在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
動機さんの書かれていることに同意します。
>組織の中で生きるのを拒否した時はどうなるか?
これは自営業以外のほとんどの人が抱える恐怖でしょう。特に簡単に転職できない日本社会では組織から弾き出されたのちはどうやって生きるかは正に死活問題となるでしょう。
幕末、高杉晋作やんちゃといわれた彼は騎兵隊を作り
農民や貧しい者たちがその志についていった。
彼の無謀さがやがて藩の意向さえ変えていく
正義をまっとうしようとした時
今の日本でどのくらいの人がついていくだろう
敗者とチャレンジャーに厳しい日本
本当に力を発揮しようと思っている人間がこれからの
日本を支えてくれるようにしていかなければ
未来を描けないのではないだろうか。
世界が注目しているのはどうやって
日本が原発を収束するのか
そして再生できるのか
まっとうに取り組まないと
おそらくなし崩しに沈んでいきます。
今こそ真摯に日本の現状と子供達の安全の確保を
早急に行い。
情報開示、
テレビ、新聞、マスコミは癒着を断ち切って
政治、原発関係は
日本のために身を清めなければ
やがては自分たちの死活問題になると思う。
忙しさにかまけているうちに、フォローできなくなってしまいました。
取り急ぎ、動機さんの問いかけに反応します。
アメリカ帰りの外科医のお話です。
私は、医療系とは関連の無い職場ですし、大学ではありませんので、完全には推測できません。
しかし、私の会社に投影さいた場合、まあ、起こらないケースだろう、と思います。
コンプライアンス上の問題に関しては、特別の申告ルートがあり、申告先は社内(監査部門)と社外(顧問弁護士など)を選択、実名と匿名を選択できます。申告内容は、監査役やコンプライアンス担当副社長以上が見ますし、通常のラインとはまったく違う監査ラインで調査されます。いまのところ、けっこう機能していると考えています。
もちろん、正当な指摘以外に、単なる腹いせだったり、言いがかりのようなものもあります。
人命にかかわることで、こういう手段を使って、告発者が不利益になることも、事案が放置されることも、ちょっと考えられません。
こういうケースなら、たぶん、うちの会社は健全に反応するだろうと思います。
これは、うちの会社が、カタい会社だ、というのもあると思いますが、放置して問題が大きくなると金銭的にも被害が大きい、という要素も大きいです。そういう意味で、私企業のほうが、公務員や独占企業より、自制が働く、という面があるかも知れません。
しかし、、、、
翻って、今回の福島のようなケースではどうか、私には自信がありません。危険性を保安院に告発した師と東電社員が居たが、黙殺された、と報道されていますね。
危険かも知れないが、少なくとも法律で決まった基準は満たしている。
現状、なんの問題も起こっていない。
危険個所を手当てしようとすると某大な出費を伴う。
反原発団体から、それ見たことか、といわれる。
こういう条件を考えて、本当に、安全性を高める判断ができたか、自信がないです。
私は、比較的大きな放射線管理区域を抱える施設の責任者だったことがあります。その管理は、法律に定められた方法で行うのですが、きわめて厳格です。フィルムバッジが感光したりしたら、相当大変なことになる。
法律ですので、福島も、同等以上の管理が、表面上はなされていたはずです。
こまごましたことは、ちまちまときびしい。非常に大きなところは、誰も手を出せず、見過ごされてしまう。
なんとかしなければ、と思っております。
今、皆さんが話されている事は、中学受験の塾選びや、公立と私立どちらに
駒を進めていくかと言う事と、同義だと思います。
どちらでもないし、どちらを選んでも正しいのだと思います。
また、社会は、いつも動いているし、時代も同じだと思います。
今現在、あるものをひたすら無言で守る事が良いのか、もしくは、より良くするために
革新的に異論を唱え、進めていくほうが良いのか、正直、どちらが正しいかの結論は、
一生出ないと思います。
では、どちらに進めば良いのでしょうか。
実は、どちらでもないんですよ。
物事には、少なからず世の中から見て、大小の基準があります。
その基準が特定な場合、範囲が少なく、少人数名場合と、全国民の意向のパーセンテージが
半分を超す場合では、当然対処の仕方が違うと思います。
世の中で生きていて、100%正しい事、100%間違った事は、ほぼありません。
ですので、短時間で処理が出来る簡単な問題など、存在しないんです。
この処理をする事は、システムでもなく、タマゴでもなく、全国民一人ひとりに必要とされる
リカバリーの能力なのです。
上に立つ人は、このような能力を実際に、全国民に喚起できるような人が相応しいと思います。
一人の人間が、全てできるほど日本の人口は少なくありません。
そもそも人は十人十色ですから、2人いるだけでも意見は合いません。
だから、組織や枠組みを超越した、万民の意見を取り入れられる、理解できる人が必要なのです。
医学界、政界、経済界、教育界などなども同じだと思います。
一人ひとりに家族は必ず存在します。生活もあり、かつ流動的な世の中です。
それを一人の力で、崩す事は、すなわち追放に値するでしょう。
自分だけどころか、家族、親類まで、被害は及んでしまうでしょう。
だからこそ、今は、枠に捕らわれない強力な指導者が必要だと思います。
だけど、独裁は駄目なので、とても難しい事ですし、世界でもうまく行っていないのが
現状ですが。
しかし、国民が真剣に考える時期が来たのだと思います。
日本が方向転換できそうな期待を持たせる指導者が出てくる事を、私は待ち望んでいます。
量的さん
>なぜ、こういう健全性が増すような経過がある中で、日本で、いっそうの機能不全が目立つ・見られる様に思われるのでしょうか。
である調をお許しください。
どの職種でも兼務が過多状態である事実がある。各自が本職のみに没頭できるよう、本職から切り離された兼務の部分について別途専門家の配置が必要であることを示したのではないか。さらに関連業種間や各業種内部に存在する境界的役割(調整、連絡等)の職種を別途創設することも。すなわち、要求されるポジションとその責任・任務及び要員数に応じてしかるべき人材の配置。一方で、もはやピラミッドの時代ではなく、円陣を何層にも組むようなイメージの組織創りが要求されている可能性はないか。どの組織にも「顔」は要るかもしれないが、非ピラミッド組織において、強力なリーダーシップは必須ではない。
老眼さん、
わたしは、皆が共通の結論に、容易に至るような簡単な問題は、イニシアティブがいらないと思います。
一方で、専門性が必要なことで、その中身をを共有しないと、解決策までいかないこと(原発問題とか)や、利害が関係して合意できないこと(沖縄基地移転問題)など、意見の分かれるIssueには、かならず良いイニシアティブが必須だろうと思ってます。
日本では、「船頭多くして船、山に登る」ということわざがありますが、そういう事例は、
近年沢山あるように考えています。
メフメト2世の様に意志を持って”船が山を登る”のであれば別なのですが・・・
老眼さん、
そう思います。
ピラミッド型ではない構造は、わたしの考えていることでもありますが、その場合には、様々なイニシアティブのあり方があると思います。例えば、ボランティアの先頭に耐える若者は、その現場でイニシアティブを発揮することができるでしょうし、企業の専門職は、設計段階や、プロジェクト立案段階で、場合により役員以上にイニシアティブを発揮します。役員・社長は、案を承認して前に進める、など。
そういう例は、身近な例で家庭でもあるでしょう。奥さんがリードするモノ、子供がイニシアティブを持つモノ、そして旦那が主導権を持つモノ、それぞれの特性でやり甲斐があるものが与えられること、そして最終決断者が的確に判断すること、が大事だと思います、それが、若い世代、一人一人の居所がある社会になります。ただ、そのためには、わたしの言葉で言えば、「認められるキャラクターを育むこと」、これが必要だと思います。・・・大人でも中高生・大学生でも。
>一方で、もはやピラミッドの時代ではなく、円陣を何層にも組むようなイメージの組織創りが要求されている可能性はないか。
>で、動機さんはどうするの?
松陰を引用するなどして格好つけていますので本来なら教授本人に直言しないといけませんね。「先生、今のままではまずいです。心臓手術は中止されたほうがいいと思います。」と本人のデスクの前でポケットに辞表を忍ばせて・・・・・・・・・言いましょうか?
あるいは搦め手からオペに立ち会うスタッフと談合して「次の手術は全員でボイコットしよう」と提案するか? こういう場合、大抵教授にご注進に上がる人が出るんですよね。講師あたりから。
我が身の安全を守りながら無謀な手術をやめさせるには・・・・・
1.院長宛に匿名の手紙を出す。
2.マスコミに垂れこむ。
なんてこともできそうですが何だかこそこそしている感じです。医療界の組織と個人の問題は古くから「白い巨塔」などで描かれていますが今日でも構造は全く変わっていません。良心と保身。地位や名誉を捨てられるか? 黙っているのは自分だけじゃないという「皆で渡れば怖くない」という免罪符。
弱点さんにいじわるしてるわけではなく組織の中の個人はこういう風につきつけられると・・・・・・・キャリアを捨てるかどうかの重大な判断を迫られます。
私の友人の話をしましょう。医療裁判で教授からカルテの書き換えを迫られた。主治医として裁判に有利なように加筆しろというのです。日本の医局で日常茶飯に行われていることです。
さて、彼は悩んだ。教授の指示を拒否すればどうなるか? 一晩考えてやはりカルテ改ざんはやめようと決意した。主治医グループ全員で意思統一して「カルテ書き換えはやりません」と教授に話に行った。
その後はあえて書きませんが・・・・裁判の中でテレビのようなドラマがあったそうです。
インパール作戦を拒否した軍司令官が何人か罷免されましたが彼のおかげで助かった命もどこかにいるのではないか? 自分の身を捨てて救われた命が一つでもあるなら・・・・・もって瞑すべしです。




































