アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
そういうことですよね。
英語が必要なように
海外で仕事をしていると日本語も話せる外国の方みたいですね。
今日テレビのニュースで日本に戦闘機の売り込みのアプローチ
しているの観ました。
イギリス大使館の方 なんと日本語でアピールされていた。
こういう姿勢これから必要なんでしょうね。
>うん、それはいえる。でもデキル人、限定ね。(遺伝さん)
そこは、直観の世界だから、左脳優先の論理の世界・・デキル ということとは
また、別次元のことのような気がするのですね。
多分、トリックスター が一部かぶった 領域 ではないかと。
かつて、文化人類学者山口昌男氏の「中心と周縁」というキーワードが
流行になったことがあって、個人的にはあまり踏み込まなかったのですが、
さわりだけを読んで、当時、おもしろいなあ と感じました。
秩序だった「中心」を構築するために、社会は反対概念の「周縁」を用意するわけですね。
しかし、しばらくすると、「中心」はどんどん活気の無い世界になっていく・・
そこで現れるのが、トリックスター です。
「中心」と「周縁」を行き来し、規制の概念、価値観を破壊し、再構築して去っていく。
かくして、社会は 死 → 誕生 するわけですね。
なんで、お祭り なんてものがあるのだろう・・と、若いころは疑問だったのですが、
ああ・・そういうことなんだ・・と納得した覚えがあります。
未来さんと、 無常感さん
>昔哲学の賢者は、トリックスターを傍のおいたそうです。
>それは、若いなんでも素直に発言するタイプの少年だということを
>読みました。
>トリックスターは、視点さん ですね。
>表現方法はともかく・・とても貴重な存在ですね。
ひとつ、釘をさしておくとね。
視点さんを「若いなんでも素直に発言するタイプの少年」
として、設定するのは・・・どうなの?暴言を助長するだけだよ。(すでに、暴言の大家らしいけど)
『暴言』も含め、喜んでるのでは?認めてるのでは?と・・思うときは「たびたび」ありますね。直感?(笑)
(未来さんは、自分では、暴言ははかないし、無常感さんは、ここでは押さえてるし、ちゃんと「表現方法はともかく・・」と書いてるけどね。)
離陸さんへ、
そして企業人さんへ、適性さんへ、
きょうは浅、全く時間ないので、書きっぱなしですみませんが、
わたしの率直な意見として聞いて頂きたいことは、
英語をどれくらい若い世代に求めるかは、どの層にどれくらい求めるかというデリケートなところがあるという点。
「厳然としてある厳しい競争化での競争にも対応できる優秀な人材」以外に、重要な議論が少しあるのだろうと思っています。。
・・それは「国語」の絡む問題です。
英語教育野の重要を強調トーンとセットで、今、どうしても忙しい高校・大学生では、国語が軽視される傾向があります。しかし、かれらの初期の教育期間が終了して入っていく社会においては、国内の人との接点がメインの金融・保険・販売などの営業職(技術営業・文系営業両方有りますね)も依然、大きい。日本語のシーンは多いのです。
事務処理のような国内には絶滅危惧の職種の比較的低いレベルの事務系文系はそうですが、
現場で最も求められるのは、如何に力を合わせて言葉の力で、結束して前に進むか。その基盤技術は議論に併せてまとめ上げることばの力は無視できません。
わたしは、日本語と英語で議論をまとめるのはほとんど全く同じスピードで出来ますので、国際学会などで、オーガナイザもしますし、それではなくても、大学の先生に代わって蔭の議論のまとめ役を頼まれることがあります。Reviewを大学の先生からされることがあります。(IEEEで企業人さんがされたのはまさにそういうことをなさったのだと理解いたしました。)
そういうことが自然に身について高速処理出来る人は、企業人さんごご意見と同じですが、比較的日本人に少ないようデスですね。でも、欧米人にはとてもそういう人は多いのです。アジア人にも増えています。(特にアメリカで大学教育を受けたアジア人の優秀層)
なぜかというと、そういうことが大事だということが教育の作り込みの中に、柱としてあるのではないでしょうか。そんな想像をしています。
日本を観察すると、そういうものは、一部の人がOJTでやったり、MBAに派遣される機会などで学んでいるだけの状況に見えます。(因みにわたしの場合は留学経験はないので、英語力は高校英語と日本人の全くいない電話会議で35-45歳くらいに、生きるために避けがたく鍛えられたものです。)
今、理系の大学院卒採用でわたしが注目しているのは、日本語のできる人材、ことばを注意深く使える人材、英語・国語を同じスピードで使いこなす人材。英語で難しい問題を即座に反論できる人材・・・こんなイメージ。 ひとと気持ちよく議論できる人材、上手に刺激できる人材。
わたしにとっては、国語力があってこその英語力の気がしますので、英語論議では、そういう議論仕方も加えるべき、と思っています。
わたしは先にそちらから議論するべきなのかな、と一歩進んで思っています。。
それだけ「国語」をキーワードにする教育要素は、若い世代にとり大事なのです。
よく品格などといってマスコミではそんな扱いですね。でも、マスコミはいつもそんなレベルにとどまります。ニーズが非常に強く、緊急性も高いのは、社会を動かす言葉、英語以前の国語での思考力・判断力ではありませんか。
推敲せず投稿してすみません。(いつものことですが)
<離陸さんWrote>
【2292052】 投稿者: 離陸(ID:CSXbNLS7mmM)投稿日時:11年 10月 11日 23:01 管理者通知をする
英語に関しては、優秀層は、高3で何のとか大学で英語での授業で使えるレベルに上げたいですね。
それくらいでないと、日本のトップ大学の国際化も日本からの留学生の増加による国際化もままならないでしょう。
無常感さん
>そこは、直観の世界だから、左脳優先の論理の世界・・デキル ということとは
>また、別次元のことのような気がするのですね。
別次元とはいえ、仕事という意味でデキル人って2種類あるように思っています。
データをもとに論理的に導いて仮説を立てる人と、
先に仮説もどきがピンときて、あとで裏をとって形式を整える勘がイイ人。
企業人さん、
大学での講演の機会、すばらしいことです。わたしの思うつくポイント3点と項目を、思いつくところだけ、メモ的にあげてみます。今日は時間なく、網羅は全くできていませんが。
1)総論
研究・学生の教育・産官学連携・自身のマネジメント・安全危機管理という大学の活動の柱がそれぞれ明確化されず弱いこと。
2)研究
・国際競争環境下における、彼我のポジショニングが甘くなること。
これがそのグループの低評価に繋がる可能性がある。一部で現実化している。
・タコツボ研究に逃げ込む傾向がある。特に短期の価値が見つけにくい分野では、大きな構想力が必要なのに重箱のすみをつつく先端研究に逃げ込む傾向がありそう。
・企業に追い抜かれている分野は、近年では予算化段階でかなりチェックされ、とても良いが、そのとき「学生の教育」は? どうニーズに答え人材の供給するのか ?といった大局議論が大学教育の俎上に登りにくい。
・ボスの支配が悪い面ででる傾向が、まだある。多くの評価軸を採用することもさらに必要。
3)教育
・教科書の不在。日本では教科書を格という作業の価値が極めて低く見積もられている。
欧米人では全然ちがう。
・教育とは研究野刺身のつま、おまけでついてくる、と発想する人もまだ多い。(好きなことをする「研究」の価値が大きく、「教育」は生きるための義務といった感性の支配)
・国語力の問題
理系では国語の入試をおこなわず、若い世代や学生さんの国語力は目にみえる。大学教育の家庭で「理系国語」などが必要。
・国語の学力を入試という入り口でもとめることを再考しても良いと思う(小論文入試は、予備校が上手に対策のノウハウをして全く、優秀な学生の検出力がないとの認識はひろまっており、学力試験、すなわち、「国語」入試へ回帰しつつ素地はすでにあるのではないか。)
・大学院大学として看板変えるだけではなく、学生目線、社会目線で、教育コンテンツの充実・刈りこみが必要
・技術の意味を歴史的に捉えることのできる技術者を教育する柱を作ってほしい。
・「博士」の粗製濫造傾向にあります。とくに論文博士。企業活動の活性化にもプラスでない点あり、見直しも必要。
・日本でのMBA+Phdといったコンセプトの作り込みがないか、弱い。欧米人は、そのようなキャリアがあり、昨日している。「学&産官」で連携してほしい。
4)その他
・理系の研究室の安全・危機管理が弱い。欧米に比べて危険な現場。
・企業に比べても、欧米大学似比べても事務サポート力、マネジメントが弱い
・大学人が調整約、行司役といってでてくる審議会が多いが、やとわれマダム化傾向が強い。
真剣に身体を張ると、遠ざけられ機能していることが少ないように見える。反面、勉強不足で
とんちんかん な大学人もそんざい。
(根回し力もなく、反論されるとすると涙ぐむ・・大学人、ちょっとどうかなです。)
少しでも、何か新味のポイントあればよいが、と思います。
言いにくいことも敢えて含めて書いてみました。超乱文をご容赦ください。






























