充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
さくらさん
平日で余裕がありませんが、ご質問の件、回答しますね。
>無常感さんは、世の中は学歴社会ではない
東大、京大を出たくらいではなんともならない (さくらさん)
これは事実・・学歴だけだったら、せいぜいサラリーマン生活でちょっと得をする程度ですよ。
もちろん、東大、京大を出てすごく偉くなる人もいますが、
それは単に学歴だけではなくて、プラスアルファ・・出自、人脈、コネがあるからです。
東大生の親は金持ちが多いといいますね・・出自も良い人が、多いということです。
>しかし、それについて一言いうために
自分は学歴を身に着けたということと解釈しました。(さくらさん)
学歴を身につけるのは受験生ですから、上記のような現実は、まだまだ分かっていなかったですね。
私が言いたかったのは、高学歴者でないものが学歴批判をしても、だたの負け惜しみになる・・
学歴を客観視したければ、高学歴者になるしかない・・そんなところですね。
>今の公立についてもそのままでよい
改革なしてよろしいとお考えなのでしょうか?
そんなことないですよ・・改革すべきです。
>学歴は、それほどの問題にならないなら
別に、学歴にこだわらなくていいわけでして
それなら、私立でも公立でもどこだっていいし
現状のままでなんら抵抗がないのではと考えました。
学歴というのは、過去の修学の履歴ですね・・そんなことには、あまりこだわらない方がいいです。
でも・・子ども目線は違いますよね・・志望校は、将来の目標ですから。
私は、公立学校 と 私立学校 の選択にこだわっているわけではありません。
こだわっているのは、(狭義の)公教育 と 私教育 の区別です。
国家は、国民の教育に責任を負うべきです・・私がこだわっているのはそこです。
(狭義の)公教育は、現状のままではいけません。
また、私学は自腹で運営するべきです・・それが本来の役割です。
量的さん
【2415996】を拝読しました。
ざっくりいいますと・・
私学よりも、公費で運営している都立進学校の方がよほど受験対策をしている・・
よって、私学助成の是非の議論はあまり意味がない
・・こんなところでしょうか?
しかし・・都立進学重点校が出来る以前に、すでに大学受験指導を極めて重視している私学は
存在していたわけですね・・その時間軸をどうお考えになりますか。
先行してそういった私学が存在したからこそ、都立進学重点校は誕生したわけで、
そういった時間軸、因果関係を無視して、「現状は都立だってそうじゃないか」というご意見だとしたら、
それはちょっと違うんじゃないのかな・・そんな印象を受けます。
そもそも私学助成の是非は、あくまでも私学のなかで論じるべきもので、公立は関係無いと思いますよ。
また、私自身は、受験校化する都立は賛成ではありませんが、現状の私学は明らかに行き過ぎであって、
どんな家庭の子どもでも機会均等であるべきという理念にしたがえば、公費運営で代替手段を講じるのは、
当然のことだと思います。
>なんだか話がもつれるんですよねえ。。
なんでだろう。。
まあ。私の理解力がまったくないのでしょう。 (さくらさん)
さくらさん のせいではないですよ。
世のなかには反対意見に、すぐカ~ッと感情的になる人がいて
そのあとは支離滅裂・・もつれるだけです。
無常感さま、
丁寧に議論をしていただきたいですが、「受験私立」に対応する「受験都立」という言葉を今野議論で使うとすれば、その方がひどいとかの議論ではなくて、議論の文脈については、進学校は、いずれも「似たようなである状況」ということです。
今の都立は関係ないなどということは決して、ありません。学校を問わず、ひどい状況は一部には存在します。同じように悪弊があきらかにある都立(あるいは公立)進学校に対して、議論の矛先を無常感さんが向けないで「お受験私学」どレッテルを貼る議論をすれば、当然ながら、私学に師弟を通わせているこのスレの人々が、不愉快になるのは当然で、そのような論法で、人の気持ちを逆なでする必然、あるいは、そのひとなりの説得力アル、ロジックが背景に無ければ、議論が下手ということになります。
それでは、なぜ、私学だけ矛先を向けて叩くのでしょうか、という質問ですが、受験都立は受験私学があるために。やむを得ず存在して、その受験私学が無ければ健全というのは、全く違うとわたしは考えます。
理由は詳細に書いておきますが1960年代に、東京では都立は中核の進学校として存在してトップ10を独占するような大変な受験ブームだったのです。<今からは全く想像出来ないですね。> (*)
ただ、そういう学校と言い、強烈に批判するべきですが、「お受験私立!」とレッテルを強く貼る議論をされているのが、
公立派でも私立派でもない、量的には、不思議ですし、上で述べた、議論の仕方として、稚拙である理由でするべきではないと考えます。
(*)
都内の状況を関西におられて無常感さんはご存じないとは思いますので、解説をつけます。
1960-1965年当時、すなわち我々の世代の少し上の、都立進学校は、ほぼどれも、
東大受験者がほぼ全員という状態で、そのうち、20-30%が合格して、つまり40-70名画合格して
トップテンを都立が占めていました。
このときは、本当に学校でも熟練の教官達が、先取りや深耕の授業という中で、東大対策をも授業の中で盛んにしていました。
(わたしもそういう世代の生き残りの精鋭の教官数人に習いましたから良く知っています。)
1960年代野末期から1970年代はじめにかけては、都立の進学校でなぜ、エリート教育をするのか、と大合唱が起きて、
そのため、学校群で都立の力からを削ぐような旗振り役が活躍して、学区で縛り、学校も選択できない強制学校群制度を導入して、
それで優秀層の親が、都立を見放して(=流れて)多くの、今の「伝統ある」私学の進学校が結果として生まれています。
つまり、本質は、私学進学校が無い状態で、受験競争は存在していたということなのです。これは優秀層の親と
生徒の思考に、そういう潜在ニーズがあるから、理解しています。極端な話、私学を潰しても、他の何かが代用になるだけで、
私学が悪いとかいう議論ではないと理解します。
説明がクリアではないでしょうか。
<無常感さんWrote>
先行してそういった私学が存在したからこそ、都立進学重点校は誕生したわけで、
そういった時間軸、因果関係を無視して、「現状は都立だってそうじゃないか」というご意見だとしたら、
それはちょっと違うんじゃないのかな・・そんな印象を受けます。
適性さま、地域時代さま、採用担当さま、
コメント、ご質問、推薦など頂きましたが、少々無常感さんとの議論を優先しておこうと思っていますので、
レスはいずれ必ずさせていただきます。
なお、先ほど書いた、学校を問わず、受験につっぱしる議論が行われている以上、「お受験私学」などと失な議論の仕方は、
あまりうまくはない、という論旨の書き込みでした。内容が明晰でなければ、コメントをお願い致します。
都立の実例は、現在についても、おそらく普通の方々よりも良く調べていますので、それを例として書きながら、
補足しようと思います。・・理解を助けるような、肯定的なコメントでも、もちろんありがたく、歓迎をいたします。
> また、私学は自腹で運営するべきです・・それが本来の役割です。(無常感さん)
私は、公立高校と私立高校の税金投入格差は是正されるべき、との意見を支持します。
まず、高校進学率98%の中で、公立高校と私立高校での就学生の人数比は、概ね70:30の割合です。
全国平均では、中学から私立に通学する生徒の割合は、約7.2%ですので
公立中学校からは約25%の生徒が私立高校へ進学しています。
地方では公立高校が優位で、多くの中学生が公立が第一志望、私立は滑り止めという構図です。公立高校の高校受験は一回きりで基本的には併願は出来ません。1倍超の競争率の場合は志望公立校不合格となれば、第2志望の私立校進学ということになります。つまり、高校全入時代の全体構成としては、公立校と私立高は共存しているということです。
それにもかかわらず、税金投入に大きな差があります。(2006年のデータ)
私立高校に給付される助成金は、東京都の場合、一人当たり約33万円です。
一方で、都立高校に対しては一人当たり合計約 150 万円もの金額が公費から支払われています。
日本の教育システムを共に支える私立高校が、公立に対してこの税金投入の格差は問題です。
私立に行くのが金持ちというのは、”ある程度は”当たっているでしょうが、金があるから私立に行くのではなく、私立の方が子供の能力に見合い適性に成長させる判断で私立に行くのです。公立での教育が画一的な制度により運営され生徒の多様性をカバーしていないから私立に行くのです。
ほとんど高校全入となっているのに、この税金と運通格差により、公立高校が無償で、私立高校が授業料年間数十万円という方が明らかにおかしいのではないですか。
■量的さん
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適性さま、地域時代さま、採用担当さま、
コメント、ご質問、推薦など頂きましたが、少々無常感さんとの議論を優先しておこうと思っていますので、
レスはいずれ必ずさせていただきます。
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お気遣いなく。
無常感さんの議論優先でお願いします。
私が、横でなにを書こうが、無常感さんは、スルーですから・・問題なく、議論は進むでしょう。
無常感さんのコメントも
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>量的さん
>【2415996】を拝読しました。
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で、別に否定もしてませんから
「しかし・・塾・予備校まがいの中高一貫お受験私学、『これは無くなっても、誰も困らないですよね。』
このような学校が有ろうと無かろうと、東大、京大など難関大学の合格者は毎年、生まるわけで、
私学助成など必要は無いと考えます。 」
のコメントが「ある」ことを前提にしてるだけでも・・・進歩です。
要約している部分が・・
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ざっくりいいますと・・
私学よりも、公費で運営している都立進学校の方がよほど受験対策をしている・・
よって、私学助成の是非の議論はあまり意味がない
・・こんなところでしょうか?
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だけで・・・・
量的さんの意見、
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これを考えたとき、私立とは、極く一部の裕福な層だけがいく学校ではなく、半分強くらいの家庭の狙える学校として位置づけられている現実です。半分強の生徒が通うので中核のひとつです。(**) 教育に掛かる費用がかりに、授業寮や部活慟、補習を含めて、実際に生徒一人当たり、年間100-250万円とすると、それを出すと判断する家庭は多くなっていると思いますが、その費用負担は大きい。このうちの数十万円を公的な程で出す発想は期待が大きい。しかも、公立と私立の位置づけをほぼ等価に見据えて、生徒の親の負担面もなるべく近づけていこうという発想は荒唐無稽のものではなく、都民からも支持されていることです。
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教育全体の中の「私学の位置づけ」・・「その費用負担」の考え・・・「費用負担している人の層」には触れられていないのは・・残念です。
これは、議題にしたくないのでしょう。
私は、これは、「重要」な指摘だと思っています。
この観点を議題に上げずに・・・、
「どんな家庭の子どもでも機会均等であるべきという理念」だけで・・『これは無くなっても、誰も困らないですよね。』・・「私学助成金は不要」・・・という結論に持っていくのは、強引といわざる得ません。
議論の中では、要素の「重みづけ」が、考えの違いになりますが・・・議題に上げることが前提ですね。
量的さんの
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私立と都立の”進学校”の受験指導面、真の学びの面の両方目指す思いは、選ぶところがない(=同じ)。
地方自治体あるいは国の教育行政の中で、私立と都道府県立の進学校は教育の一翼を担う、期待度の高い教育機関。その状況の中で、私学助成は重要な施策で、今後とも継続する。規模と助成の仕組みについては時代によって変えることがある。各論については、行政・教育・保護者の代表で柔軟に考える、ということだろうと思います。
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この意見も・・深く・・同意しますし・・当然
『これは無くなっても、誰も困らないですよね。』では『ない』・・ということです。
■採用担当さん
>適性さん、量的さん
>レッテル貼り以降のわかりやすい説明ありがとうございます。
>私自身がなかなか言語化できず・・・。
>あらためて自分から繰り出す言葉について、丁寧にやっていかなきゃと感じた次第です。
>とても大事な気づきを与えていただきました。ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
すみません、無常感さんとのやり取り、勝手に、使わせていただきました。
(そりゃないだろーと思ったので・・)
採用担当さんは、私より、丁寧だと・・思いますよ。
不必要な、レッテル貼りは、外した方が、自由度が高くなります。
配慮を欠いた悪質なレッテル貼りは、相手を不快にしますしね。
ただ・・・・
議論の前提として・・「言葉・単語」はツール(道具)なので・・それは、できるだけ共通したイメージであった方がいいと思っています。
ですから・・NGなのは・・その単純な「単語」レベルでさえ、イメージを「自分で決定」して、「相手に強要する」ってのは、やはり筋違いです。(相手が一般的なイメージをしたのにもかかわらず。)
相手に「白を黒にするな」と・・そのイメージの修正を求められた時に、
相手が・・
①「一般的イメージ」に修正させたいのか・・それとも、
②「自分押し付けたい都合のいいイメージ」に修正させたいのか・・・
判断は、だいたい「それだけ」でよさそうな気がします。
②を強要するなら・・否定していいのです・・・・「一般的イメージ」で、自分のメッセージを書き直してもらえばいいのですから。
わざわざ、「誤解です・・違います・・」とならないように。
文章になると、「解釈の問題がある」ので・・複雑ですけど・・・「一般の人が受けるイメージ」が基本でいいと思います。
>しかし・・塾・予備校まがいの中高一貫お受験私学、これは無くなっても、誰も困らないですよね。
を読めば・・
「あー、この人は、中高一貫お受験私学が嫌いなんだな・・なくなりゃいいと思ってるんだな。」
とイメージして「いい」と思いますし。関係者は「ムカッ」ときても、そりゃ普通でしょう。
まあ、そんなこと、十分わかって(不快になるように)書いてるのですからね。
どうすれば・・
「私学には私学の素晴らしさがある・・、是非、私学も、頑張って生き残って欲しい。」
ってイメージできるのでしょうかね。(笑)
どうして、不快になる方が、悪いと開き直れるのか・・・強引ですね。






























