女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
地震、津波、原発の件も、さる事ながら、一個人として、建てたマイホームを
津波で流され、あと25年のローンなんて事が続くとしたら、私だったら120%
生きる望みを失います。
この話が、政府の中で少し前進しており、ホッとしております。
早く具体的に救済できる案が決まればと思っています。
ところで、原発や核に対しては、現在の状況では、反対しない理由がありません。
アメリカ、ロシアに続き、こんな小さい島国で、立ち入り禁止区域が出来た訳です。
まだ終息したわけではないし、これからさらに被害が出れば、東日本は壊死してしまいます。
前にも話したように、電気会社さんは、プロパン屋さんや、ガス屋さんと同じで、地元の金持ちが
持っていたものです。水道屋は、自治体がやっているので、少し安心ですが。
ですので、中部電力のような信じられない発言が飛び出すのでしょう。
電力足りないから、また始める、そして、事故を起こす。収拾がつかなくなる。
結果、どうにもならないから、国に押し付ける。
短絡的な非道な考えで、有力者のやりそうな事です。
きっと、自分は特別な人なんです。
そんな人達の集まりです。
でも、その人達を持ち上げる人が一人もいなくなったら。
終わりですね。
何も、原発を今すぐ100%無くす事なんか、できるはずもありません。
しかしながら、減らす方向に持っていく事は、できると思います。
少なくとも、現在のスリーマイルやチェルノブイリの近くの土地の事を知っておくべきです。
被災した人間だけではなく、動植物まで、何世紀にまで渡って、悲劇が続くでしょう。
新しいエネルギーの開発について、有力者の圧力などには屈せず、今は、真っ向から
立ち向かうべきでしょう。勿論、国は資金の提供、援助はするべきでしょう。
そして、今世紀の終わりには、人間界、自然界にも影響を及ぼさない、クリーンなエネルギーが
開発され、実用化されることを望みます。
映画「バックトゥザフューチャー」で、博士がプロトニウムを危ない輩から盗み、射殺されそうになった
ところから、次に戻ってきた時は、ごみで同等のエネルギーを作り出していましたね。
本当は、国民全員が、危ない橋を渡るより、みんなが喜び、長生きできるような未来になる事を望んでいると思います。
その為だったら、節電だって方法を考えるでしょう。
原発が無ければ、だめだということはありません。
現に、日本は原子力、火力、水力、石炭、ガスと、資源を海外から殆ど輸入するため、リスク分担しているはずです。
と言う事は、原発が全て停止したからといって、すぐに全国停電の危機に遭遇するわけではありません。
現在まででも、砒素、ダイオキシン、光化学スモッグ、その他、他国からも害になるものがちょくちょく入ってきます。
放射能についても同じです。
だからと言って、事故がおきてしまってからは、起こる前とは違います。
他の原発事故で、事務所で直撃した人の悲惨な死に方を見れば、また、今回の事故で無くなった東電の方の事を考えれば
内部の人も、いつ次の犠牲者になるかもわかりません。
内部でも、外部でも被害は出ている訳です。
だから、有力者の人は、決して、その死を無駄にしてはいけないと思います。
自分は、その場に居ないかも知れませんが、もし、気持ちが少しでも理解できるのであれば、
推進は不可能でしょう。
今一度、現在の福島の惨状を理解したほうが良いと思います。
何がロートルやねん。
思考のロートル化は、近視様じゃないの?
人間の生活を変えるような劇的な発明は「出来ない、無理、」っていう中、「出来る」って自分を信じて成し遂げてくれた人達のお陰じゃないの?
子供向けの偉人伝でも読み直してみたらどうですか?
原発。
ないに越した事ない。
あきらめるのか?
「原発がないと無理です」
「あ、そうですか」って。
凡才様がおっしゃるように、今すぐは無理かも知れない。
でもな、私は未来の大人の子供達に希望を託したい。
学んで、頑張って、人類を変えてくれ。
強く思う。
テレビが、初めて家に来た時、給料の3倍は値段してたっけ。
98を初めて買った時、住所録作るのに、プログラミング1ヶ月かかったっけ。
モトローラの携帯が初めて日本にお目見えした時、10分かけていると携帯が暑くて
低温やけど、料金は月10万超えていたっけ。
この事は、かなり最近の事だけれど、今でも田舎に行けば、都会の100分の一も電気は
使っていないし、生活も昔と変わってなかったりする。
この変化は、その人生を渡ってきた事を振り返ってみると、今の時代は、ドラえもんのポケット
を持っているのとそんなに差は無いと思う。
トイレは汲み取り、飲み水は井戸水、電気は無かった時代もさして昔の事ではない。
こんな事を考えれば、これからの近未来で、少なくとも、皆がおかしいと思うことに対しては
変える事は、難しいことではないと思う。
今までだって、国鉄がJRに変わった時のリストラは、半端でない数だった。
本当に悲惨だった。
いつの世の中でも、恵まれている者もいれば、渦に巻き込まれる者もいる。
問題は、巻き込まれてからだと思う。
いつでも、前向きに立ち上がれるかどうかが人生の勝負時だと思う。
世の中がこれだけ混乱を極めている時だからこそ、あきらめる事が一番個人にとって
危ない事だと思う。
どうか、日本がこれから、悲観的に捉えてばかりで、今にも潰れそうな国にはしないで
欲しい。
その国の人と話すと、人生が全て絶望的に感じる。
そうならないように、前向きに未来に向かいましょう。
利権は日本国内の話ですまないので、原発は簡単にはなくならないだろうな。
他のエネルギーにするならするで、利権ごと代替できるようなシステムも作らないと。
そんなことも前提にしたうえで、今後のあり方、
子供の生き方もイメージしておかないと。
まずは、日本全体が経済的に沈しそうになろうとも、
たくましく生きていける人間になってもらわねば。
なんとなくイメージしていた子供への教育の路線も、
自分たちの仕事も、本気で再考すべきときが来ちゃったかも。
いま「朝なま」観てるんですけどね、
日本の未来には興味がなさそうな こーゆー老害極まりない学者が
声でかいのかと…。
きっと政府には、未来には責任を持つ気がないこんな大先生が
束でいるんだろうなと思うと、眩暈がします。
>ドラえもんのポケットみたいな話
ができない人間は、大人も子供も大成しない。
とはいえ、小さく無難にまとまっておきたい人間は、
外ではそんな話はしないほうがいいのも確かだけどね(笑)
凡才さんが昔の話をしていたので・・・・・・・・・・。ノスタルジーとして聞いてください。
数日前NHKプレミアムで「山田洋二が選ぶ映画百選」というのを観ました。第一回は何と「若者たち」でした。田中邦衛、山本圭、佐藤オリエなどの5人兄弟(男4人、女1人)がそれぞれの人生で苦闘しながら助け合っていく物語です。
1967年(昭和42年)製作ですから東京オリンピック3年後、70年安保直前のエンタープライズ闘争ぐらいかな?
私は映画になる前のテレビ版を観てとても感動し主題歌が流れると一気に昔が蘇るのですが久しぶりに見ると違和感が満載で・・・・・・「ああ、自分も変わった。日本も変わった」と複雑な気分でした。
何が変わったか? とにかく登場人物が真面目で熱くて一生懸命なんですよ。労働運動や学生運動にのめりこんだり、その日生きるために懸命に仕事をして賃金を稼ぐ。倒産寸前の工場を立て直すために従業員が手分けして商品を持って行商に出る。
貧しいけれど皆一生懸命何かを目指している。殴り合いの兄弟喧嘩、本音丸出しの悪罵。そこには自分が傷つきたくないから・・・・・・という発想はない。
そうやって本気で討論して政治や社会を語って社会変革を夢見た連中が確かにいた。今思えばその極北がよど号や浅間山荘事件につながった。動機は純粋でも視野狭窄でロマンと現実が違うことが分からなかった。
その反動はとてつもなく大きくて社会問題などに興味を持つことは…学生運動につながるとして忌避する気分が蔓延し世の中がどんどん自分しか考えないようになっていった。
映画の中で田中邦衛が浪人やめて働こうとする末弟に「大学に行け。絶対に大学に行け。お願いだから行ってくれ。俺みたいになりたくないなら大学に行け」と絶叫するシーンが出てくるが・・・・・・・学歴がない悲哀がどれほどのものなのか(経済的理由で進学できない人がどれだけ悔しい思いをしたのか)を現して余るものがある。
そういう親の思いで・・・・・・・誰もが大卒という学歴は得られる社会にはなった。でも果たしてあの時代の若者と今の若者とどっちが幸せだろうか?生きる手ごたえや胸膨らむ希望はどっちが沢山持っているだろうか?




































