アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
>現実は仮想。
現実は臨場感を伴うし、仮想だと私は、思っていません。
人それぞれの視方によって現実は、幾通りにも解釈されますから。
>全てのことを懐疑的に考えた場合、
>残るのは「自己」という仮想だけになります。
ん~~ん、ここは難しくて・・・ちょっと意図をつかみきれません。
「自己」は仮想なのですか・・・・。
枕流漱石様の仰る「自己」ってユングの「自我」と「自己」の関係性なのかなって思っていましたが・・・それも当てはまらない感じですね。
私の考えは、「自己」とは無意識の影響を常に受ける現実であり、「自我」とは、意識的に自己演出する部分を含んだ、コロコロ変わるモノ・・・って考えです。
>それって過去生ですか?
もちろん、私には、分かりませんが・・・。
ユングは、集合的無意識の中に過去の記憶があるとしていますよね。退行催眠で過去に遡り、生まれる前の記憶まで遡ると被験者の中に共通な言語や映像がフラッシュするって述べています。
一方、現在では、それらは、後天的に獲得した無意識の記憶によるとの考え方が一般的のようです。記憶は胎児の頃から既に始まっているので本人が無自覚のまま、様々な言語を蓄積しますし、胎児は光を感じますので羊水の中で様々な映像を視るでしょうしね。それらの記憶を自在の引き出すことが出来ないだけ・・・という考えもあります。
ルソーの「告白」同様、ユングも「ユング自伝」で自らの生い立ちに触れています。ユングは、ルソーを強く意識しているのでしょうね。「櫛折り」のエピソードに通じる回顧があります。
確かに、私はコロコロ変わる。
ものすごく優しい時と、自分でも反省しかりの激しい性格になっている時と。
たぶん、私の場合は根っこに持っているものが非常に激しいんだろうな~。
で、環境や社会的なルールの中で自己を抑えている感じ。
自己は幾らでも抑制出来る。
自分が欲しい物を目の前にした時には。。。
でも、自分が興味のないもの、自分が嫌いなものに対しては、ありのまま~。
いや、むしろ叩き潰してやる、って位の勢いになるかな。。
枕流漱石様
高校時代、公立中学から公立高校に進学したので、古文は初めて習う教科でした。
↑
ん??古文は中学校でさわり程度やった記憶があるのですが。
そして、ある地名を見た時、脳内がぐらっとして。
その後、大きな映像でその土地の景色を見る機会があり、
それと知らずに、「私はここに帰りたいの」と周りに人に言っていたのです。
後から、それが高校時代に感じた土地だと知りました。
それって過去生ですか?
↑
私はこのような感覚はあまりないのですね。
デジャブはよくあります。
おっしゃっている事、すごく良くわかります。
中学受験ブーム(と敢えて書きますが)に、塾の商売に乗ってしまい、
お子さんに無理をさせている場合も多いと思います。
↑
ここが、私と考え方が違う所です。
私は「多いとは思わない」のですね。
ごくたまに、おられますが。。。
親が自分自身に対して「子供に無理をさせていないか?」と、思う事は中学受験だけでなく、全ての事に関して大切な「客観性」だと私も思います。
私自身も時々「あ、この気持ちはいけない」って心の中で思う事があります。
子供が5やった。6やってくれないかな~、、、って。
「親の欲」ってやつですね。
私の場合は、自分の頭の中で考えてからでないと、欲深い事を子供に言わないので、子供には伝わっているのかどうかはわかりませんが。
「欲」というのは、親は我が子に対して持ちやすいものである。
とは思います。
>自己は幾らでも抑制出来る。
イヤイヤ抑制できませんよ~~。
抑制出来るのは意識しているからであって、それは「自我」だと思いますよ。
>自分が欲しい物を目の前にした時には。。。
でも、自分が興味のないもの、自分が嫌いなものに対しては、ありのまま~。いや、むしろ叩き潰してやる、って位の勢いになるかな。。
コレが「自己」ですよ。
理由は説明できないけど、判断できちゃうこと・・・それっす。
地域、時代様は、「自己」の振舞う態度に困惑しながらも、その「判断」を信じていて尚且つ評価していると感じています。とてもイイことだと思いますし、羨ましいです。
結局何らかの形で専門の機関で習い事をする機会はとても増えているのでしょう。
塾もそのうちの一つなんでしょうね。
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公立一貫様
おっしゃる事、すごく良くわかります。
確かに、今は「早期教育」が流行しているのか?
これこそが、本当の意味での「専門性を高める意味なのか?」と、迷う時がありますよね。
私は、「間にあう頃にやればよい」という考え方です。
例えば、10歳の頃に始めていれば、花が咲く才能は、そこまで待っても大丈夫。と思っています。
早期に始めた子達は、ある程度までは球技に関しては「勝つ」だろうし「強い」。
音楽だってそうだと思います。
しかし、、スポーツや芸術に関しては「遅すぎると困るけど、早期にやったからって何とかなるのか?」と問われれば、私は「トップ集団はそんな事は一切ない」と思っています。
ですので、早期教育(特にスポーツや芸術方面)に関しては、あまり焦る必要はないんじゃないかな、、って思っております。
もちろん、早期でその事に取り組んでいる人達の中に入ると焦りますけどね(笑)。
でも、その焦りも一つの自分を伸ばすエエ種である。
と私は考えています。
そして、自分の中にそれに対する能力や才能があれば、それはずっと伸び続ける。
私はそのように考えております。
信頼感様
ええ??そうなんですか?
勉強になりました!!
私ね、小さい頃から自分が感情的に動いた時に、周囲がめちゃくちゃになるんですよ。(焦っ)
表現の仕方がハンパなく大胆だから。。。
なんというのか、動物に変身してる?って感じ??
だから、自己の振る舞いには日常生活でものすごく気をつけています。































