アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
未来様
>産まれてからの母性の受容感の充足
信頼感によってが一番効果的ということなのですよね。
イジメに関して云えば、負の感情に支配されているので自律的判断ができない状況です。
母性より→信頼感 + バランスよい父性を得て、自律性が、しっかり根ざしていたなら、
負の感情に支配される前にその感情を自律的判断によって拒否する選択肢も生まれるわけです。
選択肢があることで一定量そこで負の感情に支配された行動を選ばない可能性がある、、、という流れです。
ですから、信頼感というよりその先にある自律性の獲得が不可避と考える次第です。
注釈として「一番効果的」(未来様)このように表現するとですね、必ずと云っていいほどその後の議論で
絶対視に向かってしまうことが多かったです。
効果的→一番効果的→〜しなければならない.....という感じに。
根本的さん
あまりにもレスが速くて、追うのが大変ですね。
平日一週間の 根本的さんのレスから・・
>また、新しい「自由」の類型ですか。典型的な「概念語」でしょうけど、「個性」はダメでも「自由」はいくらやってもいいんですか?でも、おもしろいから、おつきあいしますよ。カントの「自律的自由」。「自ら選択した命題にしたがって」というやつ。「定言命題」?「格律」?でしたっけ?
別に、カントに触れるつもりはなかったのですが、
信頼感さんと量的さんの会話の流れで、autonomy の訳語が「自律」なのか、「自立」なのか、という話になったから、「幼児期は、本来「自立」でしょう。」という意味で、カントの「自律的自由」の用語を出したのですね。
まあ、もっとも・・いままでの話とも関連はあって、
①帰結主義、功利主義、ではなく、②義務論・権利論(リベラリズム、リバタリアニズム)を選択する観点では、
②はカントの流れに沿っています・・結果とは関係なく、そういう主義、主張である ということですから。
>もっとも、その「命法」「神」を必要とし、それをつくったのは人間の一種の欲望、情動(ただし、ヒトという種に特異的な)だというのが、私の考えですがね。
おっしゃるとおりですね。
ただし、それはキリスト教の神 限定ではないでしょう。
仏教徒であっても、その「欲望」を超越した「欲望」があるわけだから。
超越する前が「意識」の世界で、超越したものが「無意識」の世界なのかもしれません。
>無常感さんの「個性」は?そこには「結果いかんではない」「選択」がないんですか?そんなことないでしょう?だって、将来またアメリカがイケイケどんどんの時代になって、ネオリベラル派が優勢となったとしますよね。そのとき無常感さんは、「刹那的」にリベラルからネオリバラルに「変わる」のでしょうか?そこが私には理解できないんですよ。(根本的さん)
う~ん・・と、なぜ変わってはいけないのでしょうか?
多分、「変わってはいけない」(西洋的)、「変わるのが普通」(東洋的)、この見方の違いではないですかね。
もちろん、あまりの速く態度を豹変させると、
社会的生活への適応という観点で「節操が無い」ということになるので、「変わる可能性はあるもの」は、
時間軸をゆっくりとった方がベターでしょうね。
・・とすれば、(無常を前提とする)日本人の多くが、断定調にものを言わない ことは、
許容してあげなければなりませんね。(・・それでも、私は断定調で言う方ですが。)
西洋の形而上学の敗北は、「変わるのが普通」(東洋的)の勝利ということではないかと。
・・かといって、絶対的真理もたまには必要なので、便宜に応じて刹那的に利用するのでしょう。
>>日本国憲法暗唱(無常感)
>あの翻訳調丸出しの悪名高い「前文」を子供たちに暗唱させる?「押しつけ」だか「押しいただき」だかわかりませんが、やっつけ仕事で訳されたような典型的な悪文。平家物語でも暗唱させた方がよほどいいと思いますよ。(根本的さん)
未来さんへのレスで触れたとおりです。
いいのですよ、国語ではなく社会科なのだから。
目的は、名文を覚えるためではありません。
英文を押しつけられて、たどたどしい日本語に訳さざるを得なかった 日本の歴史 を学ぶのです。
そして、美しい日本語となるよう社会参加する 公民 を学ぶということかと。
まあ・・根本的さんの憲法嫌いは、別のところ・・
>「憲法概論」だったか。左翼的な教授が、憲法9条の意義について述べよなんて問題出すから、「改正すべきだと考えます」、論理的に書いたつもりだったんだけど、まさかと思っていたら、本当に落とされた。点数足りてた筈なのに。抗議したけど相手にされなかった。「お前、馬鹿か、あんなの適当に嘘書いときゃいいの」って友達は言った。そんな講義ばっかりだった。(根本的さん)
・・ここにあるのでしょうけどね。
根本的さんへ
DNA発見に至る詳細な経過・・・・・ご教示有難うございます。
地道に積み上げて到達できるものと飛躍的な発想(ヒラメキ)で発見がなされることとはどうも違うだろう・・・・・・・ということですね。
子供の時にびっくりしたのは虚数ですね。中学3年生?だったか二乗するとマイナス1になる数なんて?????????・・・・・・信じられませんでした。なぜかというとそれまでプラス×プラス=プラス、マイナス×マイナス=プラスと覚えてきたからです。
おいおいちょっと待ってくれよ。中1の時に習ったことは嘘なのかい? 「こういう数を仮定する」ってそんなことあり得るの?・・・・という感じです。
先生は「数の拡張だ」なんて説明していましたが中学生の頭ではどうにもしっくりきませんでした。壮大な嘘で(まあそのあたりはあまり追求しないで)体系を築くなんて数学とはなんといい加減なのか・・・・・・・まあ教科書に載っているんだからその通りやるしかないんでしょうと納得させましたが。
どうもダークマターや一瞬で消滅する反物質なんてのは本当にあるらしい・・・・・・・・・・・・。
ではダークマターの正体は何だ? これは物理なので仮想や想像ではなく現実に存在するものなんでしょうね。かくしてへんてこりんな事で世の中は満ちている。
だから面白くてそんな本も齧ってみる。
適性さん面白い話を有難うございます。これからもアクションでお願いしますね。
詮無いリアクションは蛙の面になんとやらですから。
それから信頼感さんの「いじめ」の根源の解説は面白いのですが今一つしっくりこないのは・・・・・そういう抑圧以外にもいじめの原因はあるのではないか?・・・・ということです。
何あろう、私が稀代のいじめっ子だったので・・・・・・いじめに至る心理は分かります。ぶっちゃけた話をすると子供ってある時期残忍性というか残酷を喜ぶ時期があるのではないか?・・・・・という感じです。
母親との関係や父親とどうこうではなく相手に対する共感や同情(こんなことされたら相手はどう思うか?)が浮かぶまで頭が回らない・・・・つまりは自分が面白がって独りよがりになっていることを制するもう一人の自分がいないだけ。
まあ、端的に言うと「未成熟」ということで個体の成長として十分な共感力が育まれていないという単純な話。心理学や周りとの関係性というより個体の脳の発達が未成熟という・・・・ただそれだけの話。
先日うん十年ぶりの中学の同窓会があって次々に顔を忘れた女性陣から(あのとき〇〇君にいじめられて泣かされた)と抗議されてほとほと弱りました。
「でも正義感は強かったね」と何人かがとりなしてくれましたが「はあ・・・・若気の至りで御免なさい」と謝るしかありませんでした。
私は母親お気に入りの息子で母乳もたっぷりとことん愛されて育って昔のことだからおんぶ育児です。
ではなぜいじめっ子になったのか? う~・・・・ん、子供特有の残酷性としかいいようがない。あるいは影の部分? デモーニッシュな部分、サデスティックな部分が顔を覗かせたのか? 女性たちのいるここで詳細は語れませんが生き物に残酷なことも沢山しました。・・・・・・・・でも後年はこうやって鴨見をして生き物をいとおしんでいます。 その落差は一体何? というのが信頼感さんの主張を読んでの感想です。
批判ではありませんから。 ただ昔のいじめっ子の単純な回想です。






























