うのか,あるいは親と違ってそうは思わないのか,子供に任せようと思います。
少なくとも生活保護や路上生活や低所得を余儀なくされる方たちがこれ以上増えないようにするために,また少なくとも後進国にならないようにするために(わが国はすでに先進国とは見なされなくなりつつあるそうですが),教育はどうあるべきかの議論というものが,前面に出てきていいのではないか,と思うところです。
これは,自分の子供の今後のことを個人的に考える場合に全く無関係にも見えますが,日本国内で生活基盤を築く場合に,ゆくゆくは子供自身にもそして孫世代にも極めて大きな関連をもたらすに違いありません。うちばかりではなく,皆さんにとっても同様でしょう。そういう観点から,この大枠を考えずして,その中の1つの成分に過ぎない私立中学の価値を考えたところで,いったい何を見出せるのやらという思いもあります。正しいこと,というご評価を頂戴したことは,うれしいのですが,いま申したように,これは互いの自己保身的な意味合いが非常に強いことですので,正しいかどうかというモノサシではないと思いますし,人様のためとか世の中のためとか,そういうきれいごとでもないと思います。
きれいごとを語りましょうではなく,ストラテジーを論じたいと思ったのですが・・・。
ただ,流れを考えますと・・・,
全体をとらえる必要はあるが時間があるなら身の回りのことをしっかりすべきだろう,との離陸さんのご指摘がふと頭をよぎります。さらに同じような重み付けで,国外に視点を置いた遺伝さんのご指摘の背景の部分への考察を個人的には始めています。
老眼様
今日は、極めてお頭が冴えていなく、かなり思惑もある、理論性の無い
文章になっていました、すみません。まだ、続いているかもしれません、すみません。
そうですね、後世に伝えたいことは、やはり昔からの父親の威厳ですかね。
そもそも、教育と言うよりは、規律、軍隊的と言えば、戦争を思い出させる。
君が代が国歌である事を、堂々と言えば、右に取られる、本当に「読み、書き、
そろばん」が大切だと言うと、子供の自由を奪っている。
こんな事がずっと続き、父親が非常に温和になったために、不甲斐無い父親として捉えて
母親が、本来父親の役目まで、行うようになった事で、バランスが崩れた。
結局、教育全てにおいて、家族の中でも、良い人の役割と悪い人の役割を分けなければ、
なかなかスタートにも立てないなと、思っています。
確かに、学校の教育が、かなり混乱しているかのように見えます。
しかしながら、学校や生徒は、昔と全然変わっていないと思います。
私の家の場合は、学校と塾の役目を明確に区別しています。
学校は、生活全般について勉強をするところ、塾は、勉強に特化しているところ、
子供には、その役割の区別を理解させています。
ですから、学校では、泥んこで飛び回り、大人の介在しない友達の社会を作り、
また、遊びと学習の切替をしっかり出来るように規律を覚えてくるなど、自分の
社会を作る勉強をしてもらいたいと思っています。
また、塾では、友達と仲良くなるけれど、学校とは違い、勉強した成果を、テストと言う
発表会で、自分と戦ってくる、そして、友達と競争をする、場だと思ってもらってます。
結局、規律、マナー、躾などを、誰かが怖い存在でいなければ、なかなか家庭も思うように行きません。
そこが、解消されれば、学校に子供が行っても、最初から、最低限のルールは守れるわけですので、
教育全体のレベルを上げる事が、可能だと思います。
後は、先生の世代モラルの変化も必要です。だいぶ風潮が最近変わってきてはいますが、
仮に今の小学生が、先生になったとしても、10年後、要職まで行くには、40年後になります。
ですので、今現在は、電車のルールにしてもそうですが、そんな小さい所から、個々が自己改革していくしか
方法が無いかも知れません。
そして、教育に対しての協調性が親の世代に生まれれば、すぐにでも変更できる物だと思います。
何故なら、現在の教育スタイルも、戦後からですから、そんなに長いものでは無いです。































