充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
視点様
>親が洗脳するのではなく、中学受験塾に親子で洗脳されるのでしょう。
>塾にとっては最高偏差値の中学に何人受かるかの勝負でしょ?
>だから小学生と財布(親)を「偏差値最高峰はすごい」と洗脳する。
>プロに洗脳され持ちあげられたら、小学生と素人の親はひとたまりもない。
塾の場合、実績作りのために、多少誇張して言うでしょうが、結局それとて「エサ」として上手く活用しているだけですよ。
あくまで「勉強させる」ためですよ。
だって、偏差値最高峰に合格できる子供は、ごく一部ですよ。
それなのに、生徒全員(もしくは最高峰の受験者)に対し、「偏差値最高峰はすごい」と洗脳するのは、後先を考えない、いささか単純すぎる作戦ではありませんか?
上手に「やる気」を引き出し、「勉強する」ように仕向けるのは、塾の先生の最も得意とするところで、親などよりも何倍も上手です。
そのような塾の先生が、上記のような単純な作戦をとるでしょうか?
それにですよ、どう考えても、私は、「偏差値最高峰」の学校が、『受験する誰から見ても、最も「価値ある学校」である』とは思えないのですよ。
おかしくないですか?(これは、別途詳しく述べたいと思います)
塾の先生も同様に考えていると思いますよ。
ですから、塾の先生は
『「偏差値最高峰」がすごい』
なんて言葉は使わず、
『「偏差値最高峰」に合格するために、努力している「子供」がすごい。』
と言うのですよ。
量的さん
ざるの話 ・・長文・・ありがとうございます。
自分が何をしているのか・・・イメージしてもらうというのは、一苦労です。
やはり、それなりの意味を理解しないと、ちょっと背伸びが必要な場合は・・続かないものでしょうし。
でも、そういう本読み・・教材設定は、私には・・難しいです。(笑)
本は、基本が「エピソード記憶」ですから・・・ここは、ポイントでしょうね。気になります。
>父:「学びって、お話で行けるところは、やっぱり暗記よりもそれで行った方
>が良いわけね。年代を個別に暗記するよりも、エピソードの中で、理解するも
>のなのね。だから結局、案外、「深耕」が効率良い勉強な訳。数学でも物理で
>も、化学でも。もちろん、世界史なんかの歴史でも。」
エピソード記憶は、のびる「紐」のイメージです。
その紐を、細かい、ばらばらの、情報に絡めていく・・・
(以前、釘に紐を引っ掛けて・・顔や、物を表現するアートがありましたが。)
ドット(情報・知識)が繋がると線になり、さらに・・意味のある「絵」(自分なりのイメージ)を描く感じでしょうか。
今回の話では、削ってますけど・・・
>父:「いや、花巻にしよう。・・・ノリの短冊をしたに敷き詰めて。」
時そば・・「花巻にしっぽく・・」ってやつですか・・・いいですね。
といっても、さすがに、食べたことないのですが・・(笑)
http://rakugo-tanteidan.jp/mission00101.html
に、実物が・・・おかめそばも・・
>判っていても種明かし、しないで下さいね。
いやいや、なにも、判ってないので・・種明かしもなにもないのですが・・
「小さん師匠」が、とても有名なのは、知っていましたが・・
量的さんに裏話、教えていただいたので・・・・私も、少しだけ・・・・
量的さんが、いつまで、稽古されていたのか、わかりませんが・・・
私の時代は中学の都大会は・・日本武道館でした。
とにかく、午前中は、凄い人数でした・・そりゃそうですね。何百校あるのでしょうから。
審判はたしか国士舘大学の学生もいたような・・進行の問題なのか・・最初は浅くても一本とるのです。団体戦でした。・・夕方になると・・武道館がガラガラになります。(負けると、皆帰ってしまいます)試合会場がどんどん減らされ、さびしー感じになるんですよね。
今でもよく覚えています。強豪校とあたって・・
先鋒・次鋒が負け、もう後がなく・・中堅の私から3連勝して勝ったことを、小手で一本とった後、あせる相手に、面を誘って、抜き胴で決めました。
私には、ご褒美のような、試合でした。(その次の試合で終わりでしたが・・。)
吾妻橋周辺といえば・・・・アサヒの・・金の・・う○こビルですね。あれ、びっくりしました。
>それにですよ、どう考えても、私は、「偏差値最高峰」の学校が、『受験する誰から見ても、最も「価値ある学校」である』とは思えないのですよ。
それは通りすがり2さんの考えですね。
もし同じように考える生徒がでてきたらどうします?
偏差値最高峰の〇〇中学に合格できるのに、別の△△中学を受けられたら、塾としては困りますよね。
なんといっても、塾の評価はは、偏差値が高い学校にどれだけ合格させられるかですから。
塾としては、生徒にも保護者にも〇〇中学、つまり偏差値が高ければ高いほど素晴らしいと思ってもらうのが経済合理性に合うわけです。
>私は、「偏差値最高峰」の学校が、『受験する誰から見ても、最も「価値ある学校」である』とは思えないのですよ。
別途、述べさせて頂きます。
また、例示から始まりますがお許しを。
ある勉強の内容を、
「1回の説明で、理解できるAグループ」
「2回の説明で、理解できるBグループ」
「3回の説明で、理解できるCグループ」
の3グループあったとします。
それぞれグループに見合う学校として、
「1回説明する、学校A」
「2回説明する、学校B」
「3回説明する、学校C」
があるとします。
おそらく、偏差値が最も高いのは「学校A」ということになるでしょう。
「学校ABCの中で、最も価値のある学校はAである」と考えるのが、「偏差値至上主義」ということですよね。
確かに、Aグループの人にとって、最も価値がある学校は、結果的にですが、最も「偏差値」の高い「学校A」になると思います。
しかし、Bグループの人にとって、最も価値がある学校は、最も「偏差値」の高い「学校A」ではなく、最も「学力レベル」の合う「学校B」ではないでしょうか。
当然、Cグループの人にとっては、「学校C」が最も価値ある学校ということになります。
それぞれの「学力レベル」によって、それぞれに「最も価値のある学校」が存在するということです。
お子さんの「学力」に合ったやり方で、お子さんを「最も伸ばしてくれる学校」、それが「最も価値のある学校」なのだと思います。
ですから、「2回の説明で、理解できるBグループ」の人なら、「1回説明の学校A」ではなく、「3回説明の学校C」でもなく、やはり、「2回説明の学校B」が一番合っていると思います。
これを実際の受験に照らし合わせてみると、実はうまく出来ているもので、、多くの方は、「最も学力レベル」の合う「学校」に合格します。
(物は言い様ですが、「受験した学校」は皆「学力レベル」の合う「学校」、「合格した学校」は皆「最も学力レベル」の合う「学校」というわけです。)
ですから、『「合格した学校」こそが、そのお子さんにとって「最も価値のある学校」』だと、私は思います。
>塾としては、生徒にも保護者にも〇〇中学、つまり偏差値が高ければ高いほど素晴らしいと思ってもらうのが経済合理性に合うわけです。
先ほども、言ったのに。
塾は、経済合理性を求めますが、
『「偏差値最高峰」をほめる』
というやり方でなく、
『「生徒」の学力を伸ばす』
という方法で、経済合理性を追求しているのですよ。
ですから、
『「偏差値最高峰」はすごい』
と「学校」を褒めるのではなく、
『「偏差値最高峰」に合格するために、努力している「子供」がすごい』
『「偏差値最高峰」のような、「高い目標を持つこと」はすごい』
『「偏差値最高峰」を目指して、「毎日しっかり勉強すること」はすごい』
と「生徒」とか「プロセス」そのものを褒めるのです。
十分、塾の経済合理性に合っていると思います。
視点様
>私は、1回聞いて理解できるかどうかという才能?ではなく、「才能×環境×努力」で決まるという考えですから、通りすがり2さんの考えとは相容れませんね。
なんか、屁理屈だなあ。
「1回で」という言葉、例示をわかりやすくするために単純化しただけで、「一定の時間で」とか「一定の回数で」という意味ですよ。
私も、「才能×環境×努力」で決まると思っていますよ。






























