アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
スプリングさん
自己認識の時期は千差万別だと思います。
でも、何か、考えなければならないキッカケを与えられると、
オクテだった人たちのまた何割かは階段を上ろうと思うものかな~って考えます。選択を迫られるということは自己と向き合わなければならないことなので。
でも、適性を判断するのは、難しいですね。息子の学校ではアンケート方式の適性検査みたいのをやりました。群を抜いていた職業は「ホテル関係」でした。誰も納得しませんでした。ちなみに「医師」は最下位に近かったです。
遺伝さん
>現代の都会の子どもは、幼い頃から選択肢が多い
>=自分の未来を考える機会も多い。これはなかなかいいことかも。
本当にいいことだと思います。それは、掛け値なしにそう思います。
6年で子どもを育てる意義も多様にあると思います。
適性さん
息子を一貫校にいれた動機は明確です。しかし、それは、納得するためではありません。選択の動機は一瞬で過去のものとなり、また、次の選択が向こうからやってくるからです。過去を振り返って懊悩もしません。
サトウタケルくんとニシジマさんを選べと言われたら、たぶん、両方選びません。どちらも選べないときは、両方選ばないことが多いです。もし、二人が、遺伝さんのものとなってしまっても後悔もしないと思います、たぶん。あとから、一日くらいデートさせてと頼むかもしれませんが…。まぁ、相手の気持ちもあるし。
ピースさん
経験が無意識を構成する・・・すごく共感します。
息子は、幸せになるために選択するって言います。
その幸せは、「楽」なことだそうです。
でも、それもアリかなと思います。
信頼感さん
今度、前世に遡るお話が伺いたいです。
前世に興味があります。
私学の価値とはかけ離れてしまってすみません。
もうひとつ、他人と違うことをやると、どんどん孤独になる、孤独に耐えられなければ、他人と違うことをやるべきではない、ということは、いつも、考えています。
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企業人様
この言葉、私も深く深く同意いたします。
遺伝ねーさん
そう、、私も思うんですよね。
高校受験って完全に輪切りですよね。
自分の成績に見合った学校へ行く、併願する私立もその公立高校へ行く子が併願する学校はほとんど似たような学校。
中学受験の方が、色んな要素で学校を選びますよね。
中学時代PTAをやっていて面白かった事の一つに、OBパパさんの息子さん達は非常に成績が良いんですよ。
理由は→○に行けてもうちの学校に来てるから。
強烈な愛校心による受験が小学校、中学受験には「ある」と言う事がわからない。
また、習い事を最優先するために、部活動がほとんどナイ学校を選択なさるお子さんもいらっしゃる。
周囲からみたら「勉強一色」に見えるけど、その実、外部で本気のお稽古事、スポーツをしてたりね。
あと、私の友人で、こんなパターンも。
上のお子さんは通塾させた。
塾のテキストも教材も山盛りある。自分が教えていた。→しっかりと勉強するお子さんだったので。それが出来た。
5年時は模試だけ受ける。→位置の把握。
6年の夏休みから上のお子さんと同じ塾に入塾。
で、兄弟同じ学校。
とかね。
このパターンの場合「通塾半年で00中」。
家庭内の事を知らない人達は「珍しいパターン」だけど、家庭教師(母親)付きで中学受験やってたので、内情を知っている私からすれば、当然の結果。なんですね。
またまた、わかりにくい文章で申し訳ない。
中学受験を知らない、批判的に語る人達は、自分達が経験していないので、リアルな現状がわからない。
↓
強烈な愛校心による受験が小学校、中学受験には「ある」と言う事がわからない。
>前世・・・私はそこまで行きつきました(笑)
やはり、行き着いて、ましたか!!
頭がおかしい人だなんて思いませんよ・・・誰だって自由ですもの。
じゃ、過去生や来世も行き着いてますよね。
枕流漱石様って、スピリチュアル系がお好きなのかしら。
シルバーバーチとか・・・。
お考えを伺って、大切にされているところが近いのかなって・・・。
「ある結果が必ず一対一で過去の原因に結びついている」と、私は考えないんですよ。
ある原因から結果に至る際、その過程で予測不可能な遠因がある場合、どんなに精査し、選択を重ねたとしても、その結果には予測不可能な要素が含まれると考えます。つまり、偶然に支配されていると思っています。(予測不可能でも結果論からすれば、予測可能というご意見なのだと思いますが・・・)
因果律のような原因と結果の一致性を私は信じていません。一致性を考え始めると万物には全て存在理由があり、理由から生まれた結果を受け入れられない場合、予測不可能な要素や過去の行いに是正を求めることになり、大変苦しい生き方になると思われます。ヒンドゥー教のように、前世、現世、来世の行いが影響し合っているという考えは、カースト制度を正当化するロジックのようにも感じています。神仙の会の成り立ちもこんな感じでしたよね。
例えば、過去に納得できないのであれば、現在から未来を是正することで過去の結果を得難い経験とすれば、イイと考えたいと思っています。つまり、過去の解釈を現在から未来の解釈に置き換えて受け入れること。(退行催眠治療のようなもの)
話が飛躍してスミマセンでした。































