アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
量的さん
>家庭の主婦などであれば、ますます狭い一側面しか見えない。
価値観の限られたひととしか話さない不安、これもある。
なかなか面白いですね。
私の記憶に残っていたのは、若者の自殺が4倍になっていたという
インパクトが強かったので疑問に思ったのですよ。
量的さん
>高校生講座のアンケートを読むとおどろくほどマスコミ的なものに敏感に反応していることがわかりました。日本はメディアに意見が流される国です
同意します。
今テレビ離れが少しでているようですが、
メディアの影響が強いことを利用されれば、
簡単に流されるということでもありますよね。
テレビで流れる世論調査TPPについても
ちょっと懐疑的になるんですね。私は、
遺伝さん
>義務教育はトップ層を基準に構築すべき。
この発想って日本的でなくて興味深いんですけど、
トップ以下の子どもたちの教育については
言及されていなかったのですか?
どのようにお考えなのでしょうね。
遺伝さん
>共通点があります。
親が、「やられてもやり返すな。本当の意味で強い人間は暴力に訴えない。
相手がどんな人間であるにせよ、手を出したり、傷つけてはいけない」
と幼児期に刷り込んできたこと。
遺伝さんの家庭でも4度目にはやり返せと教育されていたのですね。
でも相手がものすごく強かったらどうします?
ちなみにうちもそうでした。
うちは、2度目からオッケーでした。
夫が、ボクシングと柔道をやっていたので
ちょっとした技を教えていました。
それでもやり返したことは実際はなかったようですけど。
弱点様
>私はいじめられた側の話しかしていないのですが、
これも人から責任転嫁といわれることなのでしょうか?
他人がどう感じるかの問題です....ですから責任転嫁と感じる人もいるでしょう。でも、我慢するよりマシですよ。責任転嫁は、安全装置です。生真面目に安全装置を使用しなければ、自己否定は止まりません。行き着く先は見えていますよね。だからこそ、我慢、忍耐の先に解決はないのです。
>子どもの教育でも理想を教えますよね。しつけも理想を教えます。
最近、娘の通学で利用する公共交通機関での人身事故が多いのです。先日、何故そのようなことになるのか、ディスカッションしました。かなり突っ込んだ話をして気持ちを想像させました。
教育も躾も理想を教えてよいのですよ....そして受け入れるまで出来る限り待てばいいんです。「〜でなければならない」という強制禁止は、他律ですから、その他律が強ければ強いほど責任転嫁という安全装置すら自律的に発動できないマインドコントロールとなるわけです。
>向かうべきこと(弱点さん)、自律の意義(信頼感さん)、対応法(地域時代さん)、に関するものだからです。
老眼様の仰ってくれた幼児学動期に欠かせない要素....その通りですし、自律してさえいれば、受け入れることも受け入れずにさらに試すことも自由に出来ます。仮に自律性が希薄気味であたっとしても責任転嫁して命を自ら守ることだって出来ます。しかし、完全に他律だったとしたら、二者択一はおろか、命を守ることすら自分で出来ないのですから。
信頼感さん
中学の道徳教育を子どもから聞いたりします。
>教育も躾も理想を教えてよいのですよ....そして受け入れるまで出来る限り待てばいいんです。「〜でなければならない」という強制禁止は、他律ですから、その他律が強ければ強いほど責任転嫁という安全装置すら自律的に発動できないマインドコントロールとなるわけです。
まさに、理想を教えています。
先日の子どもの話では、ある障害をもった男性が
夢を持ちつつ今でも生活は苦しいけれど懸命に生きている
様子を聞いたということで
私もその話で涙しました。
繰り返しこうした教育をすることによって
少しずつ他者への気持ちや
自分への克服を見つるきっかけにもなるのではないかと
今までそうした教育の有効性を疑問に思ってきた自分が
変化しました。
未来さん
>情報源はどちらからでしょうか。
テレビで言ってたのを聞いたような…。
主婦が?という驚きだけが残りました。
ちょっと調べてみたら、↓に職業小分類別の図が載っています。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2740-2.html
トップは年金生活者のようですが、
これを見て、話されていたのでしょうか。
ごめんなさい。よくわかりません。
主婦は視野が狭いには、反論もできません。(苦笑)
遺伝さん
>理性よりも本能が優先する年代には、
>必ずしも、一般的な意味で正しいことを教えればいいというものでもないようです。
おっしゃるとおりです。
私は別にやり返すななどと擦り込んだこともないのですが、
けんかになったときの対処を教えなかったというか、
我が子がやられる側になることが頭になかった点が愚かだったのでしょうね。
幼児の頃は、もめ事が起こっていると見ると、幼いながら善し悪しを判断し、
悪いと思ったほうに突進して、余計に騒ぎを大きくするタイプでしたから、
そういう意識が全くなかったのです。
それに理不尽な目に遭えば、当然防衛するものだと思っていました。
子どもって、こんなに融通が利かないんだとビックリしました。
今の姿を見ていると、あのころの純粋な君はどこ?という感じです。
その駄目さ加減にホッとしていますが。
理屈が通らないって、本当はそうですよね。
理想と現実、その相反することを経験もなく事前に教えられて、
理想はただの理想とうまく切り分けられるわけでもないでしょうに、
子どもはそれをどう消化しているのでしょうか。
経験もないのに、うまく使いこなせるのかしら。






























