充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
弱点さん
>東京では、すでにゆとりの前から優秀層は公立から私立へ流れていませんか?
もともと中受を志向する層はいましたから、そうもいえますね。
国立+麻布開成武蔵、みたいな。
ただ数的には「ゆとり」の導入でブームになったと思われます。
>学校群制度が取り入れられてから都立が落ちてしまったとか。
東京の場合、日比谷、西、戸山などの超進学校をなくし、
どの都立高校からも同じように東大合格者が出るようにするのが
目的のひとつだったらしいですよ。でも結果は、ご存知の通り。
この頃は、高受をやっていた私立難関校、もっとあったような。
でもいまはいつの間にか、中高一貫ばかりです。
高校から入りにくいとなれば、中学で入るしかありません…。
>過度の詰め込みによる伸びしろの萎縮という重要な問題点から目をそらされて、
ただの負け惜しみにしか見えませんよ。
そう、フライングとドーピングによる過度の詰め込みによる伸びしろの委縮ですね。
>ということで、どの学校も参加できるから機会は均等ですよね。
私の視点は、学校ではなく生徒の視点ですよ。
そして、弱点さんがいわれる「機会の均等」は①「機会の「形式的」均等」。私がいっているのは、②「機会の「実質的」均等」です。
誰でも東大受験できるから機会均等だっていうのは①。
誰でも頑張れば東大を目指せる環境におかれて初めて均等だというのが②
>いえいえ、プロのスカウトは必ず引っ張り上げることでしょうよ。
無理ですよ。
強豪校で鍛えられたからこそダルビッシュがある。
ダルビッシュが灘や開成の野球部に入ったら、そもそも彼のボールをキャッチできるキャッチャーがいないでしょ。
だから公式戦でも練習試合でも練習でも投げられない。
それでいいピッチャーになるはずないですね。
私は才能があったからダルビッシュがあると思ってませんから。
才能と環境と努力の結果がダルビッシュです。
動機さま
追伸です。時間が無いので、一言だけ。
>「基礎学力も語学も勝負にならない」というのは大学・大学院での教育の問題ですよね。高等教育機関が機能していない(レベルが低い)のは高校以下の教育がぬるいからだというお考えですか?
Yesです。
高校教育と大学以上の教育カリキュラムの因果関係は私にはわかりません。
ただし、優秀な高校生を甘やかし過ぎた結果、大学以上のカリキュラムが組みにくくなっているとは思います。
そして、「気づき」が遅いと、いくらやる気になっても手遅れ、切磋琢磨の環境なく個人で頑張れる人は限られている、と考えています。
私は、今でも、年齢制限が無ければ、下位の音大には合格できる自信があります。
そんなことに中学高校の大切な時期に某大な時間を使う暇があったら、もっとマシな自分の鍛え方があったのではないか、音楽は逃避ではなかったか、と、50歳になって気づいても遅い、ということです。
>「基礎学力も語学も勝負にならない」というのは大学・大学院での教育の問題ですよね。
おっしゃるとおり。
>大学生以上が不勉強というのは全く同感です。特に文系の学生など何を勉強しているのか分かりません。バイトで社会勉強するのが大学生の仕事とはき違えている文系学生がごまんといます。
>理系での危機感をおっしゃるなら東大、京大、早慶レベルでもっと学生を勉強させ英語もサンデル白熱教室で対等に中国、アメリカの学生とやりあえるレベルに引き上げねばなりません。
そうです。敵は大学以上にあり。
>ただし・・・・・・・高校以下は・・・・・自分の得手、指向性を模索する時代ですのでカリキュラムを窮屈にしてしぼりあげるのは(受験のために)どうかな?
そうなんですよ。そこで詰め込んでもね。疑問ですな。
>そして・・・・・専門を決めたら刻苦勉励する。その合間の憩いの時は音楽がもたらしてくれるかもしれないし・・・・・・ふとひも解く古典かもしれないし・・・・
そうそう、「専門を決めたら」、詰め込みも必要ですよ。
>詰め込みは受験には有利かもしれませんが・・・・・豊かな人生を送るためには何もしない時間、風の音を聞き鳥の羽音に耳を傾ける、せせらぎにそよぐ水草をぼんやり眺めて何かを想う・・・・・
余裕がないとね。自由になにかを想像する暇もない。それでは、創造力、独創性は育ちませんよ。
>高等教育機関が機能していない(レベルが低い)のは高校以下の教育がぬるいからだというお考えですか?
No です。 大学以上が「ぬるい」からです。
>優秀な高校生を甘やかし過ぎた結果、大学以上のカリキュラムが組みにくくなっているとは思います。
「甘やかし過ぎた」?大学生じゃなくて高校生を?一体なに見てんでしょうか?
子供の時から一つの道で修行するのが碁や将棋ですが・・・・他のことも同時でやるほうがいいのか? 悪いのか?
これは結論が出ているのかな・・・・・・・? 本因坊家の一日なんてどんな生活を送ったのか知りませんが碁を打つだけではなく師匠について稽古先に行ったり、対局後のお茶に同席したりしたかもしれません。
当時の稽古先は大名とか豪商とか・・・・・・いわゆる支配層ですから趣味人も沢山いて色々な話を聞いてそれが芸の肥やしになったような気もしますが?
がり勉して初段までは進んでも、その後伸びるか伸びないかは碁の勉強ばかりではなく他の要素があると思いませんか? インスピレーションやら発想力は煮詰まってばかりいては産まれないような気がします。
ダ・ビィンチなんて赴くまま(パトロンの注文だけではなく)あれもこれもやっていたらその個々の物がインターラクションして・・・・・・単独でそればかりやっているよりずっと豊かなものを産み出した気がするのですが。
企業人さんの音楽は多大の貢献を仕事にももたらしていると思うのですが・・・・・・・・・。
遺伝さん
>どの都立高校からも同じように東大合格者が出るようにするのが
>目的のひとつだったらしいですよ。
この妙な平等意識によって、都民が迷惑を被った?という感じなのですね。
ありがとうございました。
この目的の意味が全く分かりません。
みんなで一緒にゴールと似たような意識なのでしょうか。
視点さん
>誰でも頑張れば東大を目指せる環境におかれて初めて均等だというのが②
今だって、一応誰でも目指せる環境でしょ?
生活保護でもサポート体制はできていると、量的さんが調べてくださいましたよね。
視点さん流の機会均等の解釈も、例えば、ありだったとして、
一体どうなったら、その解釈が成立するのでしょうか?
枠を設けて制限することは、機会均等からどんどん離れていきますけど。
>日本がメキメキ興隆して、経済的に欧米を脅かす存在に。 その要因をアメリカかどこかが分析したら、 国民の勤勉性と、国も親もやたらと教育熱心なことにあることがわかった。 そして就業時間も学校の授業時間数も、とても長いことがわかった。 欧米と比べてやたらと長く、密度が濃く、欧米の価値観からすると「詰め込み」だった。
>で、外圧がかかったわけだ。
>詰め込みをやめて、ゆとりのある学習→生きていく力を育もう! としたのが、こんなんなっちゃった、 でもこうなるのは、わかる人にはわかっていた、みたいな。 (遺伝さん)
また、アメリカの「陰謀」ですか?でも、そうだとすると、ちょっと腑に落ちないことがあるんですよ。だって、学校郡制度やゆとり教育のせいで、日本「国民の勤勉性」や「親の教育熱」は逆に亢進してしまったんでしょう?私立の躍進と塾産業の隆盛によって。「こうなるのは、わかる人にはわかっていた」のに、アメリカには、わかっていなかったのかなあ?随分と間の抜けた人達ですねえ、アメリカのジャパンハンドラーの方々も。
>一体何が問題になったのでしょうか。
>ゆとり導入には、何となく私立へ苦もなく行かせられる層の固定化と、あとは国民真面目で○○がいい、 それが御しやすいという陰謀を感じてしまいます。(弱点さん)
なるほど。で、どこの「陰謀」なんでしょう?まさか、また、アメリカのせいにする?
でも、あ、そうか。アメリカも途中で間違いに気づいたのかな?「日本がメキメキ興隆して、経済的に欧米を脅かす存在に」ならないようにするには、日本人の『勤勉性』は、やっぱりそのままに放置しておいた方がいいぞ」ってね。
そうかそうか、それで、私立や塾はそのまま存続を許された?しかも、大学の受験制度や教育内容には全く手つかず、そのまんま。だから、大学卒後の人材も、「勤勉」で「真面目な00」しか出てこない、その結果が「失われた20年」、「してやったり」ってことですか?なーるほどね。一理あるか。でも、それって、ちょっと穿ち過ぎじゃないの?






























