充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
実はその後、普段褒めない祖父が褒めてくれましたので、記憶に残っています。
なぜそんな些細なことで褒めたのか、その後も長く、全くわたしは判っていませんでしたが、
今はなんとなくわかります。・・・勉強ができることよりも(当時は大所帯のクラスで10-15番くらいだったと思いますから、実際、さして出来た訳ではないこともありますが)こういうことができるのは、大人の目線で見ると、大事だな、と今のわたしも思うことができます。
でもこのようなことが学校の勉強とつながっているかというと、強い関係はなく、ほとんど別物でしょう。強引に理由をいうことができても確からしくはありません。今、日本人が得意なことが、当時の人々は苦手だったかも知れません。逆に、昔の日本人は今の日本人よりもそういった気働きみたいなところは当たり前に得意で、あったかもしれません。
これからの年少教育のあり方は、わたしには、とても遠い話題ですが、幼稚園とか小学生で、じっくり生活に向き合って学ぶうちに、ちょっとした拾い物を沢山していければしめたモノ、案外な財産なのではないか、とそういうことは感じます。
老眼さん、浪花節かも知れないけれど・・・・・・・私は適性さんの痛々しさが見ていられないんです。 ああ・・・・・神経が細やかな人なんだなあと切なくなります。
人間関係色々ありますが掲示板だけの付き合いだけでも友情みたいなものは湧いてくるものです。・・・・・・というわけでこの件は打ち止めにします。
さて、たった今安藤忠雄が吉田松陰について東大阪市の中学生に話すNHK番組見ていました。安藤忠雄はさすがに自力で伸びてきた人なので説得力ありますね。
公立中学3年で皆塾に行っているのですが「塾に行かないで自分の生き方を考える時間も必要だ」というようなこと言っていました。高校入試が終わるまで受験勉強せざるをえないけれど・・・・・・・・その後は自分を見つめる時間を作ってほしいものです。
内発的なものがなくやらされていることを忠実にやる秀才はどこかで壁にぶつかります。 「自分とは何か」を考えるきっかけを自分で見つけるのか本や友人との対話から始まるのか?
やらされ秀才が増えているのはやはり日本にとっても問題でしょう。
視点さん、安藤さん登場しました。そろそろ視点さんも登場されてはいかがですか?
【2315033】【2315041】 に書いたことっていうのは、空気感ができない話。
リアルな社会では出来ないし、実際にしてはいないわけですが、極端な話、違和感どころか、いじめられたり、多くの人に共通の目の敵にされる温床にもなりやすいことです。
そのようなマクラもどうか、とは思いますが、学んだことの2番目は、いじめに遭った経験とその防御策、そして自分がいじめた経験、などですね。
わたしは小学校2年生からいじめられていましたが、幼稚園が、さっき書いたような金持ちの幼稚園で、あとはずっと公立小学校→中学校→高校→大学なので庶民的な雰囲気の学校で長らく育ちました。
いじめられることは、環境の違いから発生しますから、ある意味で、違いが際立つ局面では、「いじめられるか」「別格になるか」いずれかしかなく、当然のことでしたが、もうひとつ、父も母も幸い人がとても良く、こどもを極めて大事にしていたので、わたしは人がシットするとか、悪意を持つと言うことが、小学校2年まで全く理解出来てはいませんでした。そういう状態で、勉強がとくにできるわけでもなく、身体も強くないとターゲットになりやすい。
いじめの対処法は、その後、簡単にできました。いじめた子供をトコトンいじめ、鳴かせて、学校に来れなくなるまでたのです。(まあ、それが効果的でsる事実は、昔も今もいっしょでしょうが、対症療法という以上の解決法とはいえないと思いますが)
いじめられて、世の中(小学校)にそういう人がいることや、小学生のこころに潜む、さまざまな複雑な感情を習いました。小学生のこまるところは、容赦がないことです。小学校の友達は早熟な子が多く、塾に通ってストレスもありましたから、ひとことでいうとぎギスギスした感じの友人関係、小学校生活の雰囲気を感じていました。友人は、中学受験に落ちたときに学校で大泣きをして、いたのをよく記憶していますが、受験の模試も大手塾にも通った経験がないわたしはぽかんとして、友人を見ているだけでした。
高学年では、土曜日の科学センター(正式名称忘れました。土曜の放課後に希望者が行けるものでした)
で母のお弁当を食べて、近くの小学校で理科実験などするのが楽しみでした。
この状態が解消したのは、中学受験組が全員抜けて、、地元の雰囲気のよい中学校で、学年1番を取ったときからです。わたしは何一つ、変わってはいませんでしたが、環境が変わったことで、がぜん伸びることができました。あいかわらず「いじめのメカにズム」には思い至らず、疎かったですが、そんなことはどうでもよくなり、面白いことに熱中するような生活になりました。
いじめとは、いじめてみると分かりますが、いじめたことがわからないように、いじめることが最も大事なことなので、「いじめられている子」をよく見ていると、本人が特定のグループや人からいじめを受けている子のが、全く自覚がないケースが非常に多いですね。
わたしがいじめた子をやり込めることができたのは、油断させて「いじめをわざとさせて」その逃れられない事実を大声で、先生に見せつけて、何回も相手が驚くタイミングで繰り替えすることです。あとは、誰にもわからないところでは常にいじめができないか、じっとみてわからないタイミングで相手にしかける。
いじめの戦術とは、
1)いじめをしたと言われない状況か
2)いじめられる状況か
で、第一の点が最も重要ですから、(第2があっても第1のリスクがあれば次の機会に先延ばし)
というようなものですから。ボーッとした子や反撃してこない子、対応が出来ない子は、残念ながら狙われやすい。
このようなことが、小学校での学びだった気がします。
いじめられると、「負けてなるものか」という気持ちが、自ずとでますから、
わたしが、一しかできるようになったのも、集団の中で”練られた”から。
それは今は老いてしまった両親の、三つ子の魂100までも、で3歳までがとりわけ大事で、その後は成り行きでよい、という目論みの通りだったのだろうと思います。
・・ちなみに両親ともにわたしほど摺れてはいません。
自分のケースで書き過ぎたところが多々ありますが、
わたしの経験は、こういうことなので、幼児・小学校教育の現場のこどもって、
結構、厳しい環境だろうかなと思っていますし、教育もきれいごとではない、全人的なものと感じます。
乱文失礼しました。
無常感さん
>②の方には鳥は見えますが、①の方には見えません・・「鳥はいない」に等しい。
なぜ、そんな差が出るのかというと、①の方 と ②の方 では問題意識が違うからです。
この通りなんですよ。
具体的にさんにお返事書こうと思ったのですが、
実は、うちの子供は、すごく不思議なものが見えるんですよ。
幽霊も見たことありますし。
それ以外に不思議なものも
私は、そういったものを全否定してはいないけど
実際見えないから半信半疑なんです。
で、ある日目の前で子供の顔色が真っ青になったのですね。
その時、「見えるの?」と聞くと
うなずくんですよ。
ですので、問題意識の差っていうのはすごく納得できるんですよね。
量的さん
量的さんのお話を読ませていただいて。
褒められて育った子供はよく伸びるんだなと思いました。
向田邦子さんの世界ではないですが、
貫太郎一家みたいにおやじさんがどなっているばかりの家庭もあるだろうな。
けれどあそこの家庭は温かかったから
よかったのですけど。
量的さん
>・ちなみに両親ともにわたしほど摺れてはいません。
うちの子供は、いじめにかんしては、そうとう鍛えられています。
というのは、都会から田舎に引っ越して 言葉でいじめられ
水筒で殴られて鼻血をだしたこともあります。
でも、田舎というのは今までの人脈でなりたっていますから
先生も周りもいじめている方を擁護する場合すらありますね。
また、背後に宗教団体があったりさまざまな形がありますから。
都会にきては、田舎の言葉を使うと云われ
からかわれることもありました。
蜂の巣を投げられるとか。
そんなこんなで強くなりました。
私は、私学は女子高で穏やかに過ごし、
公立高校で揉まれましたが、それはそれでよい経験でした。
今は、女子男子問わず逞しく育った方が
よい時代なのかしらとも考えます。
未来さん、
褒めることは、大変、大事だと思いますが、私の母についてはどんなに良い成績のテストを持っていても、通信簿をもっていっても、料理や家事の最中には一切見ようとしなかったです。そこにおいておけというだけ。しかも見ても、決してそれを褒めなかったですね。その代わり、勉強しろとも言わなかった。だから、母から褒められることが余りにもなかったので、もっと成績は上げないと認められないな、とも思いました。それで、褒められるとうれしいのだと思います。
ところで、褒めて育てた場合には、井の中の蛙にならないことと、どのようにバランスさせるかですが、長いスパンで、環境を様々経験することがよいのではないかと思っています。わたしも幼稚園、小学校時代がなければ、中学校時代からの伸びは無かったですし。
うちの母親のようには、なかなか育てられないものです。忍耐力がとても必要な態度であることが、子供を持ってよく分かります。勉強しろと、生まれてから一回も言わないだけでも、できないし、ここぞと言うとき以外褒めないと言うことも逆に、極めてできにくいというよりもあり得ない、ですから。
>褒められて育った子供はよく伸びるんだなと思いました。






























