アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
信頼感様
自分の書いた文章を読んでダメだし。です。
だから、自己の振る舞いには日常生活でものすごく気をつけています。
↑
これでは、ダメなんですね、信頼感様に教えて貰った事が理解できていない。
「’自分’の振る舞いには日常生活で~」くらいで、丁度エエかと。。。
では!
今から仕事行ってきまーす!
(平日も土日もあったもんじゃない不定期さ、、。確実に言える事は、激務ではナイという事。また来週はのんびりしよう~♪)
「自己」と「自我」について補足です。
地域、時代様の「自己」=制御できる、「自我」=制御出来ないは、フロイトやエリクソン、カント等の考えというか・・・言葉です。自己同一性(アイデンティティー)はエリクソンの言葉ですが、「自分が自分である一貫性」という意味です。(変化しないもの)
ユングは、「自我」=制御できる、「自己」=制御出来ないという言葉を使っています。
時代様はフロイラー的な言葉を使っただけで、決して間違いではございません。私がついユング的言葉を用いてしまい誤解を与えてしまったかもしれません。つか、日本語訳にする際、同じ言葉を真逆の意味にしないでよ!・・・って感じです。
エリクソンのアイデンティティー(変わらないもの)を軸に話せば、時代様の仰るように自我=変わらない、自己=ころころ変わる(制御出来る)わけです。
アイエンガー教授の選択の授業では、理性=長期的展望、直感=短期的展望を見極める能力があると仰っておられました。多分、理性は、自己(制御できる)を好み、直感は、自我(制御出来ない)を好むということなのかなって思います。長期的展望には、己の変化も許容しなければならないし、己を変化させているようでは、目の前にあるチャンスを逃してしまう(恋愛!?)ということなのかもしれません。
アイデンティティーが、内向でも、外向でも突出して伸びれば、(利き手を卓越して使えるようになれば)観る者に感動と驚きを与え価値が生まれる。しかし、それを極端に掘り下げると人間としては、不安定極まりなくなってしまいます。芸術はある意味「人間の不安定さの切り売り」・・・なのかなって思っています。だからこそ敬意を払わずにはいられません。
■信頼感さん
雑談です・・
■■攻撃性と抑制と抑圧について・・・
以前、聞いたことがあるのが・・・・
多くの問題は(怒りや悩み)人間関係にある、全てが、上手くいくわけではない。
当然、接触のある、近い人が、問題となる。
『自分の身近な人への敵意や攻撃性が芽生える』
しかし、これは、やっかいなもので、自分も「危険」にさらされる、
自分にとって危険な感情なので、自分の意識から追放してしまう。
自分もその感情に気づかないことさえある。
すると・・・
自分に影響のない、自分が攻撃しても自分が「安全」な相手を、攻撃する。
スケープゴート的、攻撃をはじめる。
攻撃性の対称を、無意識に、変えているということである。
小さい子の、親への不満が、親への敵意や攻撃性になるハズだが・・・それが、弟に向かったりする。
意識の上では、攻撃している、攻撃対称を「攻撃したい」と思い込んでいるが、
攻撃性、敵意の対称は、「別」であることがあるようですね。
しかし、怒りや、悩みの、原因は解決しない。
本当の「敵意」の処理ができない・・・いつまでも・・問題はなくならない。
その敵意に、気づくのかどうか??
で・・・
自分で気づくいている場合は、『抑制』の問題だが(相手に敵意があるが、我慢しようとしたり)
自分で気づかないが、行動に影響を受けているのは、『抑圧』の問題。
本命でない、攻撃性が抑圧によって、続く。ということになる。
なるほど、これは、ありえるパターンだと思いますね。
信頼感さん
今回の「自己」と「自我」の話何やら面白難しです。
確かに正面より自己と自我の違いを考えた事なんかなかったなぁ~
レベルが低くてすみません。
直感的に自己は抑制できるが自我は抑制出来ないのではと思ってしまうのですが・・・
既にこのスレで既出かも知れませんが、初心者向け解説、お時間あればよろしくお願いいたします。
地域、時代さん
【2738897】【2738914】の書き込みに私の考えていることの大半のことを
押さえていただいています。
さて
> 親が自分自身に対して「子供に無理をさせていないか?」と、思う事は中学受験だけでなく、
全ての事に関して大切な「客観性」だと私も思います。
これはいかにも本質論なんだと思います、客観視出来ればそれに越したことは無いと思うのです。
> 私自身も時々「あ、この気持ちはいけない」って心の中で思う事があります。
子供が5やった。6やってくれないかな~、、、って。「親の欲」ってやつですね。
でもこれが本音なんでしょうね、皆さんに賛同は得れないとは思いますが、子供に対する期待=
親の欲目ってかなりの部分占めているのではないでしょうか。
親の欲があるから子供にいろいろ習い事をさせる、そしてその子の適性をさがすという行為は
決して悪くもないと思うのです、小さいころ子供自身が気づかないポテンシャルを親が見つけ
て育てなければ誰が見つけてやれるんだろうと思うわけです。
そしてあれやこれやと手をだしてしまう結果になるのかもしれません。
私は子供が本来持っている、ポテンシャルを小さいときにどれだけ見極めてあげられるのか、運動、芸術、
勉強、例え的外れなものだったとしてもこどものためなら何に対しても貪欲でありたいと思っておりました。
いづれ子供は親の介入をうっとうしがり、距離を置く様になりますが、それまでの間に子供が本来向いて
いるものに対しての見極めを進めることは親の責任だろうと思うわけです。
そして子供が家庭をもって、かつて親が子供にしてきたことを自分の子供に対して何らかの参考にしてく
れればそれでいいのだろうと思っています。
■枕流漱石さん
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でも、適性さんが図らずも答えを出してくださいました。
>推測ではなく、お互いに、「言葉をもって」理解する努力も必要になるわけです。
これですね。
「言葉」はコミュニケーションのツールの筆頭ですね。
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これは、大切ですね。
情理を尽くして、説明するってのがね。
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ルソーは「告白」という書物で自分の体験談をこう話しています。
子どもの頃、一人で勉強をしていた部屋に置いてあった他人の櫛が壊れていた。
自分一人しかいないので、皆は自分を犯人だと思った。
しかし、自分の心は自分が無罪だということだけを知っていたので、それを必死で言葉にした。
しかし、その状況下、誰一人としてその言葉の重み、ひいては自分の心の中身を理解する者はいなかった。
それは肉親であっても同じであった(実際は血の繋がりはなかったようですが、彼が両親として認めている人たち…という意味ですが)
皆が訊くのです。彼しかいない部屋で、彼が壊したのでなければ、誰がどのように壊したのかと。
それは、理屈に叶っているけれど、
彼の心が知っているのは、彼が無罪だということだけだったのです。
その時、彼は、己の心と他者との間の隔絶を知ったのです。
自己というものが唯一無二で、他者と交わらない存在であることを。
言葉にしなければ、絶対に理解されない。
言葉にしても理解されない場合もある。
言葉にも限界がある。
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なかなか面白はなしですね~
確かに、自分の意識を、自分の感情を、自分の行動を、一番正確に理解しているのは、自分でしょう。
しかし・・・・
妄想ってのも、おあるかもしれませんし・・・
無意識に行動もあるかもしれませ・・・。
例えば、自分では「A」と言っているつもりで、「B」と言っていたりして・・他人に、Bと言っていると指摘されることってありますよね。Aと言っているつもりなので、絶対認めなかったりする場合も。。。。
そして、その理由や動機については、あとづけであったり、都合いい(いいわけ?)場合がある傾向はありますのでね。
さらに言うと、ほんとの(無自覚?な)嘘つきが世の中にはいて、自分のウソも、本当だと、信じられるので、ウソ発見器でも、わからないようですよ。
社会では、いろいろなことが起きます。
ルソーの話では、そんなこともないようですから・・
前提は、自分の「意識した」ことは、自分が一番よく知っているといえます。
「彼が櫛を壊していない」というのは、「唯一の」事実でしょう。
ただ、他人が、信じてくれる状況になかったのでしょう。信じたくないとも言えますね。
「唯一の」事実と言えることは、誰でも・・・皆に、「共有」してもらいたいと思うものですし・・それを望むのは当然です。
犯罪者にされそうになったとき、「自分がしてない」のに、逮捕された事件がありましたね。ネット事件で。
映画の、「それでも僕はやってない」でしたか?痴漢冤罪事件もそうです。
>皆が訊くのです。彼しかいない部屋で、彼が壊したのでなければ、誰がどのように壊したのかと。
>それは、理屈に叶っているけれど、
>彼の心が知っているのは、彼が無罪だということだけだったのです。
それは、すごく、共感できる話です。中学受験生の話で・・
皆が言うのです。彼は、中学受験して、塾に行ったことがあって、東大、京大や医学部に行ったら、勉強「しか」してないのだから社会で活躍できるわけがない。
それは、そういう人のの頭の中の理屈ではそうなっているのだけど。実は、なにも確認していないし。
本人や、その家族や、その周囲にいた人は、知っているのです。彼は、そのルートだが、別に、勉強「しか」してないわけではない。
そういう人が、もし世の中にいて、社会でまったく活躍しなかった事実があっても、それは、彼とは、関係ない話です。
勉強以外も頑張るべきだよ?とアドバイスされるのと、お前は、今も、将来も、ダメな人間と、貶されるのは、まったく違いますからね~
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私が言いたかったのはそれだけです。
中学受験ブーム(と敢えて書きますが)に、塾の商売に乗ってしまい、
お子さんに無理をさせている場合も多いと思います。
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無理をさせて、「ダメ」になった子が『多い』とは、思えないのですよね。
無理をさせる親もいることは、知ってますよ。































