充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
量的さん
もろもろ、なるほどと読ませていただきました。
>すなわち個人のキャラを想定・尊重して作り込んでトライを目指しています
何度も同じ部分に反応していますが、
すべての子供がこのようなサポートを受けられるようになるといいですね。
家庭をあてにしない、公教育として。
ここではついつい上位層の話に傾きがちになりますが、
こういった教育というかサポートは、
むしろ勉強適性に欠ける子供にこそ、切実に必要なのではと感じます。
生きる力に直結するのは、結局はそこですから。
個の先生の力量に頼るのは危険すぎるので、
しっかりマニュアル化してほしいものです。
無理かな?いや、マニュアルを作るだけなら、出来ると思う。
今日からまた仕事、出勤前の書き込みで・・
週末までちょっと足が遠のきますが・・平日、余裕があれば書き込みます。
未来さん
>自分のうちだけやっていればよいということでなく
>社会現象になってしまえば、
>アメリカのように治安が乱れ社会が乱れることは必須です。
まさに、おっしゃるとおりです。
子どもたちが「この社会に育ててもらった」という実感を感じられるか、否か、・・
そこに、かかっているのだろうと思うのですね。
生活保護の家庭の子どもが、受験中高一貫私学を目指し、
塾通いをしている同じクラスの子どもを見て、「オレもがんばろう!」なんて思わないですよね。
むしろ、「どうせ、オレなんかダメだし・・」と受けとめて将来の芽を断ってしまうのではないか・・
それは社会全体の損失ではないのか・・そこを心配するわけですね。
返還不要な奨学金・・日本版スカラシップなどなんらかの経済的支援をして、
私学に行ける途をつけてあげるか、・・
あるいは、公立ルートをしっかり作ってあげることですね。
量的さん
ざっくりとは読みましたが、時間の余裕が無いので・・またレスします。
遺伝さん、
同感です。
せっかく入った都立高校を中退する人が、大分、減ってはいるようですが、それでも東京都の全日制で2500名もいます。(H20年度)これはかなりの量的なインパクトです。これらは残念です。
その数は、高1>高2>高3 なのです。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr090806s/siryo5[削除しました]
話かわりますが、中学の同窓会が今年ありました。
当時の公立中で、不良と言われた人達で個性が強かった連中が
普通に大人になって元気そうなので、印象的でした。
彼らと話す時間が有れば
その辺の考え方にヒントがあるかもしれません。
あいにく別のグループのひとと話をしていただので、話せずじまいでしたが。
>むしろ勉強適性に欠ける子供にこそ、切実に必要なのではと感じます。
生きる力に直結するのは、結局はそこですから。
個の先生の力量に頼るのは危険すぎるので、
しっかりマニュアル化してほしいものです。
>けっこう重要な国際会議に出ていて、特に後半は、運営側で頑張ったのですが、日本の若者にはほとんどスルーされ、中国人やイラン人やパキスタン人などは積極活用し、これはほんとうにまずいのではないか、と思ったことが契機です。
マインドもさることながら、基礎学力が、語学を含め、まったく勝負にならない感じでした。
この状況がよく把握できないのですが「日本の若者」とは学生ボランティアかなにかですか? あるいは国際会議に参加している若手社員?研究者?
次に中国人などを積極的に活用したのは誰ですか? 学会事務局が他のアジア人ボランティア達に頼り日本人スタッフは活躍しなかったということですか?
「基礎学力も語学も勝負にならない」というのは大学・大学院での教育の問題ですよね。高等教育機関が機能していない(レベルが低い)のは高校以下の教育がぬるいからだというお考えですか?
大学生以上が不勉強というのは全く同感です。特に文系の学生など何を勉強しているのか分かりません。バイトで社会勉強するのが大学生の仕事とはき違えている文系学生がごまんといます。
理系での危機感をおっしゃるなら東大、京大、早慶レベルでもっと学生を勉強させ英語もサンデル白熱教室で対等に中国、アメリカの学生とやりあえるレベルに引き上げねばなりません。
ただし・・・・・・・高校以下は・・・・・自分の得手、指向性を模索する時代ですのでカリキュラムを窮屈にしてしぼりあげるのは(受験のために)どうかな?と思います。
人間は何かをきっかけに自分で勉強し始めます。それは本の影響であったり、映画の一場面であったり、友人との会話であったりします。「自分とはなんぞや」「自分は何のためにこの世に存在しているのか?」とかは成長の過程で一度は通っておくべきものでしょう。
そして・・・・・専門を決めたら刻苦勉励する。その合間の憩いの時は音楽がもたらしてくれるかもしれないし・・・・・・ふとひも解く古典かもしれないし・・・・あるいは若いころやった水泳かもしれない。
詰め込みは受験には有利かもしれませんが・・・・・豊かな人生を送るためには何もしない時間、風の音を聞き鳥の羽音に耳を傾ける、せせらぎにそよぐ水草をぼんやり眺めて何かを想う・・・・・そんな時間も青春のある時期には必要だろうと思います。
当時の公立中で、不良と言われた人達で個性が強かった連中が
普通に大人になって元気そうなので、印象的でした。
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量的様
性根の腐った不良は知らんが、大将系は、根性あって、みんなしっかりエエ大人になってますよ。
大学生以上が不勉強というのは全く同感です。特に文系の学生など何を勉強しているのか分かりません。バイトで社会勉強するのが大学生の仕事とはき違えている文系学生がごまんといます。
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動機様
すんません~、、私みたいな学生ですね。。。
言い訳、させて貰っていいですか?(笑)
私は文学部だったのですが、先生達は「君たちは、勉強は頑張ってきただろう。しかし、文学というものは、そういったものと、対極にある。この4年間、遊びなさい。好きな事をやりなさい。」と、結構、先生達から言われました。
「遊べ、そして、子供と大人の中途半端な時期を、徹底的に楽しめ。」って言われましたよ。
まあ、あえて文学部を選んだ、という男子学生が多かったので、ちょっと特殊だったのかもしれませんが。
私のゼミの先生は「体験しなさい。経験のない所から発せられる言葉は上っ面の軽い文章にしかならない。」という感じでした。
なので、私にも卒業時、大きな大きな、、おめこぼしがあったみたいで。
本来なら、、留年だったかと。。(笑)
動機様
>この状況がよく把握できないのですが「日本の若者」とは学生ボランティアかなにかですか? あるいは国際会議に参加している若手社員?研究者?
>次に中国人などを積極的に活用したのは誰ですか? 学会事務局が他のアジア人ボランティア達に頼り日本人スタッフは活躍しなかったということですか?
>「基礎学力も語学も勝負にならない」というのは大学・大学院での教育の問題ですよね。高等教育機関が機能していない(レベルが低い)のは高校以下の教育がぬるいからだというお考えですか?
学会運営側のスタッフのことには、まったく言及しておりません。
IEEE主催の、それなりの存在感のある国際会議で、技術経営のセッションをお手伝いしました。誰でも知っているグローバル大企業のCTO、CIOといった人が、何人も、ポリシー、経営、技術、組織、標準について話をしてくれました。その内容は、会社のパンフレットみたいになるかと危惧していたら、全くそういうことはなく、熱い思いを、会社の戦略にかぶせて語ってくれました。そういうことができる人が集まったのです。
そこに参加している、日本人の若手、大学院生も居ますが、多くは、企業や大学から来ている、すでにプロの研究者となっている人、なのですが、逃げ回っているだけで、まったく対話しない。私が間を取り持っても、企業秘密で自分の会社のことはしゃべれない、とか言って、逃げてしまう。社業が忙しいのに参加費払って来てやっているんだ、余計なことを聞くな、と、言わないけれど、顔や態度ににじみ出ているのが多い。
これに対し、イラン人、中国人、韓国人、パキスタン人、、、、は、若手であっても、名刺をかざして、ビッグネームに突進していくんですね。それで、ビッグネームを囲んで、休憩時間などに、議論の場ができる。ビッグネームもフランクに対応し、冗談をまじえて相当に突っ込んだことを話し、続きはカフェテリアでサンドイッチでも食いながらやるか、ということになる。
あと、テクニカルセッションでも、自分の専門を話しているはずなのに、日本人の講演は、おしなべて若手がひどい。質疑応答がまったくできず、座長をやったセッション以外でも、助け船を出したりして、うるさがられました。学会のほうも、気を使って、特に英語があぶない講演者には、質疑応答を中心に、補助者をつけたのですが、当然、補助者をつけられるのは、日本人だけでした。
日本人であっても、定年間近な大先生や企業の役員のほうが、頑張っている、という印象が、悲しかったです。
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これは、とても、大学時代だけの問題ではない、と感じています。
このへんは、後日。






























