充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
老眼さん
>シュレディンガーの猫
>以下WIKIから
>『まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。』
>わたしには、さっぱりわかりません。
大雑把な話ですが、量子力学の世界観においては、蓋を閉めたままのときの猫の状態は、死んだ状態と生きた状態の混合状態(たとえば50%づつの)だと考えることにするということでしょう。ところが蓋を開けると(人間が実験観察すると)、死んだ状態か生きた状態かどちらかに「収束」するというわけです。
シュレーディンガーは、そんな馬鹿な話があるもんか、蓋が開いていようが閉まっていようが(人間が観察しようがしまいが)、猫は死んでいるか生きているかどっちかに決まっているではないか、と量子力学的世界観を否定するためにこの思考実験を提示してみせた。アインシュタインも「神はサイコロなど振らない」と言って同調した。
でも、その後の物理学の歴史は、この量子力学的世界観を強力に支持する方向で進歩し続けているようです。いまや、シュレーディンガー=アインシュタイン派は、完全な異端とみなされていて、これを支持するとトンデモ扱いされてしまう筈です。実を言うと、私は支持しているんですよ。この量子力学的世界観はどうもうさん臭い。いつか覆るといいなあ。
老眼さん
昨日の夜寝る前に老眼さんのコメントを読んで
寝る直前まで考えました。
間違いなく老眼さんは素敵な親であられると思います。
知識のある親というのが子どもにとってすべてではないでしょう。
それより 子どもの話を聞いてあげたり、一緒になにかをしてあげることが
大切ですよね。
身近な例を見てもこれは抜きんでたなという人物の親御さんは、
知識があったというより、子どもの目線でよく話(意見)を聞いてあげた
と私は、見ています。
一緒に磯に遊びにいったり
水槽を作ったり。
震災の時にはボランディアとして現地にいかれたり。
すばらしいなと私は思っています。
やっと、今年のメインイベントの準備が終わった~!
後はイベントが無事終了するのを待つのみ。
昨日の夜から、ここと副作用の方を一生懸命読みましたっ。
独身時代の時や、継続的にお仕事をしているママさん達と違って、単発的に仕事、、の場合、基本の体力が落ちてるので、体力不足を痛感しました。
適性様
月の話、勉強になりました。
根本的様 カーネーション、今日は一気に見まーす。見た後昼寝してしまいそうな予感。。
学校や塾を太陽に例えると、息子にとって月はなんだろう。
親や家庭と言いきるだけの親であるのかどうか自信ないなー。
↑
老眼様
みな、自信がないのだと思いますよ。
私の周囲の素晴らしい先生達の友人達で、誰一人として「私は教師として立派である」なんて本気で思ってる人はいません。
周囲から見て素敵な先生だな、って思う友人ほど常に悩み葛藤しながら生徒達と向き合ってる気がします。
人を扱う仕事や教育に「自信あり。俺に任せておけ」なんて事は一生ないように思います。
イベントの下準備が終わって、私的には、かなり反省点が多かった。
「ああ、、ここがダメ、あそこも当日は、、、」みたいな感じで、反省しまくっていて、体もフラフラだったんですよ。
分野外のお偉いさん達と衝突する事もあったし。
でも、私の分野の若者達は頑張ってくれてました。
私は、当時の自分達と今の若者達の「劣化」は私の分野に限っては「ない」と思いますね。
むしろ、バブル期で金に糸目をつけない私達世代の方が甘い考え方の者が多いような気がします。
そんな事を色々考えて準備も終わって帰宅しようとした時、「00さーん」ってとある女の子に呼ばれてドアを開けると。。
拍手と共に、素敵なプレゼントと彼等一人一人から素敵な言葉を頂きました。
もうね、、感激、という言葉しか出ませんでした。
今は不景気で芸術分野はかなり苦しい。
バイトしながらガンバってる子もその中には数名いる。
そんな彼等が少しずつお金を出し合って、私にプレゼントをしてくれました。
一生の宝物。今もパソコン横に置いてます。
動機様、この間私が病気した時、鬼の~、、って言われたけど、そこでも言われちゃいましたよ「鬼の目にも~」って(笑)。
でもね、この鬼は若者を信じてるんです。
私は「近頃の若者は~」なんていう、年寄りになりたくない。
彼等には彼等の時代の息遣いがあるんだと思います。
そして、それが私達大人には見えにくい時がある、私はそれだけの事だと思っています。
地域、時代さん元気でご活躍何よりです
若者との距離の取り方は難しいなあ・・・・・と思うことが多いです。
我々の時代との育ち方の違い、幼少のころの遊びや対人関係の様変わり、親や教師の子供との関わり方・・・・・・・・・・ひっくるめて言うと世代の差という事になるのでしょうが生物学的な生き物としてはこの1000年でそんなに変わっていないだろうと思っています。
やはり違いは・・・・親が豊かで比較的に余裕があるし兄弟も少ないので大事に育てられてきて集団の中で揉まれる経験が少ないということから・・・・・様々なことが起きているのかな? などとも思います。
社会学的な考察や家族論からは適格な説明が何かなされるのでしょうが(適性さんなら言葉を知っていると思う)・・・・・ともかく「弱い」
ちょっと叱られたり厳しく言われるとすぐに「辞めます」と言ってくる。そして親の庇護の元で居心地良く暮らそうとする。親も我が子が家にいると嬉しいらしく外に出さない。ますます自立の精神を失い結局・・・・・・引きこもりになってしまう。
都合よくアメリカあたりの心理学を援用してそういう子でも「それでいいんだよ」と慰めるカウンセラーなどがいる。鬱でもないのに鬱と診断しカウンセリングをして儲ける医療機関などが彼らをいいお客さんとして社会復帰させない。
かくして生活保護受給者であふれ働けるのに働こうとしない若者が続出する。
芸術系は意欲あるものの集団でしょう。ある意味レールから外れても生きていこうという志のある連中です。そうでない集団を見てごらんなさい。
覇気なし、自分のことも社会のことも考えたこともない、親に寄生、それを許す親、日本社会全体が大甘になっています。こうした責任は敗戦とそれに続く戦後民主主義の刷り込みも大きい。国家目標が亡くなったことも公務員の士気を下げている。
まあ・・・・・・算数の問題ができない人間が吠えてもしょせんは遠吠えに過ぎないのでこの辺でやめておきます。






























