アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
遺伝様 企業人様
ありがとうございます。
自分を信じて、ブレずに頑張ります!
そして、みなさん、教育の話題に戻って下さいね。
私のために本当に素晴らしいアドバイス、本当に本当にありがとうございました。
■地域、時代さん。
地域、時代さんの目標も、ぶれてません。いろいろありますが、大丈夫です。
ここからは・・ちょっと・・雑談です・・・
■信頼感さん 量的さん そして、興味がある人は・・・どうぞ・・
「オウムの信者の脱洗脳」の苫米地氏が、デジビジで話ていたので、見たのですが・・・
● 苫米地英人-デキビジ で検索すれば、youtubeで見れます。
洗脳や、ウソ、企業文化、コーチングについて、語っているのですが・・なかなか面白かったです・・・教育にも、参考になる部分も多くて。
見出し的に書けば・・・
■洗脳について
・洗脳とはなにか?
・まともな人ほど、カルトに騙されやすい。洗脳が何かを知るべき。
・脱洗脳は、カルトにいつまにか、書き換えられた、ゴールを、「自分のゴール」に戻すこと。
・カルトは、上手なウソツキによって、成功する。
・ウソツキはなぜできるのか?・・後天的部分が大きく、教育の問題。
※信頼感さんが、重要視する部分でしょうか?
■企業カルチャー
企業文化を二つに分けて
have to カルチャー と constructiveカルチャー(wont to カルチャー)
比較
constructiveカルチャーが業績的にも、優位であって
お互いのエフィカシー(自分の能力に対する自己評価)を上げあう企業カルチャーを目指すべきと提案。
※量的さんの言う、各人がリーダーシップを取れる、環境にも・・関係するのではないか?少なくても、自分の固定されたコンフォートゾーンに、相手を引き摺り下ろすことをしない。
※信頼感さんの、娘さんが、参加したキャンプのイメージなんです。
※これも、『教育』でも共通する部分と感じました。
■コーチング
目標(ゴール)設定と、自分が短期的に、目指すコンフォートゾーン(心が落ち着く状態)の設定
※これも、「教育」に参考になると感じられました。
>・脱洗脳は、カルトにいつまにか、書き換えられた、ゴールを、「自分のゴール」に戻すこと。
なるほど、ゴールを換えるって表現はしっくりきますね。
催眠療法でもカウンセリングでも、一旦心に深く刻まれてしまった傷を別の価値観で再認識(解釈を換える)させることで治療するようです。
例えば、子供の頃に受けた傷の場合、傷の解釈は当時のままです。従って大人になっても子供の頃の価値観のまま。だから大人になって成長した自分自身の価値観によって当時の傷と向き合い解釈を書き換えるらしいです。ネガティブな当時の解釈をポジティブに書き換えることによって抑圧から解放する・・・つまり、「ゴールを換える」ということなのでしょうね。言葉にすると単なる自己啓発ネタみたいですけど・・・。
>・ウソツキはなぜできるのか?・・後天的部分が大きく、教育の問題。
そうそう、毎度同じですが・・抑圧から自分を守る解決策の一つがウソですから。抑圧の原因は現世のものだから環境因子ですよね。(先天性疾患を除く)
>have to カルチャー と constructiveカルチャー(wont to カルチャー)
Have toは一元的価値観だし、合理的に効率よく一つに収束する・・父性的価値観と云えなくもない。(先生もデキビジでhave to=抑圧って述べていましたし)更にhave toカルチャーは価値観外の属性をコンフォートゾーンに引きずり下ろす・・老婆心という名目で。
確か、著書でコンフォートゾーン=縄張りと述べられていました。縄張りの外は常に危険だから動物は出たがらない。だからコンフォートゾーンの中でしかパフォーマンスを発揮できないとか・・・なんとか。
コンフォートゾーンを抜け出すには、危険を顧みず縄張りの外に出るか、コンフォートゾーン自体のレベルを上げるしかないのでしょうね。
前者は、シンドイし個人の能力依るところが大きいですかね・・・。後者は、意識を変える?解釈を換える??ことで、苦痛なく、むしろ楽しみながらお互いが引っ張り上げるイメージでしょうか・・・。娘の参加したキャンプは、この部分に注力されていたと思います。
Have toカルチャーの方には、コンフォートゾーンが安全地帯なのだろうし、constructiveカルチャーの方には、価値を創出し合える場ということでしょうか・・・。
Have toカルチャー=強制、合理性、~べき、とconstructiveカルチャーとでは、価値の創出規模がこんなにも違うのですから、褒め合う、共感し合えるカルチャーを育みたいですね。
父性を用いる教育には限界がある・・・
母性を用いる教育には無限の可能性がある・・・
どうしてもここに行きついてしまいます。
■信頼感さん
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父性を用いる教育には限界がある・・・
母性を用いる教育には無限の可能性がある・・・
どうしてもここに行きついてしまいます。
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世の中、最低限「しなくてはならないこと」もありますので、父性も必要なのでしょうが・・・
父性、母性、バランス良く・・・教育できればいいですね。
お互いを高めあうという発想は、いいですよね。
教育では、環境設定?というか・・
キャンプだったら「メンター」の動きが鍵なのでしょうか。
相乗効果というか・・自分だけでなく、チームとしてのレベルアップが実感できる。いいですね~。
それから・・
ウソツキについては・・ひどいと、自覚症状もないのですね~。
ある種、自分を騙せるというのでしょうか?
>世の中、最低限「しなくてはならないこと」もありますので、父性も必要なのでしょうが・・・
もちろん仰る通りなんですが・・・父性を発揮した方が、子育てって楽じゃないですか?「こうしろ」「あーしろ」って云った方が楽ちんです。誘導せず、根気よく教えるって・・・なかなかね・・キビシイものがあります。でもそれをやっちゃうと結局have toカルチャーになっちゃう。
難しいです・・・・。
「情報空間の最も低い抽象度が物理世界だ!」って苫米地氏は述べています。彼は、生命も情報だという捉え方をしているようです。(DNAのコピー活動)現実世界で起こっていることは、何となく予測るきるし抽象度としては低い。この抽象度というキーワードを度々彼は用います。
>他者とともに、「価値」をつくれて、その現場・状況をリードできることが、リーダーシップです。(量的様)
量的様の仰る「価値をつくれる」とは、物理世界に囚われず、抽象度を高く表現できる人を指しているように感じます。人々がアップル製品を好むのは、抽象度の高い世界(サービス)を見せてくれるからでしょう。音楽でも芸術でも抽象度の高い意識に触れるとワクワク、ドキドキ感動しますしね・・・。ワクワク、ドキドキには、価値があるんですよね・・きっと。そこには、可能性と説得力があることを予見できるから。
その簡単なシステムを娘の参加したキャンプでは実践されていたように感じます。
>ウソツキについては・・ひどいと、自覚症状もないのですね~。
ある種、自分を騙せるというのでしょうか?
麻原は、確信犯的ウソツキなのでしょうね。(苫米地氏曰く)この時点ならば、自覚症状はあると思うのです。その後、受け入れられない抑圧が彼にはあったんじゃないでしょうか・・・。人間の無意識とは、自分自身の命を救うという命題にのみ過剰反応して、本人の人格が崩壊しようお構いなしの様な振る舞いをします。
自覚症状のないウソツキは、そーとー酷い抑圧経験があったと推察されその逃避思考が常態化してしまったのでは・・・と感じています。自覚症状がない場合、ウソは基本的に抑圧によって命令された責任転嫁システムが稼働しているので他者がウソと認識しても、本人が認めることはできないんでしょうね。認めれば自己否定で命の危険にさらされるから。
またまた、グダグダ書いてスミマセン。
信頼感様、
こんにちは。
(1) 下記の量的に関わる部分を補足すると書いていただいた要約の、『物理世界に囚われず、抽象度を高く表現できる人を指している』と、むしろわたしの想いとは逆です。徹底した物理世界で、具体的な成果が出せることです。その様々なものをくくって「価値」と表現したもので、鍵カッコがついている理由は、具体的な成果物だからです。(*)例えば、人に喜ばれる次の開発の自動車(仮に従来の自動車より格段に優れたものとします)を、リーダーシップを持って具体的に作り出せる人。リーダーシップにはそれぞれ程度があるが、中には、しかもそれをビジネスとして成立させ(→ここ重要)大きな価値が出せる人、これがリーダーシップを持つ人々、ということでした。 別の例では、半導体を使った画期的な電気製品(例えば掃除機とか、テレビとか)を生み出すということも、具体的な例だと思います。
(2) 確かに、「ワクワク、ドキドキ」に価値があるとは思っています。2つあり、まずは(1)に書いたことに資するという意味で、価値がありますし。個人の満足度というもうひとつのものさしでいえば、感動するために生きているようなものですから、ひとりひとりにとって価値があると思います。
・・・でも、会社において説明をする場合には、「ワクワク・ドキドキすればより具体的な価値が作り出せる」という(1)の説明の仕方にします。(ワクワク・ドキドキが価値なのではなく、方法論だとして説明すれば、はじめてわかる人は多いですから)
(*)・・ここの部分は、それを抽象化して書いたという面はありますので、
抽象的なことを目指しているのではないか、と誤解を受けたかもしれません。。
私の場合は、数十億円の案件、を四六時中、ほんとにとことん具体的に考えていてそれが「価値」です。
「抽象化する、整理することに優れている」と評されることがありますが、それは、方法論です。私の場合。
むしろ、構想力・企画力に勝負どころをおいています。戦略企画担当ですし。(というか、自分でそう生きて、思い通りの
仕事、<あるいは部門・課>を作ってきました)
(3)娘さんのおはなしは、低学年の教育過程の話としてとてもわかります。教育で初歩のとっかかり(あるいは気づき)をしていないと、いけないと思います。・・・将来、製造業でもオペレーショナルではない部門では、発想力がなくリーダーシップがないと、リーダーシップ力が大きく期待される職場ではやっていくことが難しいなと思いますので。
<信頼感さんWrote>
量的様の仰る「価値をつくれる」とは、物理世界に囚われず、抽象度を高く表現できる人を指しているように感じます。人々がアップル製品を好むのは、抽象度の高い世界(サービス)を見せてくれるからでしょう。音楽でも芸術でも抽象度の高い意識に触れるとワクワク、ドキドキ感動しますしね・・・。ワクワク、ドキドキには、価値があるんですよね・・きっと。そこには、可能性と説得力があることを予見できるから。
その簡単なシステムを娘の参加したキャンプでは実践されていたように感じます。
適性さん、
こんにちは。ひとつ関連の質問です。企業文化を二つに分けて have to カルチャー と constructiveカルチャー(wont to カルチャー) の比較というので、いえば私の勤める会社はとても大きな会社なので、Have to カルチャーが90%です。(わたしの担当部は印象で言えば、80%クリエイティブですが) そこで、『constructiveカルチャーが業績的にも、優位であって お互いのエフィカシー(自分の能力に対する自己評価)を上げあう企業カルチャーを目指すべき』というとすれば、実現性が極めて低い、と思われます。普遍化に失敗している表現にも感じてなりません。どう思われますか?
<YouTubeはあとで拝見します。>
実践的には、例え、重厚長大の製造業でも、オペレーショナルな部分と、クリエイティブな部分がある、と認識をして、そこで、業務におけるそれらの量的な比率を認識する。目標を見定めて、それに対して、きめ細かい仕事の回る仕組みを考えて、具体的な成果を考え、そこから、やるべきことを紡いでいく、そして、各人の役割を自分で認識してもらう、あるいは、若手社員の育成(教育)を考える、となるのは筋道に思われます。
まずはRESPONSEまでにて。
<適性さん>
※量的さんの言う、各人がリーダーシップを取れる、環境にも・・関係するのではないか?少なくても、自分の固定されたコンフォートゾーンに、相手を引き摺り下ろすことをしない。































