アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>そういう意味では、企業人さんは本当の意味でラッキーだったと言う見方もできる。
企業人さんは典型的な吹きこぼれですよね。
掃き溜めに鶴 じゃないけれど
例えば、イスラム教の家庭ならイスラムを
ある環境に産まれたらそれがその価値観になる場合が多い。
企業人さんのご家庭の価値観と資質が良かったのではないでしょうか。
もがいてももがいても抜けられない場合もあるんじゃないですかね。
企業人さん、
おはようございます。以前書かれた点について少々。
(ローカルな部分に光を当てた話なので、ご関心ないかたも多いと思いますので、ご興味ない場合は、どうぞスルーください。)
徹夜の数が評価されるような風潮は、まだ社会の一部にあると思いますが、恒常的な組織運営としては決して肯定的に考えられないと思います。
そのような考え方は、その部門(あるいは上司)の評価を高めることもアルかもしれませんが、それは部下の私生活の犠牲とマンパワーの浪費になりたち、昨今のワークバランス(つまり仕事と私生活をバランスさせようという大企業中心の運動)の真逆の考えですし、もう一つの問題は、実はそのようなマネジメントは、会社のトップは、誰も要求していない(できない)ので、やりすぎについては、その上司の「パワーハラスメント」とも位置づけられます。成果は上げることは勿論ですが、特に注意する必要があると考えます。さらに踏み込んで言えば、しばしば、当該上司のスタンドプレーないしその上司本人の出世の踏み台という面もあります。さらに、その人の出世への「焦り」が見えることも希にはあります。
「新人教育」ということでは、”ものごとに徹底的に取り組み妥協しない、時間を言い訳にしない”という意味で、冷静に考えて一定の効果があると思います。例えば、大学院で、今は知りませんが、わたしのいた研究室では、先生が、教授会から20:00頃帰ってきてそれから論文打合せ、その後0時まで実験。その後、教授は自分の実験。朝三時から翌朝1限の講義の準備、で朝4時から仮眠などという生活をされていましたが、それは学生、特に修士の実力のアル学生、博士過程の研究者教育としてはとてもすばらしい示唆を含むものであります。背中を見て育った人も多い。しかし、一般のマスを対象にするマネジメントのベースとしては、全く感心ができないことです。成果を出す集団のマネジメントとしては、”恒常化”させた途端、「稚拙なマネジ」と言ってもさしつかえないと思っています。
「恒常的な」という点を強調したのは、欧米でも日本でもここ1番のがんばりというのは勿論、大事です。しかし、別物。
すなわち、それは、平時と緊急時で別の考えをすべきIssueと気づいていないかと思います。
欧米でも、緊急時にはそのような犠牲の多いマネジメントでも徹底的にすることはあります。
・・・第二次大戦でも、太平洋戦線ではあまり良い例が思い浮かびませんが、ヨーロッパ戦線では、第8航空群がA-Day前に、ドイツ戦闘機団を、B17を囮に使うような損耗をしてまで、貫徹した例などここ一番という作戦では、日本人と同様に苛烈な発想です。犠牲を厭わない。
書かれた局長の例は、詳細が不明なので、荒唐無稽に見えますが、きっと、「恒常的なマネジ」ではなく、乾坤一擲頑張るタイミングで鼓舞する発言かも、と思います。(*)
ただ、考え抜いたやり方で頑張ることと、恒常的にすぐ非常手段に訴えるところは、別物で、
特に日本人は、歴史的にそちらに向きやすい部分があり、大いに気を付けねばならない精神構造と考えます。(**)
(*)あるいは”上司個人の行き過ぎた価値の最適化”の面。・・・脱線しますが、わたしもキャリア官僚とは少々付き合って仕事いた時期がありますが、いくつかの省庁内では夜中まで議論いたしました。不思議と連帯感なども出てくるのですが、別の意味で、今は気を付けなければ行けないところです。・・全体的に見れば、タクシ接待の問題などもあり、3時4時まで仕事をして省庁に寝泊まりというのは、以前よりも減っているのだろうと思います。キャリア官僚の中堅どころの皆さんは、国会や法改正時を除くと、だいたい”終電に間に合う”ように、考えている、というセンスになっていませんか。いずれにしても古風な精神論は、若者からは評価されず、いざというとき頑張る優秀な若い人こそ、そういうマネジメントの嫌悪や、職場離れも顕著だと思っています。まして、アジアの若者には、なぜそれが必要か、必要であってもワークバランスとしてどうか、までが示せない、精神論は、弱いロジックとして受け入れられません。
(**)
因みに、精神論でものを考える発想というのは、必ずしも歴史的に否定されているモノではありません。ローマ時代の戦争を勉強しても、精神的な優位で乗り切っている例も、いくつも見られる位。
第2次大戦では日本軍の兵器の開発思想では、最も良く現れていますが、戦闘機・爆撃機ともに装甲も強度も薄くして、性能を上げていました。勿論、エンジンが弱い、あるいは工業生産力が低レベルだと、他に仕方がない・・・と言うことがありますが、考えて見ると、その基本の技術なり産業のレベルアップをしたかというと、優先度は低かった。戦争末期などでは、戦闘機の稼働率は極めて低く、整備で補えないものが作られていました。こうなるとパイロットという、育成に時間が掛かり、しかも才能も要求されるような部分では、損耗すなわち負け戦になります。この同じ時期にB29などは、生みに不時着したときのゴムボートに釣り座をまでつけて、日本の場合には不時着したら、潜水艦で迎えに行くことまでしていました。(日本は捕虜の扱いがとくに良くなったこともあり、欧州戦線とも扱いが違いました)
・・・このような軍事的な話は一見、違う話と思われるかも知れませんが、欧米人との競争の際に、基本となるモノの考え方は、かなり通じるところがあります。大学野研究質を欧米と日本を比較すると、日本の研究者は大抵その物量に圧倒されますが、実は発想・哲学の違いであると強く思われることがあります。
>本来子供なんてほっとけばいいんだよね
ほっとかれて育てられたせいか、授業中座ってられない、おしゃべりをやめられない、
感情のままに殴る、蹴る、つねる、暴言を吐く、そんな子が子どものまわりには多いです。
授業が潰れているのと、中学は別にさせたいと思い、
経済的にはきついけれど塾に通わせ受験することにしました。
出た!視点さんならではの断定表現。
※不慣れな方へ:
にがまずい「生薬・シテンサン」は、
オブラートに包んでお読みください。
まあ、何もしなくても中学には必ず行けますから、
それに比べれば、私学を選ぶ時点で過保護とは言えますね。
過保護はよいことですよ....子供にとって。
過干渉は、子供にとっても親にとっても悪影響しかないですけど。
根拠の無い自信....私もありました。
根拠の無い自信=不安感の裏返し=適切なナルシズムの発動かなって。
実力のある人は、ナルシズムが推進力になり、実力のない人は、心の平安が保てる....のかなって思います。
何れにしても根拠の無い自信は、環境からの圧力(抑圧)があったことを示しているので理想と現実のギャップに
苦悩する過程で発生する思考なのだと思います。
視点さん
>この4校なんだけど、大阪鉄緑の人数を見たら、灘が突出しているけど、これは何故?
>学校自体の生徒の数が灘は多いの?
>灘287名 甲陽69名 東大寺72名 洛星33名
灘は大阪人が多いんです。
大阪鉄緑(大阪王将みたいやな)は灘生の帰り道にあるわけ。
灘生をターゲットにしているから大阪につくったとも言えるのでは。
>研伸館という塾のHPもみたけど、灘が突出してるのは何故?
>灘 351名
>東大寺 223名
>甲陽 222名
>洛星 85名
最寄りの住吉駅前にあって便利だからじゃないですかね。
東大寺対象の高の原校、甲陽対象の西宮校には
同じ駅近に他にも有力な塾があって分散するのでは。
洛星は・・・京都で研伸館って勢力が弱いんじゃないでしょうか?
考えたことないからよく知らないんです。
どなたか教えてください。






























