アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
みなさん、ごめんやっしゃ!!
地域、時代、その仕事の性質上、
「感情を深く深く表現する事」を求めれてきたもんで、感情の深みにはまると、やばいやばい。
怒りの抑制は効くんですが、どうも、、悲しい、哀しい事に対しては非常に弱い、、これじゃいかんな、、と常日頃から自分に言い聞かせてるんですが、まあ、コントロールしがたくて。。。。
ごめんやっしゃ~!
地域、時代さんへ
アメリカの公開文書で、第二次世界大戦のころから地震兵器のことを
書いています。
シークレットという秘密文書が見られます。
ひとつの、情報として。
地域、時代さんは、
熱いまっすぐな方ですね。
そうゆう情熱が実行力に結びつくんでしょうね。
緊急性の優先順位で判断すると,トップダウンが勝りますね
↑
私も、同じように思います。
企業人様は、若者にふがいなさを感じたが、おそらく若者達は、企業人様に頼もしさを感じた。
会社の部下達、きっと、企業人様から学ばれている事、多いと思います。
トップダウン的に進める事が出来る方って(企業人様は人格的にも素晴らしいですし。お話を聞いていて、非常にリーダー性のある方だと確信しております。)若者から自分に対する「意見」「反発」「反論」さえも期待している時、ないですか?
互いに比較するのは意味がないということになります。各個人は各々の原点を中心とする個人のXYZ座標を形成するというイメージです。(大きなXYZ座標の中に,個人を示す小さなXYZ座標が人間の数だけ存在する,なんて感じ)。
↑
深く、同意。
で、私的に言えば、その状態が「調和」です。(笑)
みなさん、おはようございます。
少し戻るかもしれませんが、ひとこと。
トップダウンとボトムアップって、両方
必要でしょう。
トップダウンばっかりじゃ、下は疲れて
やる気を失うし、ボトムアップばっかり
じゃ、組織としての動きが取れない。
要はバランス感覚なんだと思います。
企業人さんが、若者よ、怒れ、という話
をされてましたが、若者に限らず、
今回のことは確かに東電や政府の不手際
はあるかもしれないけど、みんなの中に
「突き詰めていけば自然災害だしなあ」
という気持ちがあるのではないでしょう
か。
前の、神、創造主の議論のときにも
出て来ましたが、日本には八百万の神と
いう考えがある。これはつまり、大自然
への畏敬なんだと思います。
大自然にはちっぽけな人間は逆らえない
と考えて、数々の災害による犠牲を風化
させるわけではないけれど、悲しみを
乗り越える糧にしてきたんでしょう。
だから、自然に対しては日本人は我慢
強い。でも、人間対人間で、こと金が
絡んだりすると、ガマンがきかない人、
多いですよ。
みなさん、東北もそうですけど、今、
台風12号で和歌山、三重南部が
大変です。
数は東北の比ではありませんが、死者
も多く出ています。
わたしもそれこそトップダウンで
出ていける体制になっています。
やっぱり、老眼さんのおっしゃるよう
に緊急時はトップダウンが必要ですが、
平時はボトムアップというか、上は
部下に任せて責任だけ取る、ってのが
いいのではないかと、わたしは思います。
ちょっとつれづれなるままに・・・・・・・・・・
SFというかトンデモ本というか世の中には面白い説が色々あって常人の理解を超えるものも多いです。
話題に出たケネディ暗殺ですが落合信彦が「2039年の真実」でデビューした時には驚愕しました。・・・・・・・・・でもその後ナチスが南米で円盤を飛ばしていたとか・・・・・・・・書くに及んで何だかいかがわしい気分になってきました。
後年、彼のことを批判した本が出て落合信彦のネタ本を次々暴いていきました。それも本当なのかどうか良くわかりませんが外国のネタ本を(未翻訳本)種にしてさも自分の新説のように発表する人がいます。
SFだと思っていたら理論的にはあるとか・・・・・・歴史の裏に〇〇の陰謀があるとか・・・・・・・・・・目を開かれることもあります。
ルーズベルトが真珠湾攻撃を知っていた? なんてさもありそうですが・・・・こう仮定するとこういう説が成り立つというのはミステリーとしては面白いけれど科学がからんでくると・・・・・・・目の前で見せてもらわないと信じられないですね。
観念動力やテレパシー・・・・・・透視術なんてのもマジックでいくらでもできそうな気がしますし。昔テレビで透視ができるという若者にムツゴロウが自分の財布をポケットから出し「この中に何が入っているか言ってください」と言ったら超能力者は絶句してしまいました。
あれば嬉しいのがタイムマシンとドラえもんのどこでもドア?かな。 戦国時代に戻って本物の織田信長を見てみたい。絵の通りに美男子なのか? 秀吉は本当に猿に似ているのか?
>今では、「力」つまり物体間に働く(発見されている/未発見の)物理学的な力の作用を、文明問わず大昔の人は神や仏などの呼称で呼んだのではないか、という冷めた考えに固まりつつあります。
ちょっと前の話ですが、なんちゃってクリスチャンの私にとって、心のどこかで何かちょっと苦しい気持ちを感じました。
「自分の中に宗教観がちゃんとあったのだ」という自覚も含めて新鮮な発見でした。
>大きなXYZ座標の中に,個人を示す小さなXYZ座標が人間の数だけ存在する,なんて感じ
なるほど、そういうことなのですね。
>子供の教育をどう考えるか,についてのXYZ。 軸の取り方はいろいろ設定できそうです。 X:知識値,Y:経験値とするとき,さて,Zには何を置いたらいいのでしょう?
Z軸・・・共感値ってどうでしょうか・・・(養育者側の共感値)
でも・・・共感は、経験、知識にも属するような気もしますね。
トップダウンとは、対極かもしれませんが・・・。
>で、私的に言えば、その状態が「調和」です。(笑)
なるほど調和・・・同感です。
>緊急性の優先順位で判断すると,トップダウンが勝りますね
子育ても同じですよね。
危険な場合は、従わせる。
平常時は、主体性を尊重する・・私にとって共感するってことです。
そう考えると、Z軸は、主体性(主体性を認める環境値)の方が近いのかな。
>緊急時はトップダウンが必要ですが、平時はボトムアップというか、上は部下に任せて責任だけ取る、ってのがいいのではないかと、わたしは思います。
福の神さん、こんにちは。
平時では部下に任せて責任だけ取るという上のヒトが、非常時にきちんとトップダウン指示もできれば、各組織の枠の中では問題はないというご意見に反論はございません。しかし、各組織の枠を超える事象が今回の問題点だと思います。平時に機能しないものは、非常時に機能しないのではないかという懸念を3.11後にわたしは感じるようになりました。
踊る大捜査線をご覧になったことありますでしょうか。
青島くん(仕事を任せられる現場の警官)と室井さん(トップダウンの重要性を認識している、しかし中堅官僚である立場から自らそれを実行できずにもがいている、しかし心は持っている警察官僚)の2人だけに注目します。
ボトムアップをするというのは、警官ひとりひとりが青島くんであることを指すことをイメージしてます。
トップダウンができるというのは、室井さんのような考えの者がトップに立つ環境があって、状況を把握し適切な指示を出すことをイメージしてます。
それぞれの組織の枠の中では、青島くんや室井さんの存在はあるかと思います。しかし、今回のような、各組織の枠を超えた広域・広範囲に対応しなければならない事象の場合、各組織自体が“青島くん”であることが要求され、またそれら組織全体を統括し指示を出す“室井さん”的な組織や人材が要求されます。“青島くん”的な組織であらんとする努力はそれぞれの組織が責任を持って果たしているところだと思いますが、“室井さん”的な組織や人材については、今回のエピソードをみる限りでは“無い”と結論付けるのが妥当ではないでしょうか。
各組織の枠内での平時と非常時の在り様は福の神さんが仰るような形で良いのでしょうが、国全体のそれを考える場合には、トップダウンがうまく機能できることが求められているのだと思います。総理職があり、内閣があり、所轄省庁もあるのに、機能しないのはどうしてか・・。肩書が実効性を持つのではなく、やはり、その立場のヒトが何をどう考えどう行動するかに左右されるってことなのではないでしょうか。
ところで、今は、平時でしょうか非常時でしょうか。
企業人さんのイライラの原因にも相当大きく関与しているような気がします。































