充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
シルバースプーンさん
>いやいや、「私学」への助成には反対でない、とされたうえで、
>「受験私学」への助成は反対だ、
>とおっしゃっている(いた)のだから、
>無常感さんの主張の「主役」は「線引き」になりますよ。
>その線引きの意図するところに受け手の関心が向くのは否めません。
何度も繰り返して書いておりますが・・
私には、福澤諭吉の「官に頼らないのが私学」を支持する・・という基本線があるのですね。
だから、私は、私学助成には賛成しません。
しかし、憲法第26条「ひとしく教育を受ける権利」・・これは保障されなければならない。
誰もが高校教育の受ける環境を整えるというのが、「私学助成」の本来の趣旨なのですよ。
この観点に限って、私学助成に関して「反対しない」ということです。
しかし、そもそも他国には無い私学助成制度は、いろいろな矛盾をはらんでいるわけです。
その問題を分かりやすく理解するために、「受験私学」をサンプルにとりあげているにすぎない。
別に、受験私学でなくてもいいのですよ・・野球特待生でも構わない・・私学助成の矛盾が指摘出来れば。
そして、学校法人への助成ではなく、低所得者の保護者への直接補助が本筋だという結論になる。
(学校法人への)私学助成にこだわる理由なんて、無いはずなんですね。
こだわる方は、私立学校経営者、職員とか、何らかの利害関係があるのは・・と感じています。
よって、受験私学の線引きの話は主役ではないのです。
もし、線引きを始めたらどうなりますか?・・特定の私立中学・高校を批判することになる。
私はそれも嫌いなのですよ。
>>とにかく、オレが医者になれたらいい・・そんな人間に公的助成が必要でしょうか?
>これは無常感さんの別スレでの書き込みで間違いないですか。
>間違いないとしたら、「行政」ではなく「人間」への批判ですので、
>この主張は撤回されるということでよろしいでしょうか。
すでに書きましたが、それはマスコミ的誘導なのですよ
・・田原俊彦の「ビッグ発言」への批判と同じです。
>とにかく、オレが医者になれたらいい・・そんな人間に公的助成が必要でしょうか?
・・撤回するもなにも、こんな断片フレーズを書いた覚えはないですね・・全文引用してください。
ただ、百歩譲って、この断片フレーズにしても、
普通に読めば、公的助成の主語は、文部科学省、地方自治体・・なんだから、行政批判ですよね。
なぜ、矛先を「人間」と読むのか、理由が分からない。
「オレが医者になれたらいい人間」であっても、何が悪いのか?
・・それでもいっこうに構わないですよ・・そういう人は自分に素直になればいい、
人間批判にはあたりませんよ。
私が問題にしているのは、あくまでも、塾まがいの受験対策に公的助成をすることです。
根本的さん
>個人主義とは、福沢諭吉の言う「自主独立」、自分のことは自分でやる、自分の領域と他人の領域を区別し境界を明確にする、といった事柄だと思っております。教育費を親が負担している以上、そこは親の領域。ですから、最終的決定権は親にある。当然のことです。これは個人主義となんら矛盾しません。
そうですかね・・それは違うと思いますよ。
じゃあ、もし、祖父母が教育費を出してやるといったら、最終決定権は祖父母に移るのですか?
根本的さんは、私学だから金で行ける、行けない という話を展開しているけれども、
金が問題だというのなら、バイトでも学費が稼げる公立高校A 公立高校B
の志望校選択に関しては、論理的に最終決定権は本人になりますよね。
金の問題などではないのですよ。
親権者の権利として、親は子どもの志望校に意見を言う権利はある・・そういうことですよ。
しかし、親が意見を言ったとしても最終決定権は子どもある・・当然ではないですか?
>親の領域内に安住させながら、最終的な自己決定権まで子供に与えるとしたら、
>それは単なる甘やかしです。違いますか?
根本的さん のお子さんが公立(金がかかるから私学反対)であれば分かりますが、
実際は私学なんですよね。
この文章は、その状態とかみあっていますか?
根本的さん
>無常感さんの息子さんには、高校進学にあたって二つの選択肢がある。一つはただ同然の公立高校(東京都立?大阪市立?府立?)、もう一つは3年間で400万(としておきます)の「受験私学」。ご両親ともに「受験私学」は単なる塾に過ぎず、400万の価値はないと見ている。それどころか、ただ同然の公立高校の方が教育上優れていると確信している。「自学自習」できるから。
私が受験生であれば、400万円の価値はないと判断しましたよ。
本屋で参考書、問題集を買って、自宅で好きにやった方がよほど気楽だし、金もかかりませんしね。
>ただ同然の公立高校の方が教育上優れている
私は放置されて育つ方がホンモノ と言っているわけです。
イメージとしては、かつての公立ですね。
だから、公立一貫校もどうなのか?・・と疑問があります。
>子供の「自己決定」を尊重したい、そのためだけに、無価値なものに400万を投資する?
私にとっては400万円の価値はありませんが、子どもとって分かりませんよね。
そもそも、教育なんていうのは、内田樹氏が言うように、経済学で言う「消費者選考」・・
あらかじめプライス、商品のクオリティが分かったうえで、商品選択できないものかもしれない。
判断さん
>ここで問題にしなければいけないのは、個人的欲望がいいか悪いかということではありません。
まず、無常感さん自身が、そのフレーズを嫌がる人がいるとわかっていながら使う事を止めなかったということです。
およそ、自由主義、資本主義の国家では、個人的欲望を容認し、
市場経済に任せることが正しい ということになっているわけです・・その結果、活力ある社会が生まれる。
オレはとにかく医者になりたい・・そういった個人的欲望は容認されなければならない。
嫌がる人がいようが、いなかろうが、社会に個人的欲望は現にありますよね
・・それは社会の一面、事実ではないですか、・・私はそう思いますが、いかがでしょうか?
私が受験生だったときには、私は個人的欲望に突っ走っていましたよ・・当たり前です。
別に私は、聖人になるつもりはありません。
受験生の所属が、公立、私立なんて関係無い。
何度も言いますが、私が問題にしているのは、個人的欲望、受験に「公金投入」することです。
(何度言っても、一部の方には分かっていただけませんけどね・・)
少し視点を変えますが・・
かつて、公立の時代・・みんなとの学校行事を放ったらかしてガリ勉するのは、
「恥ずかしい」ことだったわけですね
受験私学はそういった社会から生徒を隔離して、堂々とガリ勉をする環境を整えている。
しかし、この場合の「恥ずかしい」といった感情は、社会で生きていくうえで、本来、必要なものではないのか・・
「個人的欲望と言われるのが嫌」という感情と同じじゃないですか。
採用担当さん
>当時の経験、実感が無いと決めつけていますが、私は地元集中運動ご指定の学校に反して受けたい学校を受験いたしました。実感、経験がないわけではございません。
何の経験、実感とご理解されているでしょうか?・・私は、地元集中運動の話はしてませんよね。
>私も「授業を聞いているだけで」など言っておりません。当時は大予備、北予備なんかにお世話になった方もたくさんいると記憶しています。
やはり、お若いのですよ。
私の時代は、予備校にお世話になるのは浪人だけでしたね。
>皆さんは無常感さんがおっしゃることを理解しようと努力されている。
・・だといいのですが。
断片的フレーズで、マスコミ的コメントをする方もいますしね・・
昔の都立高校出身ですが、在学中面白い経験をしました。私の学年は英語に関して”放置”下の学年は”面倒見良く指定単語集+週毎テスト”などをやらされました。
結果的に英語の偏差値は両学年で”大差無し”でした。強制が無かった分、ストレスは少なかったですね。
先生自身の魅力もしくは学友の影響があれば勉強の意欲は高まりますが、個人々のレベルで克服出来ない問題でもないですね。
東京圏の私学に払う400〜900万円はまあ、ブランド代、経済効果などと思えば意義があると思います。
通りすがり2さん
>ずばっと、
「(私の嫌いな)私立に行きたいなら、公立との差額相当分の費用は、自分で払え!それが、自立というもんだ!!それができないなら公立へ行け!!!」 と言われたらいかがでしょう。
>親は、教育を受けさせる義務はありますが、全教育費を負担する義務(子供が選んだらどんなに高い費用でも、親が負担すべきという義務)はありません。
根本的さんにも書きましたが、
じゃあ、祖父母が金を出したら、志望校決定権限が祖父母に移るのか?・・というと、
そんなことはないですよね。これは・・
お金の問題ではないのですよ。
親権者として、意見が言えるということです。(決定権者は子どもでしょう)
人によっては、もちろん、お金が無くて、私学に行けないという事情の方もいるでしょうが、
その場合には「親が決めることだ!」と居直る話ではないと思うのですね。
「お金が無くてお前の希望には応えられない・・ごめん。」と言う方が、親の教育としては
適切ではないですかね。






























