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私立中学の価値 2校め

【2043250】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:4Xzxz71IPe2)
2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

【2309776】 投稿者: 老眼   (ID:ezXkB3zi8vE)
投稿日時:2011年 10月 28日 18:45

ハハハ、すでに聞こえてましたね。
長い時間かかってしまいした(笑)。
理解といいますか、納得です。

【2309777】 投稿者: PDCAなんて   (ID:6SD64DagiCA)
投稿日時:2011年 10月 28日 18:46

未来さん、離陸さん

>間違いではないですが教育ではないですね。
>こども本人が勉強のやり方の一つとして採り得る方策のひとつです

ウィキに書いているようなことを単なる字面として受け入れると、
教育でなく方策になりますね。
私のPDCAの具体的イメージの中では、良い習慣を身につけさせる
ための立派教育です。

【2309783】 投稿者: 適性   (ID:cNLOb07zPPI)
投稿日時:2011年 10月 28日 18:55

老眼さん

>適性さん
>聞けば聞くほどに興味膨らむ内容です。
>もっとお考えをお聞かせください。

「コーチ」と言えば、「こんな意見も」さんでしょ。
私が、聞きたい。(笑)

【2309784】 投稿者: 老眼   (ID:ezXkB3zi8vE)
投稿日時:2011年 10月 28日 19:00

>そのうちまた、ややこしいお話でもしようと思います。


新たな謎解き、
これは、いいお話を聞きました。
楽しみです。

【2309787】 投稿者: 老眼   (ID:ezXkB3zi8vE)
投稿日時:2011年 10月 28日 19:07

>「コーチ」と言えば、「こんな意見も」さんでしょ。 私が、聞きたい。(笑)


確かに。

【2309793】 投稿者: 根本的   (ID:feby7YDNQDI)
投稿日時:2011年 10月 28日 19:16

信頼感さん


>単純化してアリやハチで考えてみました。
>巣、卵、女王、を守るという性質しかないクローン兄弟たち・・・そして利他的に行動できる。個人の「個」の差がないわけだから、「巣、卵、女王」を守ることが「個」の「利」となる。ロジックと行動に合理性がある。


 これは「利己的遺伝子」という観点から説明されうる現象ということでしょうね。生物の個体は単なる「遺伝子の乗り物」に過ぎないと考えれば、一見個体にとって利他的と見える行動も、「遺伝子」の「利」となるという「ロジックと合理性」がある、ということでしたか。


>言葉を間違って使用していたことに気付きました。私の使っていた「個性」は、「人格」のことだったような気がしています。


 「人格」にも、個体差があり、価値のあるものですから、当然「個性」のひとつでありうるものだと思います。


>根本的様の「個」→「人格」、「我」→「個性」とは、云えませんか?
(唐突すぎます?・・・言葉遊びじゃないですから)
>個、我は、人称の違いというか、視点を変えて中身の同じもの指していませんか?


 「個性」とは、究極的には単なる違いのことに過ぎませんから、客観的な性質のことです。しかし、「我性」とはまさに、その皮膚をつねれば痛いと感じる「自分の」「この個体」を、70億もあるすべての個体の中で、特別なものとみなす一種の情念だと考えますので、あくまで主観的なものとならざるをえません。本質的に異なるものと考えております。


 

【2309807】 投稿者: 信頼感   (ID:UX5X2IBpp.6)
投稿日時:2011年 10月 28日 19:30

適性様の仰る「個性」は「違い」によるもの・・・良くわかります。
「差異性」が「個性」を際立たせる・・・ビジネスでも通用する考えだと思います。
「利潤」は、人との「差異性」の中にあと思っておりますもので。(利潤の媒体は、芸でも音楽でも商品でもかまいません)
「人格」を考えると、病気を除いて、乳幼児期の経験に深く影響を受けるわけです。ですから、「人格」とは、遺伝的性質と乳幼児期の経験によって千差万別の性質を形成します。つまり、遺伝的性質+環境因子(適性様の仰る親のフィルターで得た価値観、母性、父性、虐待、喜び・・・etc、社会的要素)で形成されます。これがユングの云う「ペルソナ」だと思います。そしてもう一つ「影」があります。
「ペルソナ」:本能や欲はダメっていう社会的に善(適切)なこと
「影」:人間にとって生きていく上での必要悪、(性欲、食欲、嫉妬、嫉み、戦争状態なら殺人も含む)

この「社会的善の自分」と、「必要悪を認める自分」が合体したものが「個性」なのだと思います。
適性様の仰る「違い」は、まさしく「ペルソナ」と「影」から形成される個性としているので正しいのですが、是非とも分けて考えていただきたいと思います。

>「人を殺すことが、喜びである」というのも「個性」ですが、「反社会的」なので容認されていません。

これを「個性」とい云われたら、反対しませんが、反社会的個性が形成されるまでの過程を考えると、「人格形成」(ペルソナ)の部分で極端な母性不足、ネグレクト、虐待という環境因子が必須条件になります。このスレで話題になっている「個性」の形成とはかなり違う環境因子だということを申し上げたいのです。

>無条件に、個性は、賞賛されません

仰る通りです。

ユングの「個性化」とは、「ペルソナ」=社会的に善のフィルターによって形成された人格と本能などによるその社会では悪とされる部分を必要だと思っている人格をそれぞれ消化しなければ先に進めないようです。
善フィルターで刷り込まれた価値観に対する矛盾に気付き、考え、消化し、一人の人間として生身で生きること(ルール無視の方便であってはならない)。
そして「影」の部分を認め、(自己防衛、投影をルール無視の方便として使わない)この全く違う2つの異なる人格を認め(羨望、嫉妬、欲望は誰にでもあり悪ではないということ)心から周りの人間を信じ生身の人間として生きて行けることなのだと思います。

で、コレが昇華ってヤツじゃないでしょうか?

【2309817】 投稿者: 未来   (ID:R4KjSl9Y91U)
投稿日時:2011年 10月 28日 19:47

PDCAさん


>私のPDCAの具体的イメージの中では、良い習慣を身につけさせる
ための立派教育です。


ということは、PDCAさんの考えによると


* 怪しい塾ではない限り
  塾でこの習慣を取り入れるのも

* 親が意識的に取り入れるのも

* 本人が自らそれを探り得る方策も


同じであるというお考えでよろしいでしょうか?

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