充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
信頼感さん
動機さんの書かれていること全面的に支持しているわけではないですけど、
やはり、昔にくらべて骨というか芯の弱い子が増えたと思いますよ。
これ私だけの感想かしら。
それとも古い人間で昔にとらわれられているのかしら。
ただ、それは、動機さんのコメントの中にある
中学受験に結びつけるのは違うなと。
公立中学でも私立中学でもこの傾向ってあるんじゃないかしら。
高度成長期とは違う時代の背景、若者に対する雇用状況
閉塞感からの空気という影響はありませんか?
>信頼感さん
動機さんの書かれていること全面的に支持しているわけではないですけど、
やはり、昔にくらべて骨というか芯の弱い子が増えたと思いますよ。
これ私だけの感想かしら。
それとも古い人間で昔にとらわれられているのかしら。
ただ、それは、動機さんのコメントの中にある
中学受験に結びつけるのは違うなと。
公立中学でも私立中学でもこの傾向ってあるんじゃないかしら。
高度成長期とは違う時代の背景、若者に対する雇用状況
閉塞感からの空気という影響はありませんか?
>信頼感さん
動機さんの書かれていること全面的に支持しているわけではないですけど、
やはり、昔にくらべて骨というか芯の弱い子が増えたと思いますよ。
これ私だけの感想かしら。
それとも古い人間で昔にとらわれられているのかしら。
ただ、それは、動機さんのコメントの中にある
中学受験に結びつけるのは違うなと。
公立中学でも私立中学でもこの傾向ってあるんじゃないかしら。
高度成長期とは違う時代の背景、若者に対する雇用状況
閉塞感からの空気という影響はありませんか?
で、これを自分自身の中から突破するには
エネルギーがいると思うのですよ。
これを動機さんの表現では、自分中でストラグルしていくこと。
大切だと思うのですね。
漱石は、イギリスでは鬱だったようで
(お腹こわしたのかな)
芥川は、イギリス生活に馴染んだみたいなことをどこかで読んだのですが。
>>悩みは本当のところは自分自身にしか分からない。親であれ共有できるものではない。
そうですか....私には、地域、時代様や他の方々の方が動機様を客観的に理解されていると思いますけど。
自分自身の気持ちというものは、投影や反動形成など、自身でも気づけない「本音」部分があります。
そういう部分は、本物の臨床心理士であれば、十分な時間をかけて理解できることもあるでしょうけど、ご自身でわかる範囲と云えば、意識領域の一部だけです。ご存知だと思いますけど人は、その記憶さえも自己都合で書き換えるのですよ。(信頼感さん)
このコメントは私は違和感を感じます。(すべてではないですけれど)
たとえば、河合先生の本を読むと
カンセルする時、「自分のことをわかっていない!」と患者から怒りをぶつけられる
こともあると書いておりますが、
本人しかわからない、ずれを感じるのですよ。
ということは、本人しかわからない領域が必ずあるわけでそれを他者が見つける
わけではなく、本人が見つける手助けをするだけではないですか。
未来さん
>これ私だけの感想かしら。
私もそう感じます。
でも、今の閉塞感によって、我々よりしっかりするかも…とも思います。
これからの若者が立ち上がることに期待をしています。
>中学受験に結びつけるのは違うなと。
そうですね。関わり度が高そうだからってところなのでしょうけれども。
>このコメントは私は違和感を感じます。(すべてではないですけれど)
これも同感です。ザワザワしました。
動機さん本人には分からないけど、
信頼感さんや地域、時代さんや他の方々(誰か知りませんが)のほうが、
客観的に理解できていることなんてあり得るのかなと。
おっしゃるとおりプロだって手助けだけで、核心は分かっていないと思います。
あと弱者という言葉に違和感を覚えてしまうのですよね。
アナウンサーもよく使っていますけれども。
未来様
>高度成長期とは違う時代の背景、若者に対する雇用状況
閉塞感からの空気という影響はありませんか?
あるかもしれません....閉塞感の具体的内容が示されるともうちょっと話せるかも。
>カンセルする時、「自分のことをわかっていない!」と患者から怒りをぶつけられる
こともあると書いておりますが、
患者が、自身を理解していないと一方的に第三者に申告したから、それをもってその人を理解していないと断定されるんですか?
自身を客観視出来ない人に自己を客観的に把握できるというのですか?
本人にしか本心を理解出来ないと思い込んでいませんか?
本心は、意識しない限り、本人と最も遠いところにある場合もあるのですよ。
>ということは、本人しかわからない領域が必ずあるわけでそれを他者が見つける
わけではなく、本人が見つける手助けをするだけではないですか。
ということは...という内容は根拠にあたらないと確信しております。
第三者にしか把握出来ない領域があり、(他者への投影を通じて自己で把握できることもありますが)第三者の手助けを受けて、それを自身で受け入れられたなら解決に向かうと考えられます。
弱点様
>あと弱者という言葉に違和感を覚えてしまうのですよね。
鬱と草食において、弱者という共通項での「括り」に関して述べているのです。
「弱者」という言葉なんてどうでもイイです。
鬱は「弱者」の代表なのですか?
信頼感さん
>本人にしか本心を理解出来ないと思い込んでいませんか?
本人しか本心を理解できないと思いますね。
そしてもしかして、他者はそれを共有できるかもしれないと
理解します。
他者を理解できると思うのはある意味傲慢であるとも
感じますけど。
信頼感さん
私は、弱点さんが 「弱者」について述べたところは
>動機様は、何かつかみ取れた(成功体験)極め少数側の方ようですね。残念ながら多くの方は、自分自身でつかんだものと云えば「諦め」とか「折り合い」という結論なんですよ。そういう弱者のお気持ちを汲もうとはされないですよね。 (信頼感さん)
このコメントの弱者というところだと思っていました。






























