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私立中学の価値 2校め

【2043250】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:4Xzxz71IPe2)
2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

【2299000】 投稿者: 地域、時代   (ID:P/YjhEVfVGY)
投稿日時:2011年 10月 18日 08:01

んん??
書き込みは、出来るのかな?

【2299003】 投稿者: 地域、時代   (ID:P/YjhEVfVGY)
投稿日時:2011年 10月 18日 08:03

ごめんなさい~。。。
朝起きて、あれ?スレどこいった??って、見つけられなかっただけのようです<(_ _)>

【2299011】 投稿者: 判断   (ID:YBTSg3jAfFk)
投稿日時:2011年 10月 18日 08:11

>なかなか、この状況を許さない場面を想像してしまいます。
私の地域の公立小1~2年クラスでは、授業中1~2名程度、座っていることができません。
授業中でも数名が、突然教室からで出て、トイレに行ったりします。
公共のマナーというか家庭での躾けレベルのことが身についていません。


信頼感さんが書いてくださったこの事例は、
「小1プロブレム」と言われているものでしょうか。
幼稚園、保育園生活から、授業でじっと座っている生活への移行が
うまくいかず、立ち歩き、先生の指示を聞けないなどの問題が
全国的に浮上しているようですね。
原因はよく分かっておらず、
ベテラン教員の学級の割合が高いということで、
子どもたちの意識が変化してきているのかもしれません。
中学年、高学年でも発達状況によって原因の違いはありますが、
授業が成り立たない状況はあるようです。
近隣の公立小の中学年で先生の指導力不足、複数の児童の問題から、
学年末まで、常時2~4名の保護者が授業参観し、
さとしたりなだめたりと面倒を見ていたと聞いたことがあります。
効果は一進一退だったようですが…。
欧米では、少人数クラスで、目的があれば授業中の立ち歩きは
自由というところもあるそうですが、
個人主義の影響で、日本式(アジア式?)の
「多人数で皆じっと座って一人の先生の授業を同時に聞く」という
スタイルが限界にきているのかもしれないとも思います。
児童、生徒に、学習の目的、勉強する姿勢、先生への尊敬が
しっかり身についていれば、小グループでの自由型授業が
できそうな気がしますが、
先生の数、指導方法を、状況に応じてフレキシブルに対応できるよう
考慮する必要がありそうです。

【2299033】 投稿者: 信頼感   (ID:pIp28uNP7i.)
投稿日時:2011年 10月 18日 08:45

老眼様

またまた、ご説明ありがとうございます。
やり取りを重ねるごとに理解が深まり感謝です。

>その場合,子供たちに何をどのように教育するか,という本来のものが犠牲になるという覚悟が必要です。

どうしても現実が見えているだけに考えが追いつけませんでした。

>子供たちに何をどのように教育するかという本来のものを,環境にかかわらず実行するにはどうすればいいのか,という流れだけです。

総論賛成、そして現実的各論に対してどこまで指導者が覚悟するか。(質、量の問題)
同時に家庭にも応分の責任負担(金じゃなくて、躾けなど)をしてもらうべく、カウンセリング、講習会などで啓蒙することも必要かなって思います。
(昔は当たり前のということが、立ち行かない養育者の現状もありますし・・・)
そうじゃないと、先生方が壊れてしまうように思います。

>3年からは皆が声をそろえて,読書百遍・・・と諳んじる。

笑顔で授業をしている子供たちを想像することができました。

【2299084】 投稿者: 信頼感   (ID:pIp28uNP7i.)
投稿日時:2011年 10月 18日 09:33

判断様

>ベテラン教員の学級の割合が高いということで、
子どもたちの意識が変化してきているのかもしれません。

5年くらい前でしたか、小1プロブレム・・ありましたね。

下の子がまだ、小学生なので未だにパソコン教室などのボランティアに参加しています。
各学年の様子を見ていますと、5年前に比べて立ち歩きの人数は変わらないもしくは
増えている印象です。(発達障害のお子さんを除く)
独り行動すると秩序の綻びにより、つられて行動することもあるでしょうし。

で、「ベテラン教員の割合が高い」って考察が、本当に妥当なのでしょうか・・。
どのような定量調査をしたのか存じませんが客観的に見る限り、父性の強い(声がでかい、威圧感がある)先生は男女、年齢に関係なく、立ち歩き等に一定の抑制作用があるように感じています。
それとは別に、立ち歩く子の中に父性の通じないお子さんも存在します。
だからと言って強制禁止だけを繰り返す先生では、信頼されません。
その辺り、子供たちの感覚は鋭いですから。

>学年末まで、常時2~4名の保護者が授業参観し、
さとしたりなだめたりと面倒を見ていたと聞いたことがあります。

確かに、身近にあります・・・少なくないです。

>欧米では、少人数クラスで、目的があれば授業中の立ち歩きは
自由というところもあるそうですが、

米国の公立中の授業で、生徒が机の下に寝っころがってテキストを開き(教室で)
その横に、やはり寝ながら指導している先生の映像を視たことがあります。
正直・・・そこまでやるんだ・・・とびっくりした記憶があります。

フランスの公立小学校の給食は、バイキングなのですよね。
ドルチェも豊富で、好きなモノを選択出来る、そして食べ残す・・・それが個性の教育だと先生が仰っていました。
給食を大量に廃棄する映像を視ながら納得できない感情が湧きました。

>児童、生徒に、学習の目的、勉強する姿勢、先生への尊敬が
しっかり身についていれば、

家庭内での教育だと私は考えているのですが、すでに前提が崩壊している状況です。
老眼様は、それらも含めて学校で完結すると仰っておられるわけです。
ある意味、子供を放置する養育者に対する決別であり、老眼様の子供に対する
深い愛情を感じました。(勝手にそう理解しちゃいました)

【2299258】 投稿者: 老眼   (ID:MiuhEY8xKPY)
投稿日時:2011年 10月 18日 12:43

>「多人数で皆じっと座って一人の先生の授業を同時に聞く」


・・ことが難しい子供も、おそらく皆同じではなくて、100人100様なのではないでしょうか。
他人の存在の数の影響の度合いの違い;1人ならできる、2人までならできる、・・・10人くらいならできる。
対面する教師からの父性/母性の影響の受けやすさの違い。
適応の速度の違い。
・・・他にもあるでしょう。
これらの組み合わせで、
・・ことが難しい子供でも、時間をかけて、その子その子の問題を明らかにし、ひとりひとり対応すれば、
やがて
・・ことができるようになる子も相当数でてくるのではないでしょうか。
やはり、ここでも学校における教育者の数が課題になると思います。
残念ながら、それでも、
・・ことが難しいままの子供も存在するでしょう。
そういうケースにおいてはじめて教育とは別のアプローチが有効になるのかもしれません。


クラス全体の視座からみても大事なことですが、ひとりひとりの子供の立場からの大事さも同等だと思います。
ひとりひとりの自立・自律に直結することですので、
判断さんの仰るとおり共有すべきとても重要な課題だとおもいます。

【2299289】 投稿者: 老眼   (ID:MiuhEY8xKPY)
投稿日時:2011年 10月 18日 13:13

>同時に家庭にも応分の責任負担(金じゃなくて、躾けなど)をしてもらうべく、カウンセリング、講習会などで啓蒙することも必要かなって思います。


有効性が気になります。
積極的に啓蒙の場を訪れるヒトほどそもそもその必要がない可能性が高いからです。


離陸さんが経済雇用環境の背景に言及されましたが、
まったく同感で、家庭における教育においては、その影響がとても大きいと感じます。
それゆえに、
経済雇用環境の安定化はあり得ないことと仮定して、
家庭における教育からの正の影響がゼロであっても成り立つモデル、
つまり学校での完結、
が必要とした次第です。

【2299304】 投稿者: 老眼   (ID:MiuhEY8xKPY)
投稿日時:2011年 10月 18日 13:23

>笑顔で授業をしている子供たちを想像することができました。


なによりうれしいです。

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