充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
「怒り」云々言っていて恐縮なんですが、
実は最近の自分の中で最も大事なテーマは「許し」なんですね。
何を許して、何を許さないのか?
どこまで許して、どこから許さないのか?
そもそも許しとはなんなのか?
「許し」のない社会は生きづらい。
しかし、社会はどんどん「許さない」という方向に進んでいると思えてならない。
許さないから許されない。
許さなれないから許さない。
そもそも、「許さない」論理ってなんなの?
許さない=弱さ
許す=強さ
なんて考えなくもないのです。
(殺人被害などの極論は除く)
どうですか根本的さん?
凡人さん
>最終的に問題になった事は、思想の固定化によるマインドコントロール
だったのではないかと思います。昔から、村八分と言う言葉もあるように、どこの世界でも、トップに立つ人によっ
て、世の中はいかようにも変わってしまうのではないかと思います。
(凡人さん)
本当にそうですね。
平和があることが当たり前ではない
心せねばならないです。
>就学前の母性、父性のバラつきが、小学校での問題行動に連動していると思うのです。ならばいっそのこと、小学校入学を3歳ぐらいに早めてはどうでしょうか?母性、父性は必ずしも母親、父親しかその子へ与えられないものでもありませんし・・・。
子供にとっても親にとっても社会にとっても,妙案ですね。
1点だけ気になることがあります。
子供たちと祖父母世代が接する時間の確保です。
祖父母世代⇔子供ら、互いがもたらす良い影響は計り知れないものがあるのではないかと。
老稚の相互作用です。
>地域、時代様には猛反対されるでしょうけど、生後1年は、母親と子供は片時も離れて欲しくないのです。でもそれじゃ、ストレスがたまるから、コミュニティで子育てサポートをする。 3歳までベタベタに甘やかして子供の要求通り何でも依存させてあげられたら、結局は自律が早まるわけですし
地域時代さんが反対,そうなんですか? 大賛成されるのでは?
この辺りの話は、離陸さんがご指摘されたように、経済雇用が大きくかかわるのでしょうね。子育て支援というものはありますが、雇用者/被雇用者双方からみて、生後1年母親と子供が片時も離れなくて済むような雇用環境にはなっていませんね,多くの中小企業では。
>小1からイキナリしっかり座学として子供達は集中できると思うのです。これは、個性の埋没による画一化ではなく、既に6歳までに確立されつつある個性を基に老眼様の紹介されている「命」の授業、「道」の授業をじっくりやっていただきたいと思うのです。
「作法」については,こんな意見もさんにも譲れない持論があるはず・・・。
>乳幼児の環境として戦前、戦後を比較した場合、フロイトの云う口唇期、肛門期において、おっぱい→粉ミルク、布おむつ→紙おむつの差があると思います。(以前書きました) 戦前の標準的な子供は、おっぱいと布おむつ&畑仕事中も常におんぶです。 戦後の標準的な子供は、最初3ヶ月おっぱい→その後ミルク、紙おむつ、ベビーベット。 母性は質ではなく回数ですから、オムツを交換してくれた回数が多ければ多いほど快感を味わえますし、その都度信頼感が育まれるわけです。 戦前の子供たちにとって父親の威厳は絶対であり、理不尽なまでな強制だったと思います。確かに個性は埋没させられたと思うのですが、荒廃はしなかった。その理由を推察するに、十二分な母親からの母性があったからこそ、理不尽なまでの父性をも受け入れることができたのだと思っています。
ここの説得力は絶大ですね。
母親教室とかでこういう話をお母さんたちは聞かないんでしょうか。
ちゃんと聞いていて、いいように取り入れているようにも見えるのですが。
それにもかかわらず、現状があるとすると、父性の問題がより大きいということでしょうか。
肛門期以降の蛇足ですが、鳥みたいに親が口内で噛み砕いて子供に食べさせた→ペースト状の離乳食っていうのもありますね。わが事を想像するとちょっとオエッとなりますが,わたしにとってはプラスになった・・・(笑)。
>だからって、今から布おむつにしろって云ってるわけじゃありません。
しかし、物理的に母性を得られる時間が減っていることは、間違いないと思います。
だからこそ、一人の母親だけに育児を負わせないサポートが必要なのだと思います。
3歳までの育児って責任重大だってことを男性はもっと理解するべきなのです・・・特に生後半年間って、母親は、熟睡すらままならないのですから。
あっ、ここに、信頼感さんの,父性の問題へのご指摘がありました。
この辺りの話も、離陸さんご指摘の経済雇用が大きくかかわるのでしょうね。
以前私は、幼稚園と保育園が一緒になった施設が良いのではないかと言う意見を言っていましたが、何故かと言う
と、幼稚園にあって、保育園に無いものがあります。確かに、文部科学省と厚生労働省の違いがあり、目的に明確な
差があることは分かります。しかし、それで丸っきり学習をしなくて良いと言う理由にはならないと思います。何故
なら、公立の小学校に上がってくる子供たちは、両方一緒になるのですから。それなのに、片方は、ひらがな、かた
かな、漢字でさえ書け、片方は、鉛筆の持ち方も知らない。これは、明らかに「小一プロブレム」を発生させている
一因だと思います。特に、例えば、公立の女性の先生は、殆どが共働きでしょうから、当然子供は保育園に行かせま
す。また、キャリアのある女性の方も同じだと思います。それなのに、昔どおりの育てるのが困難なために、預かっ
ていますのような文言は、かなり今の時代にあっていません。
ですので、少なくとも、就学前の予備勉強については、保育園に関しても必要だと思います。しかしながら、先生の
人数が足りないので、それの専門の人やボランティアをお願いして、何とかできる方法もあるのではないかと思いま
す。
>社会はどんどん「許さない」という方向に進んでいると思えてならない。
許さないから許されない。 許さなれないから許さない。 そもそも、「許さない」論理ってなんなの?
聞かれてませんが,いいですか。
@許すか/許さないか は自分のコントロールが効く範囲内か外かで決まる
っていうのはどうですか?
わたしは,リアル世界で,まあそれはそれは許せないと思うことが山ほどありまして・・。
つまり,わたしは,わたしのコントロールが効かないことが,山ほどあると認識しているということになります。
さらにそれは,わたしの器が極小であることを物語ってもいます。
相手方にとっても,それは同様ですから,
許さない相手の器も極小である,ことになります。
ですから,
わたしのような人間ばかりがうようよしてれば,
互いに,
>「許し」のない社会は生きづらい。
ということになる。
ダメ?
>地域、時代様には猛反対されるでしょうけど、生後1年は、母親と子供は片時も離れて欲しくないのです。でもそれじゃ、ストレスがたまるから、コミュニティで子育てサポートをする。 3歳までベタベタに甘やかして子供の要求通り何でも依存させてあげられたら、結局は自律が早まるわけですし
地域時代さんが反対,そうなんですか? 大賛成されるのでは?
この辺りの話は、離陸さんがご指摘されたように、経済雇用が大きくかかわるのでしょうね。子育て支援というものはありますが、雇用者/被雇用者双方からみて、生後1年母親と子供が片時も離れなくて済むような雇用環境にはなっていませんね,多くの中小企業では。
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老眼様
ここの部分、以前信頼感様とじっくり話をしたのです。
私が「その考え方は、物理的、経済的に子供を保育園に入れなければならないお母さんを苦しめないでしょうか?」と、そして信頼感様が、私のその時の疑問をしっかり覚えて下さっているのです。
>人数が足りないので、それの専門の人やボランティアをお願いして、何とかできる方法もあるのではないかと思います。
やっぱり,人ですよね-。
凡才さん,わたしの恩師は,田舎で,30年ほど前に老稚園を提唱なさいました。お年寄りと子供たちが互いに助け合い学ぶ,というものです。発想は同じところにあると思います。
ところで,未来さんが依然として凡人さんと・・,わたしも間違うので大きな声では言えないんですが・・。
あと、幼稚園は昼ごはんが無く、終わりなので、私立、公立とも月3万程度ですが、保育園は、朝7時から夜8時くら
いまで、公立でも3-4万、無認可ですと10万ぐらいかかりますね。
現在では、公立の幼稚園はがらがら、公立の保育園は待機児童がわんさかいます。結果的には、一度も入らずに小学
生などと言う場合もあります。
このような昔から比べての公立と私立中学校の変化に比べ、幼稚園と保育園は、人数が移行しただけで、やっている
事は、昔と全然変わっていないのです。ましてや、未だに保育園に行かせるなんて不憫だねと、思われる方も少なか
らずいるようです。
このような昔からの偏見も入り、小学校の授業が成り立たない構造が出来上がっているのだと思います。
結局は、小学校も先取りをしている子と、丸っきり初めての子で、クラスを分けなければならないと思います。しか
し、そんな事をしたら、本末転倒だと思います。






























