インターエデュPICKUP
6763 コメント 最終更新:

私立中学の価値ーゼロ 

【2444410】
スレッド作成者: 適性 (ID:RfnxxivKKcs)
2012年 02月 25日 16:18

内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です

条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。

【2605029】 投稿者: 神戸観光案内2   (ID:1MlGV3zQ0rY)
投稿日時:2012年 07月 04日 15:10

「小さい小鳥」はヘンですね。「白い白馬」みたいですね。スミマセン。

【2605158】 投稿者: 適性   (ID:8dwRaJ3Aa1Q)
投稿日時:2012年 07月 04日 17:29

■動機さん
**************************************************
人類史における「宗教の起源」のようなことを書いてあるんだけど人間は死者とは完全には切り離されないんだそうです。

つまり生前の親や祖父母が語ったことが今生きている我々に「残っている」。先祖の物語が代々伝わる唯一の生物とのことです。

なるほど・・・・そうなると肉体は滅んでいても有難いことや世の中の悲しみを減らすようなことを言った聖者や偉い人は人々が語り伝えていく
*************************************************

>人間は死者とは完全には切り離されない

そこは、私も、結構、重要なポイントだと思います。

以下は、内田樹氏の「死者」に関する文書です。
****************************************************
人間は死者ともコミュニケーションできるというか、死者とのコミュニケーションこそが人間的コミュニケーションの原型である、というのが私の考えである。
だって、人間以外の動物は死者とコミュニケーションしないからである。
葬儀というものを行うのは人間だけである。
「正しい葬送儀礼を行わないと死者が祟る」という信憑を持たない社会集団は存在しない。
「祟り」というのはすでにして(ネガティヴなかたちではあるけれど)死者からのメッセージである。
「死者がもたらす現実的効果」と言い換えてもいい。
「正しい葬送儀礼」を行うと、死者は「去る」。
「葬送儀礼」を誤ると(あるいはネグレクトすると)、死者は「戻ってくる」(「幽霊」をフランス語ではrevenant 「再帰するもの」と言う)。
そして、「正しい葬送儀礼」、つまり死者をして去らしめる唯一の儀礼とは、死者を忘れることではない(その点でサンヒョクは誤ったのである。「サンヒョクって誰?」という方はこの部分はスルーしてね)
正しい喪の儀礼とは、「死者があたかもそこに臨在しているかのように生者たちがふるまう」ことなのである。
手を伸ばせば触れることができるように、語りかければ言葉が届くかのようにふるまうことによって、はじめて死者は「触れることも言葉が届くこともない境位」に立ち去る。
死者に向かって「私たちはあなたといつでもコミュニケーションできるし、これからもコミュニケーションし続けるだろう」と誓約することによって、死者は生者たちの世界から心安らかに立ち去るのである。
というふうに私たちは信じている。
この逆立したコミュニケーションの構造が人間の人間性を基礎づけている。
****************************************************

たしかに、・・死者を縄で縛るなど方法があったようですが、「たたり」を恐れてでしょうし・・・
殉死や、埋葬品も・・そういう意味があるのでしょう。

人は、死者を単なる、「動かない物体」としては、意識できない。
なんらかの影響力がある存在として、扱うから・・・葬儀となるのでしょう。

これこそ、宗教、宗派関係なく・・・「宗教的」行為です。

いくら、自分は、何も信じてないし、宗教的でないと強弁しても・・・

さっきまで生きていた身内を、単なる「動かない物体」として、扱うことへの「抵抗感」は・・
実は『誰もが』・・「宗教と無関係ではない」ことの「証明」になってますね。

もし「死者」として「存在」するという「感覚」が、人にないなら・・葬儀は不要です。
科学的には「動かない物体」と理解していても・・・その「感覚」には、逆らえないのでしょう。

その感覚にも、逆らえる、完璧な合理主義者は、なかなかいないでしょうね。

この「感覚」は、人に、自分の先祖との「連続性」を感じさせるものになるのでしょう。

そういう宗教性とは、教わるというより、人間に、内包されているものなんでしょう。
だから、そこから、完全に、逃げられない。
人生を豊にもするが・・場合によっては、利用される。

【2605318】 投稿者: 動機が大事だよね   (ID:h16oi7Ve1fY)
投稿日時:2012年 07月 04日 20:28

流石は適性さん・・・・・なるほどです。


さて、報告です。

今年は水路でも上の池でも鴨が子育てをしていません。それどころかいつも寝ぐらにしている池の周りにもいなくなりました。これらは渡り鳥ではなく留鳥のカルガモです。


例年、水路と池で3組ぐらいが子育てしているのですが今年は皆無です。やはり放射線の影響が当地まで及んでいるのかもしれません。


生き物は地磁気の変化や人間の感知できない自然界の変動を感知できるそうです。
去年は子育てしました。今年は降り積もった放射性物質が川に流れ込み植物や微生物ひいては鴨の生殖にまで影響を与えたようです。


去年福島爆発時に関西まで逃げた人を「ちょっと大げさ」と思いましたが正解だったかもしれません。静岡や狭山のお茶、柏その他のホットスポット。俳人の俵万智が石垣島まで避難しましたが・・・・・・・彼女こそ子孫のために親の務めを果たしたのでしょう。


今年西高や海城などの関東勢が多く京大に進学しましたがこれも先見の明があったようです。東大には柏キャンパスがあります。


私は鴨見の楽しみを奪われただけですが・・・・・・被災地周辺の人たちの健康が懸念されます。食物の安全は大丈夫なのだろうか?


大震災をきっかけにオウムのハルマゲドンや世界最終戦争などの・・・・終末思想が復活しないことを願っています。

【2605381】 投稿者: 遺伝   (ID:93/682YqVjc)
投稿日時:2012年 07月 04日 21:25

あぁ、鴨まで!
残念です。違う安住できる場所があったのならいいのですが。
そもそもあの時期、フクイチの全体の設計を請け負っていたという某メーカーは、
関西を超えて、早々に九州に本社機能を移したようですから…。

よくも悪くも原発云々の話には、当初大騒ぎした私も、感覚が麻痺してきています。
(福島の方達がおかれている状況はまた別)
ハルマゲドン的思想の心配は、それほどないんじゃないかしら。
それ以上に、火山の連鎖的な噴火や、ミニ氷河期到来話の方が、最近は気になっています。
こちらに何かあれば、終末思想に直結しそうかも。なんとなく。

【2605888】 投稿者: 神戸観光案内2   (ID:.AxEQYlknyA)
投稿日時:2012年 07月 05日 10:19

皆様、おはようございます。


一夜明けて、まだ頭の中が完全に整理されたわけではないですが、少しずつ言葉を紡ぎだしていこうかとおもいます。


おっとその前に。動機様、良い本をご紹介くださり、ありがとうございました。


読んでみて、なるほどと思った事、謎が深まった事、わからないままの事・・・いろいろですが、まず頭に浮かぶことは、
麻原彰晃という人間の強烈な自己愛と、それに矛盾するような自信のなさ、です。


盲学校生時代、先生に人の立場を思いやることの重要性をどんなに説かれても、まるでその言葉が全く意味をなさないまま
彼の頭をすりぬけていくような状態。まるで人に共感することを「積極的に」拒んでいるかのような態度。
なによりこれが衝撃的でした。
盲学校の先生の言葉「智津夫にあるのは自我だけです。自我に敵対するものは徹底的に排除する・・・」はおそらく的を射たもの
なのでしょう。
これに関しては、サリン事件直前の上海での説法が印象的です。
その部分、「真理」「救済」の言葉を「私」に置き換えたら、すーっと入ってきました。このころの麻原の狂気がかった権力欲、
金銭欲・・・あれだけ肥大化した集団の頂点にたって、結局自我に完結しています・・・


また著者も述べていますが、麻原は「人」を信じていなかったのですね。彼にとって自分以外の人間は、利用するか・されるか、
支配するか・されるか、のみの対象。
さらに「人」を信じない(信じられない)というのは自分のことも含まれていたのではないでしょうか。
だから信者が無条件に自分を頼ってきても、それを信じてまるごと受け入れることができず、その信頼感に応えきることもできず
(ちょっと立ち止まって考え迷ったことはあったものの)結局薬や恐怖、快感などでがんじがらめに縛り付けておかなければ
安心できなかったのかなと、思います。
まさに「蜘蛛の巣」ですね。


矛盾といえばもうひとつ、驚くほど幼稚(?)な面と極めて狡猾で計算高い面がひとりの人間の中に同居しているという点も
興味深いです。
例えば衆議院選挙の選挙運動でのパフォーマンスは、盲学校の選挙でお菓子を配ったという行動以上に、私には不可解です。
あれで本当に当選できると思っていたのでしょうか。
一方で、金儲けや人を誑かすことには抜け目がない。
本人の言ったとおり、「矛盾のなかで生まれ、矛盾のなかで生きた」のか・・・


最後に、疑問に思ったことをふたつ。
まず、麻原がひとを思いやることを基本的に受け入れられなかった点について。
これは、彼の不幸な生い立ちが原因で、周囲の人間がある程度の期間適切にかかわることで矯正し得たものだったのかどうか。
それから、あの上祐までもまるめこんだ話術はどのように獲得したのか。
これについては西山祥雲という宗教家から詭弁術を身につけるよう助言されるくだりがありますが、それから自分なりに本を
読んだりして研究したということなのかと推測していますが。


麻原彰晃という人間が出てきたのは必然なのか、偶然の重なりだったのか・・・第二の麻原は絶対に現れてほしくないですが。
今私たちにできることは、やはりからめ捕られないようにすること、くらいなのでしょうか。

【2606539】 投稿者: 適性   (ID:8dwRaJ3Aa1Q)
投稿日時:2012年 07月 05日 18:59

たいがいメンドクサイですが、

『このスレッド』について・・・・ちょっと書いておきます。(興味ない方はスルーして下さい)

私も「原理原則」は真っ白だから、魅力的なんだと思ってます。
一般化した「原理原則」は、有効だし、価値があるから、「原理原則」になるのでしょう。
また、原理原則は「強力」です。また、攻撃にも使えます。

さて・・このスレッドは・・・
■「陰謀論は、適当なとこで、やめときましょう。」
■「無視や、攻撃的な人は、遠慮して。」
ということになってます。

「原理原則」から、「これら」を、批難する人「も」います。
「排他的であってはならない」とか、「言論の自由」とかが・・・この場合の「原理原則」なんでしょ。

批難する人でも、一応・・『条件付原理原則』のには、たぶん、同意していますよね。
「無条件」の「言論の自由」はないですから。(何度も書いてますが)
常識とか、良識とか、社会的妥当性を、前提「条件」には、してますからね。

このスレッドでも・・・『条件付原理原則』採用されてますよ。

「言論の自由」はあります。が・・

ここは、陰謀論の、信憑性をどうのこうのする趣旨のスレッドでもないですし、
陰謀論を、広める場所でもありませんし、
「深くやりたい」ないら、別のところが、いいのでは?

という理由があって・・

「陰謀論は、適当なとこで、やめときましょう。」

ってなってるわけです。ここの人の多くは、それで、ゆるーく合意形成されているのではないでしょうかね。さて、そんなに問題でしょうかね??
このスレッドで、陰謀論を主題にする、「必然性」がないのですよ。ただ、それだけないのにね。

みんなで、野球やってるとこに、1人で、サッカーボール蹴り込まないでしょ。
でも「なんで、サッカーボールなんだよ」と言われたら。
「このグランドは、お前のものか?」とか反論されそうですが。(笑)


次に・・・

「排他的であってはならない」のは、そりゃ、そうですが・・

しかし、他者への身勝手な「攻撃性」ってのは・・「排他的扱い」をうけても、自業自得でしょ。
多分、この文章のままなら、ほとんどの人が同意するでしょう。同意しない人はいますか?

他者への身勝手な「攻撃性」がある人に・・

「無視や、攻撃的な人は、遠慮して。」

ってなるわけです。これ、おかしいですかね?
攻撃的な人には、そりゃ排他的になるでしょ?原理原則知ってても。


じゃあ、なぜ、このスレッドの排他性とか、言論封鎖とか、過剰?な批判がされるのか???
批判ができるのか??

それは、批判する側は・・・・

「真っ白な服(自分になんの責任なし)」で、批判していることに「している」からです。
(もしくは、真っ白じゃないが、たいした汚れじゃない。とか)


まあ・・誰もが、条件付「原理原則」であることを理解しているのだが・・・
自分「だけ」は、なにをしても、なぜか・・条件を「無効化」してしまう人がいる。

他者への身勝手な「攻撃性」が「ない」のであれば(条件をクリア)・・・そりゃ・・このスレッドでも排他的扱い受けないですよね。(他に理由があれば別ですが)
逆に言えば・・
他者への身勝手な「攻撃性」が『ある』から・・排他的扱いを受けているのですよ~。

排他的扱いを受けて・・文句を言う方・・・。

なぜ、排他的扱いを受けたののですか??身に覚えがないのですか??
他者への身勝手な「攻撃性」が『ある』でしょ???少なくとも、多くの人に、そう受け取られた。

まあ・・・絶対に、認めないでしょうね・・・
他者への身勝手な「攻撃性」が『ある(あった)』 ということを。
他者への身勝手な「攻撃性」は、排他性に直結しますからね。(まあ、防衛ですからね)

攻撃を受けた側、排他的扱いをする側は、『ある』といい。
攻撃した側、排他的扱いを受けた側は、「ない」という。

白装束が、攻撃の返り血で、汚れても、「真っ白」といいはるのでしょうね。
世の中、攻撃した方が、攻撃じゃないとい言えば、「攻撃じゃない」のでしょうかね。

それとも・・・無条件の「原理原則」主義者なのでしょうか?
攻撃的な人も、排他的であってはいけない。?

それから・・個人的には・・
自覚的に、他者への身勝手な「攻撃性」を表現して、その批判を受ける。排他性も受ける。
なら・・・まだわかる。が・・
他者への身勝手な「攻撃性」を表現しといて、その批判や排他性は「拒否」する。
(たいがい、原理原則論をだして拒否する。批判する。)
それは~通らんでしょ。通るの?
「なに」をしようと、原理原則の「例外」条件にならないなんて・・・都合よすぎるでしょ。
自分のしたことの、「反作用」を、「原理原則」を盾に、ぐたぐた言うなって感じで~す。

ということで・・・

私は、このスレッドは『無条件の原理原則』ではなく『条件付原理原則』採用してると思っています。
(当たり前ですけど)

まあ、主要メンバーによる、ゆるーい合意形成はありますが・・・
特に問題がなければ、排除的でもないですし、発言の自由もありますよ。
皆さん、(他者への配慮はありますが)好きに発言していると思っていますが・・。

【2606666】 投稿者: 遺伝   (ID:/DM1uGOkHYk)
投稿日時:2012年 07月 05日 21:02

あれ? 今日はさっき初めてここへきたら、話の流れがなんか変。
削除投稿があったのかな。。
位置的に推測するに、私の先の投稿?
でも火山もミニ氷河期も、陰謀論やオカルトとは関係ないし。
まあ、いいや。気にしないでおこう。

【2606771】 投稿者: 愛読者   (ID:wDIPmLoDEhw)
投稿日時:2012年 07月 05日 22:20

適性様

2校目の途中から、ずっとロムしておりまして、
この「ゼロ」になって少ししてから、少し書き込みをするように
なりました。

この「ゼロ」に引っ越された皆さまは、適性様のおっしゃっていることに、
その通りだ、とお思いになっていらっしゃると、思います。

それから、スループ様とのやりとりの中で、適性様は、信者の子どもに対する
「差別」を容認する発言も、されていませんから、

適性様の発言を あえてねじ曲げて「こう言った」 として、
批判してくる方がいたとしても、「そんな事言っていないでしょう」と
皆さん、一蹴するだけのこと、と思います。
常識ある大人として、文章を読むことができる人であれば、誰でも、
そのように判断する、と思います。

それから、スループ様と適性様のやりとりについては、
私は、大事な論点が含まれているな~、と思っていまして、

ですから、それが変な形で、このスレではなく、違う場所で、他の動機のために、
利用されることは嫌だな、と思っています。

スペシャル連載

すべて見る

サイトメニュー