アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
公立一貫様
鴨川を渡る…聞いてはいませんがもしかしたらやっているかも知れません。
高校の時も選手兼マネージャーのような仕事をしていたので、
今のサークルでも旅行の手配だったり幹事だったり鍋奉行だったりを
どうも率先してやっているらしいです。
なので、三条と四条の学生が利用できる店は殆ど知っている、と豪語してます。
母としては複雑です。そんな情報がいつか役に立つのかもしれないですが。
白砂様
子供の友人の出身高校、私も聞いてしまいます。別にそれで何かを判断しようとする訳ではなく、
話のとっかかりみたいな感じで。
今は離れて生活しているので、どんな事でも良いから聞きたい、という事もあります。
偏差値的な事ではなくて、息子の友人がどんな子かなあ、という興味ですね。
ごくごく個人的な印象ですが、私立出身の子の方が面白い子が多いようです。
学校の持つ何か(建学の精神だったり伝統だったり)が影響しているのかもしれないな、と思ったりしています。
適性様
「先入観」は、何かの判断を下す時の材料のひとつとして、振り回されずに適切に使えれば問題はない、ということですね。
ただ、やはりこれは純粋な情報とはちょっと違って(そんなものがあるのかという話は置いておきまして 笑)、例えば私がウン十年生きてきた中で積み重なったいろいろなもの(価値観や感情など)
が複雑に絡み合っているでしょうから、あくまで扱いは慎重にせねば、と思います。
世の中にはこちらを立てればあちらが立たず、というようなことが当たり前にいくつもありますから、
私たちはしょっちゅう複数の選択肢のなかからどれを選ぶか、判断に迷いますよね。
選ぶのではなくて、自分で材料を吟味して、どう料理するか決めるときも。
正直に書きますと、自分で考えて自分で決める、って、とてもめんどうだし、しんどいです。(苦笑)
これでいいのかどうか、その段階ではわからない、もし裏目に出たらと思うと、怖くもあります。
結局、自分の判断基準に自信がもてないのですね。
それでも、前に進まないといけない時。
公立一貫様が、「バランス」という言葉を書いていらっしゃいましたが、考える中でバランスを保とうと意識すること、決めたあとも確かめながら、必要ならば少しずつでも軌道修正すること、これだけでも少しは違うかなと、感じています。
まあ、一度決めたらもう変えられないこともありますから、そう単純にはいかないとも思いますが。
ピース様
私も、息子の友達がどんな子か知りたくて。話を聞きながら、普段大学で一緒にどのように
過ごしているのかなあと、想像してます。笑いのネタを提供してもらう感じになってしまっています。
特に宴会の時の話は・・・
そういえば息子もやっと前期試験が終わり、さっそく部活で「試験お疲れさんでした宴会」をやるそうです。
なんだかんだ、理由をつけては、飲んでます。(苦笑)
ピースさん
> 三条と四条の学生が利用できる店は殆ど知っている、と豪語してます。
> 母としては複雑です。そんな情報がいつか役に立つのかもしれないですが。
そんな情報はいつかきっと役に立ちますよ、10年後、20年後、30年後
息子さんが、世界のどこで活躍されようと、京都にふと立ち寄った時必ず
行かれるでしょう、
学生さんの店なら、将来必ず残っているかどうかは判りませんが、飲み屋以外にも
歴史ある喫茶店とか、小料理店とかは有るでしょう。
木屋町だけではなく先斗町の店の方が将来も残っている可能性は高いでしょう。
息子さんはたぶんこれから先斗町の方を使われる機会が多くなるだろうと想像してます。
(もちろん、仕事でも、プライベートでも)先行き楽しみで頼もしいですよね。
白砂さん
> まあ、一度決めたらもう変えられないこともありますから、そう単純にはいかないとも思いますが。
そうなんですよね、人生は岐路選択の連続だと思います。
そんなに単純に可否を決められるはずもない。
でも、決めなければならない局面は必ずある、さてどうしようと・・・
例えば、中学受験にするか公立中学にするかなどの選択もそうなんでしょう。
結果から語るにはそんなに単純なものではない、本当に子供のために正しい
選択だったのかどうかは子供の人生がどうだったのかを見極める必要がある、
でもそのとき親はこの世に居ないというジレンマに囚われる。
私はもう少し人生が残っていると思うので、あと10年もしたら、息子に
中学受験をさせて良かったかどうか聞いてみようと思います。
その時どういう返事が返ってくるか・・・現時点ではわかりません。
■白砂さん
***************************************
「先入観」は、何かの判断を下す時の材料のひとつとして、振り回されずに適切に使えれば問題はない、ということですね。
ただ、やはりこれは純粋な情報とはちょっと違って(そんなものがあるのかという話は置いておきまして 笑)、例えば私がウン十年生きてきた中で積み重なったいろいろなもの(価値観や感情など)
が複雑に絡み合っているでしょうから、あくまで扱いは慎重にせねば、と思います。
*****************************************
そうですね。「あくまで扱いは慎重に・・」は、そうです。
「先入観」は、誰にでも「ある」のです。ない人はいません、まったくなくなることもありません。
だから・・・『取扱注意』なんですよね。
『取扱注意』しない場合が、問題なんですけどね。
■ピースさん
*****************************************
いじめた側を出席停止にして一度人間関係をリセットする機会を与えるのが
何故すんなり出来ないのかが疑問です。
*****************************************
>(実際、本人が認めない限り、先生は、断定的に相手に反省を促すのが難しいのですよね・・・・体験しましたけど・・先生は、そこらへんが限界ですね)
と書きましたが。
学校は、捜査機関じゃないので、先生側から「断定」するのが難しい。
それこそ、先入観なしに、確認しなくてはいけないですし。
昔は、あやしい段階で、先生に直接「確認」されれば、多くの生徒は、「認めた」のでしょうけど・・・・
先生側が、個人的には、「いじめがあった」と確信しても。
先生は、「認めない相手」には、それを「断定」するだけの、リスクを負うことを選択できない。
なぜなら、逆に、教育委員会に、その子の親が「いいががり」として、訴えると、へたすると先生が処分されます。
よほど、「学校全体」で、その先生をフォローしないと。
または、映像が残っているなどの、「誰がみてもわかる」証拠がないと・・リスクだけです。
少なくても「断定」されないと、「処分」できないですから・・
現在、先生の立場は強くないようです。
先生の確信だけで、そういう、対応するこほどは・・
適性様
おっしゃる事はよくわかりますし、その通りだと思っています。
確信や証拠がない限り、処分は難しい事もその通りだと思います。
昨日の朝日新聞の投書欄に北欧の学校は出席停止に出来るからいじめは少ないという投書が載っていましたが、
日本でもガイドラインみたいな物を作ってそれに抵触したら即出席停止の措置が取れるようになると良いのですが、
なかなか日本ではそうはいかないものなのでしょうか。
金銭的なやり取りがわかった時とか。
少し横にそれます。
私は小学生の学習教室に少し関わっていますが、この頃の子供達は本当に酷い物言いです。
気に入らないとすぐ「し・ね」とか、試験の出来が悪いと「もう自殺しかない」とか。
相手を泣かすまで嫌味を言って、泣いたら「あ、泣くんだー」です。
先生にも「あんた」呼ばわりです。
放課後の(勉強熱心な子の来る筈の)学習教室でもそうなのですから、学校ではもっと酷いのだと思います。
先生もそういう物言いに麻痺しているから、「遊びです」と言うと「そうか」とスルーしてしまうのかもしれません。
先生の有無を言わさない強権的な指導は反発を招くし良いものだとは思いませんが、
「いじめは許さない」という事を強い態度で子供に示す事は可能だと思います。
これなら立場が弱い先生でも大事になる前に何とかできるのではないかなあ…。
自分の経験している日常からいろいろ言いたい事があるのですがうまくまとまりません。すみません。































