アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
くそ親父さん、お医者さんたちに対してあまりにも失礼ではないでしょうか。
町医者が全ての設備を流され、満足な治療ができなければ医療過誤で訴えられる社会ですよ。
今まで地域の医療を支えて来てくださったお医者様に対して感謝すべきでしょう。
地域、時代様
ピアノは何とか無事に終わりました。が、その後、熱出してしまいました。
22頁も暗譜したから脳が疲れたのかも(汗)
大英博物館の2回目を見ましたが、大理石に着色していたというのは驚きました。
あそこまでしっかり着色してあるとかえって安っぽく見えてしまう感じがしましたけど…。
まあ、考えたら古色蒼然とした仏像も渡来した当時は「御顔きらぎらし」と言われていたようですし、
古代人にとってはあれが美だったんだろうと思いました。
こちら側が勝手に白い方がかえっていろんな想像力をかき立てられるから良いのに、と思うのは
人工の色に飽きているからなのかもしれないですね。私だけかな。
息子さん、地域、時代様より大きいんですね。もしかして190cmくらいあるのでしょうか?
うちの息子が私を追い越したのは中2のときでしたが、追い越されてほっとしたという思いと何だか悔しいという思いがありました。
これから見下ろされるのか、今まであまり見下ろされた事は無いのにって(笑)
ここにいらっしゃるお父さん達は息子に追い越された時にどんな風に感じられるのか、お聞きしてみたいです。
ピースさん
私は180㎝ちょい切れくらいです、(高校時代は180㎝確実にありましたが数ミリ縮んじゃいました)
息子は182㎝くらいです。
息子が小学6年の時すでに165㎝有ったので(ちなみに私は157,5㎝)すぐに抜かれるかと思いました
が高校1年くらいでしたかね。
特に感慨は無かったです、むしろもう少し大きくなるかと思っていました。
でもベットからはみ出して寝ているのを見ると、大きくなったものだとも思いもしましたが・・・
遺伝さん、レスありがとうございます。
私は一所懸命という言葉が好きです。
努力も大切だと思っています。
でも、言葉では簡単に言えますが、やりきるって難しいですよね、
これだけ継続的にできていれば、私も名を残す人間になれたかも
知れませんが、無理でした。
でも営業に係った年数が長いので、あの番組の女性の営業力には
脱帽しました。
大したもんです、あそこまでやりきれる人はそうはいませんよ。
アホおやじさん
>町医者が全ての設備を流され満足な治療ができなければ・・
これは被災地の医療現場の話ですよね。
被災地のことは先程書きませんでした。
>今まで地域の医療を支えて来てくださったお医者様に対して感謝すべきでしょう。
>お医者さんたちに対してあまりにも失礼ではないでしょうか。
直接被災をしなくても、原発事故の影響で人口減著しい地域の開業医が自院運営を継続する、
これは例外です。ものすごく大変なことですから。感謝すべき対象だと思います。
平時の仕事、やるべきことをやるのはどんな職業でも当たりまえです。
平時に地域の医療を支えることは当然の業務です。そのプロなのですから。
その平時の行動に対して感謝するのもされるのもいいことだと思います。
しかし、
先ほど書きましたのはそういう場面ではなくて、
番外編の仕事が抜き打ちで発生し、しかもそれをおこなう義務も規定も契約もない中で、
自院の休診日を利用して自院を離れ、家族を残し、自身不在中の患者への対応策を講じたうえで、自前で被災地に赴き積極的に医療行為を行う開業医が多く見積もって20%おられる一方、まったくそういうことに無関心な医者が80%もいるということです。何の行動もとらなかった非被災地の開業医の80%は、3.11の件で感謝されるようなことは何もしてないのですから、3.11の件で彼らに感謝の意を表す必要はない。
何の行動もとらなかった非被災地の開業医の80%も、その非被災地の自院で日常業務を粛々とこなしたことは、ただ単に日常通りに仕事をしただけのことです。その日常業務のみに終始し、『遠くで困っている患者やその家族、医療機関や同僚の手助けをなんとかしたい』を行動で示さない医者に対して、わたしは失礼なことを言っているとは思いません。
もちろん、行動しなければならないという決まりがあるわけではありませんから、感謝もしない代わりに、責めもしません。
ただ、そういう現状に、これでいいのか、という疑問を大いに感じるだけです。
■視点さん
>普通に読めば、そういう傾向があるとか、そういう人が多いという意味ですよ。
>「全員が」って決めつくてるのは適性さんくらい。
返事しますが・・・なんか、向こうで「広がってますよ~」視点さんのせいじゃないけど。
私はね・・・
そんな厳密に、「全員が」「1人残らず」に拘ってないよ。
>「ここの、ほとんどの生徒が、受験のこと以外、全く考えられない生徒なのか?」
って書いているし
視点さんの表現は、ほとんど全員?と思える表現に近いでしょ???
メンドクサイから引用しないけど。
では・・100%じゃなければ・・90%? 60 50 30??
例えば、そんな子は、こちらは、10%もいないと思っていたと「仮定」しましょう。
少なくとも、90% 80% を意味していたとしだよ・・
『差が大きすぎれば』・・たとえ「傾向だといっても」同意できないでしょ?同意するの??
事実としての認識に「大きな差がある」のだからね。
傾向って言葉は便利だけと、盾にしてるんだよね。「差」を帳消しにしてるのでしょ?
以前、そのパーセンテージまで、言及してくれましたよね。
その発言をまとめると。
「理Ⅲ」受験生の・・なんと『7割』は『偏差値至上主義』に「洗脳」され、小学校低学年から、大学受験までの間は、ずっと「頭の中は受験でいっぱい」で、他のことも考えられず、立ち止まって将来のことを考えることもできないままの「極端」なキャラクター。
ということでしたが・・・今も、それで、よろしいでしょうか??
かなり、正確に、視点さんの、考えがわかりますが・・・『事実認識』はあってるのでしょうか?
7割の確認方法は、わかりませんが・・・そうであるなら、確かに、大変です。
皆さん、きっと、将来のことは、それなりに「考えている」と思いますが・・・
野球で結果をだした子の多くは、野球のことを、「しっかり考えた」子だと思う。
受験で結果だした子の多くは、受験のことを、「しっかり考えた」子だと思う。
でも、「他のこと」を、しっかり考えられないということもない。
野球でも受験でも、結果を出したからって「洗脳されている、他のことが考えられない」わけではない。
■視点さん
お返事します。が・・・(なんか、広がってる??)
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>「理Ⅲ」受験生の・・なんと『7割』は『偏差値至上主義』に「洗脳」され、小学校低学年から、大学受験までの間は、ずっと「頭の中は受験でいっぱい」で、他のことも考えられず、立ち止まって将来のことを考えることもできないままの「極端」なキャラクター。
>ということでしたが・・・今も、それで、よろしいでしょうか??
(適性さん)
そういう傾向があることは事実でしょ。
平均的な大学生と比べたらもちろん、平均的な東大生と比べてもそうでしょう。
やりたいことで学部を選ぶ文学部の学生なんかと比べたら、圧倒的に顕著でしょうね。
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あのですね。
「理Ⅲ」受験生の10人中7人が、こういう「極端」なキャラということが「事実」なのか、
『再度質問』してるのです。
そこを、答えてください。自分で主張したことなんだから。
まあ・・
傾向を、他との「比較」でいう場合ありますね。
では・・・平均の東大生が100人中 1人と仮定しましょう。(わかりませんけど)
次です、理Ⅲは、100人中 5人と仮定しましょう。
この場合も、「圧倒的に顕著」になりますよね。なんと「5倍」ですから。
そうであっても、別に残りの95人であればいいだけです。
気をつければいい。
でも、視点さんの主張では、100人中 『70人』ですからね。
気をつけても、ほとんど「極端」なキャラになってしまう。
それは、「事実ではない」と思ってるのですけど。
さて・・
文章とは不思議なもので・・・
同じような、文章なのに、その言葉の「質」によって、「とらえかた」「影響」が、全然、違うのですよね。
文化論などで、
「アメリカ人は、イギリス人は、日本人は・・・●●である。」
皮肉もありますが、まあ、ユーモアがある場合が多い。
その場合、素直に、そういう「傾向」があると、思うわけです。
あまりに「酷い」ことは、いわないですしね。
たとえ、多くがそうであっても、「特徴」として、認識するぐらいで、相手が怒ることはないのです。
どちらかというと、褒め言葉であれば・・・
「あなたの民族は、親切ですね。」といわれ。。たとえ、自分は、親切じゃなくても、怒らないですし、不快にもなりません。
「あなたの民族は、自制心が強いですね」でも一緒。
心の中で、「そんな、親切でも、自制心も強い人多くないけど・・・まあ、多いと思ってくれるならいいか」・・と感じるでしょう。
たいした、問題が発生しないのです。事実・・多かろうが、少なかろうが・・・
ところが・・・
とても『否定の要素が強い』言葉が入った場合。言葉の「質」が変わると・・
とたんに・・注意が必要になります。
「あなたの民族は、残虐ですね。」といわれたら。
たとえ、自分は、残虐でなくても、他の多くの人は、残虐ということですし、それは不快になりますよね。
少なくとも自分の知る人(家族、友人、知人)には、残虐な人は、「多くない」と感じているなら、やはり、違うと思い、怒りますよ。それは、言いすぎだろってね。
そういう感情になった時は、基本的に「ほぼ全員」を批難されていると感じる人は多いと思いますよ。
(自分でも、ほんと、残虐な人ばかりと思っているなら、怒らないですし、別ですよ)
「残虐」と言った人が・・後で・・
『君は違うよ。傾向だよ。全員ではないよ。一人残らずではないよ。でも、とても多いよね。』
と言ったからって、何か気持ちが変わりますか???すっきりしますか???
「それは違う」と思いながらも、まあ「傾向」だからと・・なんの感情も動かずに、流せる人も、いるのでしょうか。「そうかもしれない」と思えば、怒る気になれないでしょうけど。
「下品」とか・・「ドーピング」とか・・「自分さえよければいい」とか・・「●●を金で買った」とか・・「浅ましい」とか・・そういうのも、一緒。
それを、集団(属性)に当てはめる場合は、かなりの事実が確認されないと、「誹謗中傷」になる可能性が高いのですよ。
「あなたの会社の社員は、冷酷ね」といわれて、そうだろうな・・と認める場合もあるかもしれません。
例えば、ブラック会社に就職してたりして、染まっていたらね。
ほとんどの社員が、客を、騙した事実があるのなら・・・「誹謗中傷」ではない。































