インターエデュPICKUP
10073 コメント 最終更新:

私立中学の価値 2校め

【2043250】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:4Xzxz71IPe2)
2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

【2393221】 投稿者: 無常感   (ID:JHTy719k9Bo)
投稿日時:2012年 01月 21日 22:37

量的さんの「ガリ勉」論に少し参加ですが・・

なんで、ガリ勉が嫌われるか? ・・その理由をきちんと考えるべきだと思うのですね。

必死になって勉強する・・これって悪いことではありません・・嫌われる言われもない。

じゃあ、どういうことが嫌われるのか?・・
他人との共同生活を無視した自己本位な行動(ガリ勉)が、嫌われるわけです。

例えば、学校行事でコーラス大会の練習(公務)のがあるのに、
「オレ勉強(私事)があるから、出ないよ」・・こういうガリ勉は嫌われて当然なわけです。

ところが、受験私学に入ると勉強優先だから、
そういう煩わしさがない・・・世間を知らずに、学歴だけを身につけるケースが多いわけです。

でも、社会ってどうですか?

みんなでやらなければならない仕事 と 自分だけがやれば済む仕事 があるとします。
「オレの仕事は終わったから、帰るわ」・・これで嫌われずに済むでしょうか・・
また、そういう人物は優秀と言えるのでしょうか?

こういうのをガリ勉 といって、むかしは嫌われたのですよ・・でも、いまでも当たり前のことですよね。

【2393237】 投稿者: 量的   (ID:FUkKPzZ.MIU)
投稿日時:2012年 01月 21日 22:54

公立一貫さま

事実認識の確認からですが、あまり違いはないと理解しています。

(3つの場合があると思います。そもそも、a)上位の学校への進学への現実感がまだないことや、レベル的な面での無関心、b)レベル的には結構いい線行っている生徒で、その生徒達の他者の勉強状況の無関心。c)比較的優秀な生徒で、昔ならコンプレックスや感情も顕わにしていた負けず嫌いの生徒が少なくなり、あまり感情的にはならないケース。 そういうことに読みました。・・・そうであるならわたしと同じようです。

もちろん、c)につき書きましたが、a)b)も、あると見ていますが、わたしの中では、議論の文脈では、当面優先度は大きくないです。

その当該生徒達の教育においては勿論、大きな課題が見えると思いますが、それは、動機つけの問題とか、進学への意欲の問題で、別の大きな問題で、その部分が解消されれば、その時に顕在化するのではないでしょうか。(*)


・・・わたしは、その子ひとりひとりの環境・才能次第なので、平均的なこども=ある意味レベルとしては「普通に近い」生徒に、強く「勉強」を要求して良いかは、教育目標としては慎重にして良いことだと思います。(個々の親が、学校はそこまでやるべしという意見を否定までするつもりはないですが、現実問題としてです)離陸さんの推薦の1月16日の東京都教育委員会の方の記事も読みましたが、わたしは違和感なしです。生徒の多様性に則した教育を追求する中には、勉強を第一優先で是としない教育プログラムも多く存在して、それが本来の公立の学校のすべきことだとも思います。

一方、出来る生徒から見れば、「ガリ勉」だから、とか勉強を軽視する姿勢、雰囲気は注意するべきですし、現実に過去20年くらいの関係者の努力で少なくとも都立の雰囲気は、かなり良くなっているのだと理解しています。
(都立のトップ2~5%位、私立で言えば、トップ5~15%以内かもしれませんが、そういう学校は、特によくなっているか、良い雰囲気が維持をされていると思います。)

(*) なお、採用担当さんと公立一貫さんのお持ちの問題意識は、わたしも全く同じです。なにかそこにできることがあろう、という考えです。その部分は、わたしの「セミナー」企画・実践にも、自分としては反映させているつもりの部分ですね。勉強そのものを抽象的に用意するよりも、周りの状況や、生徒ひとりひとり興味あるところから入って、生徒の内なる声にコネクトしていく。。。そんな作戦がこの5年の、高校との共同作業・経験からのわたしの持つイメージです。・・実践しながら考えをまだまだ深めているところもあります。



雑駁ですが書いて見ました。
こんなところでいかがでしょうか。
推敲せず、メモ程度ですみません。
乱文ご容赦ください。


<公立一貫さんWrote>
この部分なのですが、実際の反応としては少数派ではないのでしょうか、というのも本日採用担当さん
との話の中で、ごく普通の平均的層については受験勉強以前に、勉強自体に無関心、もしくは
有っても熱心とは言えない層がだいぶ多いのではないかとの指摘がありました。(採用担当さん
ニュアンスが違っていたらごめんなさい)
それゆえ、ガリ勉と蔑まれることもない、つまり無関心ゆえに。
少なくても普通科の高校生ならそんなこともないだろうと思っていましたが、どうもそうでもないらしい
となれば相当不味いのではと思う次第です。
このことが事実なら量的さんはどう思われますか、もし時間があればレスお願いいたします。


> さて、今の時代はどうかというと、公立も私立も問わず勉強できるひとを「ガリ勉」
> とさげすむことはないのではないかと思います。ある意味で真っ当な気がします。
> 受験勉強も役立つ面があり、都立も私立も受験を重視しているでしょう。
> それもすんなり受け止められている

【2393263】 投稿者: 量的   (ID:FUkKPzZ.MIU)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:12

例えば、課外活動(*) でやっていて、それが個人の自由な時間だったら、コーラスの練習に参加するしないは個人の自由として扱われるはずです。今も昔も。


例えば、全10回の、事業時間以外の参加できないなら、その当該生徒の参加自体をしないと考えるか、ハードルを下げるか、はたまた別のスロットで時間がとれるかを考えることが、課外活動主体の生徒・あるいは顧問の先生のマネジメント能力です。生徒目線とは、その生徒ばかりではなく、そういう生徒の全てのニーズを生徒の立ち場に立って考えることを、コーラス大会の意義の考え方とともに、擦り合わせて吟味することに他ならないです。


「自分勝手」というよりも、その生徒の考え方(今の場合、図書館でどうしても勉強したい)があるならそれを尊重した上で、コーラス大会にでるのか出ないのかは、成立条件とともに、お互いの判断基準の問題で簡単ではないです。

もし、万一、”自由時間に設定された練習にでないのは、自分勝手”で、すなわち、それが”ガリ勉”という非難の核心であり根本だというなら、あまりにもばかばかしい、ガリ勉論になることでしょう。そうではないはず。そういえば、そんなことは例えば、家の都合で家業を手伝っている生徒でもサボることがありました。みな、暖かくサポートしていました。当たり前ですが、勉強も、家業も両方OKです。

ということで、あまりご意見の「ガリ勉」論とは同じではないです。


(*) 課外活動が、課外であると言う前提にて(つまり必修の授業時間・拘束時間ではないと言う意味で)書きます。


<無常感さんWrote >

じゃあ、どういうことが嫌われるのか?・・
他人との共同生活を無視した自己本位な行動(ガリ勉)が、嫌われるわけです。

例えば、学校行事でコーラス大会の練習(公務)のがあるのに、
「オレ勉強(私事)があるから、出ないよ」・・こういうガリ勉は嫌われて当然なわけです。

ところが、受験私学に入ると勉強優先だから、
そういう煩わしさがない・・・世間を知らずに、学歴だけを身につけるケースが多いわけです。

でも、社会ってどうですか?

みんなでやらなければならない仕事 と 自分だけがやれば済む仕事 があるとします。
「オレの仕事は終わったから、帰るわ」・・これで嫌われずに済むでしょうか・・
また、そういう人物は優秀と言えるのでしょうか?

こういうのをガリ勉 といって、むかしは嫌われたのですよ・・でも、いまでも当たり前のことですよね。

【2393279】 投稿者: 無常感   (ID:JHTy719k9Bo)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:26

量的さん

>例えば、課外活動(*) でやっていて、それが個人の自由な時間だったら、コーラスの練習に参加するしないは個人の自由として扱われるはずです。今も昔も。

コーラス大会は学校行事、普通、参加必須でしょう。
必須にしない学校があるとすれば、受験対応でもしてるのでしょうね。

公務 と 私事 の衝突 の文脈で考えない「ガリ勉」論って、どこに論点があるのでしょうか?

障害が無いのなら、ガリ勉をどんどんやればいい・・それだけのことではないですか。

【2393291】 投稿者: 無常感   (ID:JHTy719k9Bo)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:32

>もし、万一、”自由時間に設定された練習にでないのは、自分勝手”で、すなわち、それが”ガリ勉”という非難の核心であり根本だというなら、あまりにもばかばかしい、ガリ勉論になることでしょう。そうではないはず。そういえば、そんなことは例えば、家の都合で家業を手伝っている生徒でもサボることがありました。みな、暖かくサポートしていました。当たり前ですが、勉強も、家業も両方OKです。(量的さん)

う~ん・・非現実的な感じがしますけどね・・

はっきり、自由時間なのか、自由時間でないのか・・はっきり分かっていればもちろん簡単ですよ。
また、練習が義務なのか、自主参加なのか、はっきりしてれば何にも悩まない。

何故、悩むかというと、現実はそこがはっきりしていないからです。

文系的には、空気を読まないと嫌われる・・などと解釈します。

【2393299】 投稿者: 公立一貫は良いことだ。   (ID:L26orB5ME.Y)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:38

量的さん、真摯なお答え痛み入ります。


しばらく何度も読み返しておりました。


> ・・・わたしは、その子ひとりひとりの環境・才能次第なので、平均的なこども=ある意味レベルとしては
> 「普通に近い」生徒に、強く「勉強」を要求して良いかは、教育目標としては慎重にして良いことだと思います。
> (個々の親が、学校はそこまでやるべしという意見を否定までするつもりはないですが、現実問題としてです)
> 離陸さんの推薦の1月16日の東京都教育委員会の方の記事も読みましたが、わたしは違和感なしです。
> 生徒の多様性に則した教育を追求する中には、勉強を第一優先で是としない教育プログラムも多く存在して、
> それが本来の公立の学校のすべきことだとも思います。


なるほど、これもひとつの見切り方なんだろうと思います。大いにうなずけます。となると、現状で確か、
同世代で半数は進学する時代ですから、そもそも論として私学・公立というよりも大学の在り方自体に問題が
あるのではないかと思われます。
つまりそんなに多人数が進学する価値があるのかと。


かつて日本の産業を支えた層は、当然現場職で、これに対応する高卒生(私の印象ではきわめて優秀な人材が多くいた)
・・・商業高校・工業高校の優秀層を実学教育で育てて、物づくり日本の基礎となし、農業高校と水産高校をでて日本
の第一次産業を育てた。このような産業モデルが日本ではやはり本筋なんだろうと思うわけです。


とはいえ、産業構造の変化により、かつての高度成長一億総中流意識を持てた幸せな時代の再現はもう無理なんですかね~
私自身今後日本の農業について積極的にかかわっていきたい希望があります。
会社を辞めたら、どこかでお百姓さんをしたいと思います。
一部試みもあるようですが、サラリーマンとしての農業従事者モデル(法人組織としての)に非常に期待するところがあります。
裏付けのない独白で失礼いたしました。思い込みの希望9割です。

【2393306】 投稿者: 判断   (ID:2LJ8aPfFy9Q)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:42

量的さん


お忙しい中、詳しいお話をありがとうございます。


かなり大規模に展開されているのですね。
複数あって、生徒さんが内容を選べるのがいいですね!
こういったセミナーは、話を聞く、アンケートを書くという一方向になりがちですが、
質問ができたり、講師の方からお返事がいただけたりと、コミュニケーションがとれるのがとてもいいアイディアです。
生徒さんも、自分宛てにメッセージをいただけてうれしいことでしょう。


子どもが家庭教師をしているのですが、
生徒さんそれぞれに、様々な思い、悩みを持っているようです。
年頃的に親にはなかなか聞けないこともあり、話をしてくれたりアドバイスしてくれたりする大人と
交流できることは大切だと常々思っています。
ちょっとしたタイミングで心が動くこともあると思うので。
多くの方のお話を聞くことが、生徒さんの将来のヒントになることもあると思います。
生徒さんの生の声も大切ですね。
伝えよう理解しようと努力する講師の方々の様子が伝わって
生徒さんたちも一生懸命素直に返してくださっているのだと思います。


心身ともにご苦労は多いと思いますが、人と人との関係が単純化している今、
「結びつける」役割は重要だと考えます。
子どもにも書き込みを見せたいと思います。
本当にありがとうございます。
また様子を教えてください。

【2393316】 投稿者: 量的   (ID:FUkKPzZ.MIU)
投稿日時:2012年 01月 21日 23:46

議論するつもりはなく、違う部分を明確にする意味の書き込みです。


わたしは、マネージャーとしては、同僚および部下には「みんなでやる仕事は終わるまでいることがあるのはあるが、自分の仕事が終わったら帰る」という行動を身に付けるように奨励しています。喜ばれています。これはわたしだけではなく、グループ管理職および社員がその方針で教育もされ実践しています。ですので、実は、常識化ができています。グローバル企業ばかりではなく、最近は日本の企業でもそのスタイルだろうと理解します。(除く、オーナー会社、特殊な携帯の会社や、中小規模の企業 ??)

ここ15年くらいのマネジメントのあり方の議論ですが、「自分の仕事でやるべきことがあるから残るが、そうでないなら帰れ」とはマネージャーの基本姿勢になりつつあると理解をしています。(「例外」組織がさまざまあるだろうことは理解していますが、あくまで「例外」との理解(*)です。)・・・ここで書いたことは、わずかな違いのようですが、チーム活動のあり方としては、大きな違いです。

みんなでやる仕事も、それをいくつか分解して、一人でも多くの人が早く帰れたり、仕事が偏らない様に平準化する作業を、瞬時に(絶えず)できることが求められていると思います。


(*)
そうでないと、全員が終わらないと帰れないような職場、あるいは新入社員が残るような職場環境ひいては社風になりますね。
なぜなら、マネジが弱い管理職ほど職場を「不夜城」のようにしておきますから。・・・そういう教育をされた新入社員は、どうでしょうか。今度は部下を持ったときに、いつまでも引き留める上司になりますよね。悪弊が引き継がれる。とてもグローバル水準に太刀打ちできない社員群ができあがります。・・・因みに、残業時間を下げ、パフォーマンスを維持するには、チームの中で仕事の連関を確認して、終わった人が先にあがることで、残りの取りのひとは、迷惑を掛けないように残業してでもやる。なお、このようなマネジメントの悪弊は有給休暇の消化に違いが出る。私の場合は、職場の100%の有給消化と無事故無災害(数十年)を誇っていますが、もし、有給休暇が消化できない管理職や社員はできなかった理由を始末書に詳細に書かされます。勿論、消化できないことは、能力が足りないかチームワークを含む仕事の段取りが悪いので、マネージャーは評価が落とされます。わたしの務めている会社は、会社に遅く残っているのは正直仕事が遅い人が多いですが、この点は、日本の大手金融機関の相当な地位につとめていた家族(複数)も、数十年前でも同じ意見でした。(以前、話をしたことがあります)

もし万一、早く終わった人が、出来ない人の仕事を、当初の予定とは別に助けることが恒常的になれば、そのひとは優秀で一見、よくやっているかのようには見えますが、空回りしています。中小企業のおやじさん的なマネジメントを持ち込んでいるだけで、考えればグローバルの常識からはかけ離れて参ります。今、グローバルといったのは、欧米のみならず、中国・インド、マレーシア、タイなどでも、そうです。(理由:働く側がそういうものを許容しないから。) 大企業は、もう、そういう労務管理、あるいは経営哲学の世界ではないでしょうか。中高生との議論でも、勤労意識のその辺を注意深く、価値観として教える必要があると思います。(これらの考え方は、労働者の権利から発するような組合的な発想ではもちろんありません。仕事を見つめた結果のやり方)ボランティアをすることと、スマートな仕事の仕方は共存します。


<無常感さんWrote>
ところが、受験私学に入ると勉強優先だから、
そういう煩わしさがない・・・世間を知らずに、学歴だけを身につけるケースが多いわけです。

でも、社会ってどうですか?

みんなでやらなければならない仕事 と 自分だけがやれば済む仕事 があるとします。
「オレの仕事は終わったから、帰るわ」・・これで嫌われずに済むでしょうか・・
また、そういう人物は優秀と言えるのでしょうか?

こういうのをガリ勉 といって、むかしは嫌われたのですよ・・でも、いまでも当たり前のことですよね。

スペシャル連載

すべて見る

サイトメニュー