アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>(ネットは、特に、誰でも簡単に『自分が優位+(安全地帯)』になれる。)
なるほどね。
私は、自分が弱者であるとか強者であるとか
そんなことは考えない。
相手の云っていることに疑問を感じれば質問するし
一体全体 優位とはなんぞや。
人の優位にたったなんてこと本当に思えるのかな?
そこが疑問です。
老眼さん
もう一度読み直しました。
大将さんは、中学時代は学校をお休みしていたわけではないのですね。
想像しました。
200人もの勢力をひきつれ老眼さんの友人をぼこぼこにしながら
本当は非常に孤独だった彼が勉強をして
ここでポイントは、心に問題がある場合勉強は集中できないと
私はそのように考えたのです。
老眼さんと同じクラスの高校に入学できたということは
大将さんとは、なかなかの人だったですね。
彼の行為を肯定しているわけではないです
老眼さんをいじめたそのやり方は卑劣きわまりない。
それだけのエネルギーを持っていた彼が
社長になるのはある意味納得できます。
老眼さんは彼のエネルギーを負から正に変えたのですね。
信頼感様
>受け入れるとは、理解することで、我慢するとは別です。
いじめられた側が「いじめられたことを理解する」ということが理解できないのです。
ストレスがないならば、進行中のいじめを理不尽とも思わず許せたということかなと思いますが、
そんな状態があるのだろうかとか、
きっちり区別して説明づけられるものなのだろうかと思うのです。
いずれにしても心が狭いから、受け入れるがわからないのでしょう。
>第三者とは、観測者のことです。(客観的観測者)
仲裁者ですらなかったことに驚きました。
「無視する」のほうはお答えいただけなかったのですが、
無視にストレスがないとするのも、違っているような…。
分析に同意できないということはわかりました。
そんなこともありますよね。これは何ですかね。
理解していないけど、「受け入れ」ということでお願いします。
お騒がせしました。
>相手の云っていることに疑問を感じれば質問するし
>一体全体 優位とはなんぞや。
私が書いた優位は・・
簡単なことですよ。
なんも、気にせず、誹謗中傷を書ける人と、書けない(書かない)人。
刃物と素手みたいなもんですね。それは優位でしょ。
>なんも、気にせず、誹謗中傷を書ける人と、書けない(書かない)人。
刃物と素手みたいなもんですね。それは優位でしょ。
>誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)とは、他人をそしる(誹る・謗る)こと、あるいは根拠のない嫌がらせや悪口などを言うこと(中傷)。
政治などの公的な場では「そしり」「悪口」とは言わず「誹謗中傷」がよく用いられる。法的場面では「誹謗中傷」そのものではなく、その結果としての名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害が罪に問われることとなる。
ウイッキではこのように書いてますね。
適性さんは、そのようなことは絶対されないのでしょうね。もちろん
相手がそのように感じていてもそれは、相手の勘違いということで
よろしいでしょうか?
根本的様
自分の弱さを自覚している人は、強い人。
「矛盾」って言葉。
近頃テレビで良く耳にします。
「矛」(ほこ)と「盾」(たて)
韓非子の故事成語ですよね。
前に根本的様と偶然同じ書物を読んでいて、共感しあった事を思い出します。
私はそこで司馬遼太郎さんの言葉を使い、私がやった荒れ荒れの中学での統治も似たようなものだった。とほんの少し書きました。
そこにあったのは「矛盾」です。
平和のために、力を力で押さえつける。
二度とあの時代に戻りたくない。
私に姫の役柄はまわってはきません。
動機様が昔、お江に例えて下さったけど、ここでも最初、スカーレットオハラみたいに言って貰ったけど、リアル社会で、私にそんな素敵な配役はまわってきません。
血まみれになり、胸に弓が刺さろうが、戦う名もない戦士です。(ちょっと、カッコよく言いすぎ、(笑))
根本的様は社会の、人間の矛盾を深く理解なさっている気がします。
これからも色々教えて下さい<(_ _)>
未来さん
>心に問題がある場合勉強は集中できないと私はそのように考えたのです。
ええ,八方塞の悩みを抱えているときは,勉強の集中どころか,何も見えなくなり聞こえなくなりますね。頭の中は,はじめ「どうしよう」なのですが,その後は「・・・・」どうしようという感覚すら失っていきます。その証拠にその期間のことの記憶は何も残っていません。
大将は力を持て余していたのかもしれません。いじめ以外に没頭できる何か別のものがなかったのかもしれない。当時田舎では小学生の放課後の過ごし方はたいてい野球でした。やりたい者が学校に残ってやる草野球で,そこには指導者なんていません。野球は嫌いだったのかどうかわかりませんが,少なくとも5年の夏まで大将はあまり参加してなかった。田舎の話ですから,今の都会のように,野球チーム,サッカーチームなんていうのもありませんでしたし,塾なんていうのも当時は存在すらしてませんでしたし。大将はきっと暇を持て余していたんだろうと思います。
没頭する対象を持つということは,成長過程の子供たちにとって,その子のためにも,他の子のためにも,大事な要素ではないか,という思いは実感として感じているところです。
何かに没頭していれば余計なことをしたり考えたりする暇はない。 かといって,いじめに没頭されるのも困りますが。
>老眼さんは彼のエネルギーを負から正に変えたのですね。
いいえ。きっかけは,部活だと思います。別の友人が大将をその運動部に誘いました。部活に励んで頭角を現してから,大将は変わりました。没頭する対象を見つけたわけです。励んだのは大将自身にほかならないので,自らを自らで変えたわけです。
わたしが作ったきっかけは,大将が紫色のチャイナ服を着て登校するのをやめたこと,ただそれだけです(笑)。






























