アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
無常感さん
そうなんです。お供のものがおりますけど。(ペット)
寒い夜もそうでなければなかなか外にでていく勇気がでないのですが、
散歩するとすっきりします。
今日はこれでおやすみにします。
ではでは☆
前に紹介した斉藤先生の本に2007年の「高校生の意欲に関する調査」が引用されています。
1.あなたは偉くなりたいと思うか?(日本、米国、中国、韓国 %)
強くそう思う 8 22.3 34.4 22.9
全く思わない 10 3.5 0.9 2.1
2.暮らしていける収入があればのんびり暮らしていきたい
とてもそう思う 42.9 13.8 17.8 21.6
全くそう思わない 4.0 17.7 20.5 10.1
どうしてこうなったのか? を考えるのが日本立て直しには急務なんでしょうが・・・・・・・・どうも偉い人が尊敬されていない・・・・・というか身近に大人のいいモデルがいないんでしょうね。
あれだけ頑張っても報われない、大したことない大人を見ていると努力したり勉学に励んだりする気がなくなるのかな?
斉藤さんは「教養の没落」「アメリカ文化の流入」が浅い人間を作って子供にとって憧れとなる人が身近にいなくなったと書いているけれどこの辺はどうなんでしょうか?
「偉い人」がテレビの前で謝罪会見したり泣いたりしているのを見ると「なあ~んだ大企業の社長なんてあんなものか」と子供がなるのも仕方ないかな?
量的さんや企業人さんならロールモデルとして子供たちをインスパイアできると思うのだが・・・・・・・・本田宗一郎、井深、盛田レベルの日本人がいなくなったのかな・・・・・・確かに「3丁目の夕日」の頃の日本人はガッツがありました。
削除されたスレに関わることで、みなさまからご意見がありましたので、
そのスレに関する概要を書いておきますね。
スレ主として、テーマ設定し、差配し、いろいろな方とやりとりしましたが、
スレの目的は、あくまでも教育行政として私学助成を行うことが妥当なのか、論じたい・・そこにあります。
論点を明らかにするために、
私学助成は、社会のためのものなのか、それとも、個人のためのものなのか、
はっきりさせたい・・だから「受験私学」というキーワードを使ったわけですね。
私学なのに公金助成を受けるという矛盾・・私学助成を容認するとすれば、
合憲説(多数説)は、憲法第26条「ひとしく教育を受ける権利」としている・・
どうしても、容認したい場合の力づくの論理はここかな・・それしかないでしょうね。
しかし・・「ひとしく教育を受ける権利」の保障というのは、世界では普通は、
国家が国民のために責任をもって学校教育(日本流の狭義の「公教育」)をやるものだと解釈されています。
それが証拠に多くの国で、国連の社会権規約加入「高等教育(大学・高校)無償化条項」
・・当たり前のように実現しています。
なぜ、日本だけ、それを私学でやらなければならないのか?・・・
また、その結果、社会権規約加入約160カ国のうち、日本ともう1国だけが
「高等教育(大学・高校)無償化条項」を締結していないという情けない状況になっています。
学校教育は国民の権利なのに、なぜか、国民はそれを訴えない
・・自腹でやることを競いあわされている(なかには楽しんでやっている人もいる)・・
こんな事を書くと、社会主義者か?・・と思われそうですが、全くの逆で、私は自由主義者ですが、
子どもたちの世界だけは出自(経済力)の問題で、受ける学校教育に差が出ることがすごくイヤなのですね。
社会は不平等で当たり前・・でも、子どもたちの世界だけは平等であって欲しい・・そう思っています。
だから、学校教育は本来、国家が公教育で面倒をみるべき(無料で)・・小手先の私学助成は反対です。
もちろん、私学には私学の素晴らしさがある・・でも、経済的には自腹でやるべきことです。
・・以上が、削除されたスレで、私が主張していた意見です。
皆さんこんにちは今日も結構寒いです。
さて、今日は中学受験について雑感を書いてみたいと思います。
寒くなってから休日の過ごし方は、近くに図書館がありますので図書館に良くいきます。
まあ、経済的にも安上がりという事もあるのですが、教育関係の本を読んでいると結構
楽しい本に出会えます。
そんな中で、鳥居りんこさんの「偏差値30からの中学受験合格記」という本があります。
神奈川の湘南?が舞台だったと思うのですが、全く中学受験などには縁のない平凡家族が、
N研に入って逗子開成中学や浅野中学を目指す内容です。
(たぶん神奈川が舞台ですので信頼感さんや採用担当さんはご存じなのではと思います)
この本を読んでいると、いかに中学受験が口コミで広がり、どうしても中学に行かせたいとまず
母親がその気になって、父親がそれに引っ張られる様子が顕著に表されているように思います。
私が思うに、子供が受験勉強に入るのが、小学4年、遅くても5年とすると子供の意思とは無関係
に親の意思が前面にでる受験形態なのでしょう。
中学受験は親子(母子)の受験といわれる所以だと思います。
私の感想として、中学受験の是非を考えるというよりは、中学受験には何らかの魔力があるのでは
ないのかという事です。
分析すれば、いろいろ出てくるのでしょうが、誤解を恐れずに書き込めば、ある種の祭りかなと
思うわけです。
したがって、中学受験をある種の祭りと仮定するならば、その家庭にとっては神聖にして犯すべからざる
行事であるので、反対意見に対しては先鋭的にならざるを得ないのではないのかと思うわけです。
たとえ、心の中で中学受験は失敗だったと思っていても、それを顕在化させることは気持ちの面で許す事
ができないのでしょう。
それは当事者である子供にとっても悲劇なのかもしれません。
私は現在の大学受験体制がこのままなら、中学受験を選択することに躊躇はしません。
が、本来、中学受験層は前にも書いたことが有るのですが、一定の富裕層がそれぞれの学校の校風を選んで
行くべきだと思っているので、現在の状況はどうなのかなと思うわけです。
よく動機さんが中学受験は1年が限界と主張されていると思うのですが、基本的には私も賛成です。
4年から3年間も勉強することが本当に必要なのか、もうう一度振り返ってみることも大切なのではと思う
この頃です。
私立中学の校風はとても大切な価値だと思うので、本来の姿での中学受験ならなんら異議はありません。
無常感様
子どもたちの世界だけは出自(経済力)の問題で、受ける学校教育に差が出ることがすごくイヤなのですね。
社会は不平等で当たり前・・でも、子どもたちの世界だけは平等であって欲しい・・そう思っています。
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↑
この部分は同じ思いですよ。
そこから、私は「今の日本の現状で」、私立学校から私学助成金を奪えば、多くの子供達、保護者に大きな負担がかかり、結果的に「子供達の進路を狭める事になる」という考えをしております。
ここは、もう、たぶん平行線ですので、先週も私の考え方はここで全て述べたので、もう、議論はいたしません。
前から何度も言っておりますが「個人の考え方」の話になると思いますのでね。
無常感様と私の考え方は違う。
という事です。
「息子様を通じて、私立高校を知って下さい」と述べて、この議論を終わらせて頂きます。
もう一度、貼り付けておきますね。
http://www.chukoren.jp/index.html(日本私立中学高等学校連合会)
削除されたスレの趣旨は【2401804】のとおりですが、
私が、なぜ、そのスレに言及しないかというと、すでに削除されており、文脈を追えないからです。
たとえば2者間 A と B の間で、A1→B1→A2→B2→A3→B3→・・とレスが続いていたとしますね。
全文レスが残っていて、
A1→B1→A2→B2→A3→B3→・・という文脈をすべてを追えるなら、
「これは・・ということである」と私は言及します。
しかし、マスコミがよくやりますが、断片的に A1の一部、A2の一部、A3の一部
・・これだけとりあげることが、妥当といえるのかどうか・・実益があるのか・・
不満を言う人の場合は、特にそうですが、
文脈を切断し、A1の一部、A2の一部、A3の一部・・だけ文句を言って、
自ら言ったこと、B1、B2、B3・・は決して語らないわけです(当然、そこにも火ダネがあります)。
そんなの所詮、「売り言葉」「買い言葉」ですよね・・私が、組みしない理由です。
無常感さん
議論をする際に、どうしても売り言葉に買い言葉的な状況に陥ることがあります。
ただの文字だけですから、思いを正確に伝えることも難しいです。
受け取り方は本当にさまざま。
ましてや小中高では、まだまだ親子が近いでしょう。
そこに対して反するような主張をする場合は、ある種の覚悟が必要だと思います。
ただの文字だから、時間を置いて、冷静さを保つこともできます。
自分が正しいと思うならば、より低姿勢な対応も必要だと思います。
自分の意見を相手に分かっていただくと考えれば、自然とそうなります。
相手が売り言葉と間違って受け取って、買い言葉を投げかけてくる。
売り言葉でないならば、丁寧に売り言葉ではないと伝えていくしかないと思います。
とても難しいことですが、これが「組みしない」ということだと思います。






























