アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
雑談ですし、ひじょ~に、長いので、興味がある人だけ・・・
■まったり?と、学校のエートスについて・・・・
コクリコ坂など・・昔なつかし話ですが・・
>コクリコ坂の熱い連中は私より少し世代的に上ですが・・・・・クラス討論、
>全体討論、口角に泡を飛ばしての議論なんてのはよくやりました。
やはり、動機さんは、『当時』の、エートス重視なんですよね~。
以下は・・昔の伝統公立校について・・・だ~いぶ前に、やりとりしたものです。
ちょっと、参考にします・・(だいたい、話がつながるように 選びました)
*************************************************************************
【1952709】 投稿者: チャレンジの条件(ID:SaEPRKivlXI)投稿日時:10年 12月 15日 14:36 管理者通知をする
エチケットさん
エチケットさんが、当時の日比谷の現役合格者数が灘に比べて低いことを問題にしていらっしゃるとしたら
動機さんの書き込みにある
>まず都立の文化として「何が何でも現役」ではなかったんですよ。高校生時代にはしっかり文化祭、体育祭をやる。読書や運動部も徹底的にやる。受験第一主義で予備校に行くなんてやらないで「青春を謳歌してダメなら浪人」という感じなんです。
という文化があったことが一つの要因かもしれません。
塩野七生氏
>当時の日比谷高校では、最初の3分の1はそのままストレートに東大へ行き、次の3分の1は一浪して東大へ行くという学校だったのです。一浪するぐらいは何でもなかったのですけど、私の場合は「どうも一浪してもは入れないなあ」と見極めをつけてざるを得なかったわけです。
利根川進氏
>ぼくらが高校生のころは、ぼくは日比谷高校だからね。日比谷高校というのは、あのころは東大。ほとんど全員東大を受ける。ぼくともう1人だけだ、東大を受けなかったのは。京大受けた。それで、みんなにバカにされたもん(笑)。
内田樹氏
>日比谷では受験勉強をまじめにすることが禁忌だった。定期試験の前に級友からの麻雀の誘いを断って「今日は早く帰るよ」と言うためには捨て身の勇気が必要だった。「勉強したせいで成績がいい生徒」は日比谷高校的美意識からすると「並の生徒」にすぎなかったからである。努力のせいで得たポジションで同期生のリスペクトを得ることはできない。試験直前まで体育会系のクラブで夜遅くまで汗を流したり、文化祭の準備で徹夜したり、麻雀やビリヤードに明け暮れたり、詩や小説を書いたりして、それでも抜群の成績であるような生徒だけが「日比谷らしい」生徒と見なされたのである。
多くが東大を目指し、しかもガリ勉はかっこ悪いという美学があったため、
浪人を選ぶことに抵抗のない文化があったということでは。
「小尾通達」が出された頃は、すでに、日比谷等特定の高校に東大など有名大学の合格者が集中していたこと、
高校入試のため、公立中学で受験指導や補習までして高校受験が過熱化していたこと、
越境入学者が押し寄せていることなど、都民の不満が高まっていました。
背景に戦後の平等主義の広まりや権威主義への抵抗もあったようで、
都立高校離れが進んで行ったのだと思います。
これだけ問題視されるようになったということは、少なくとも1960年代半までは、
やはり都立のナンバースクールを受験するのは大変だったと思うのですが。
私がこの話題を持ち出したのは、当時のナンバースクールに入るような子どもたちはいったいいつ、どこで勉強していたのかという疑問からです。
今の中学受験の勉強は過剰で、昔はそんなことなかったというご意見に対しての疑問でもあります。
【1953911】 投稿者: 根本的(ID:wwmfnzaRenU)投稿日時:10年 12月 16日 17:56 管理者通知をする
>内田樹氏
>>「勉強したせいで成績がいい生徒」は日比谷高校的美意識からすると「並の生徒」にすぎなかったからである。努力のせいで得たポジションで同期生のリスペクトを得ることはできない。
チャレンジの条件さんの引用は大変参考になりました。内田樹さんて、こんなこと言うひとだったんだ。適性さんなんてどう思うんですかね、これ。
>>試験直前まで体育会系のクラブで夜遅くまで汗を流したり、文化祭の準備で徹夜したり、麻雀やビリヤードに明け暮れたり、詩や小説を書いたりして、それでも抜群の成績であるような生徒だけが「日比谷らしい」生徒と見なされたのである。
なるほど、それが往年の都立トップ高のプライド?だったんだ。まあ、今も同じかな。私は地方の公立出身ですが、わからないでもないですね。ただ、若気の至りに過ぎないかも。体育会系的だしなあ。
>多くが東大を目指し、しかもガリ勉はかっこ悪いという美学があったため、 浪人を選ぶことに抵抗のない文化があったということでは。
たしかに、「ガリ勉はかっこ悪い」。でも、自分が東大に行きたいならば、そのためには、少なくとも自分には「ガリ勉」が必要だと判断したのならば、他人がどう思おうと、付き合いなど無視して「ガリ勉」したっていいんじゃないですか。「同期生のリスペクト」なんか気にしながら、麻雀につきあう方がよっぽど「かっこ悪い」。
私立中高一貫で鉄緑でガリ勉でも、何の問題もない、かっこ悪くもない、と私は思います。いや、かっこ悪くたって、必要悪だと割り切ってやるべきことをやる、その方が美的だな。自分の子供が「鉄緑に行って東大を目指す」と言えば、喜んで行かせます。言いそうもありませんが、残念ながら。
【1954753】 投稿者: 適性(ID:0ob3ZrXJskg)投稿日時:10年 12月 17日 12:53 管理者通知をする
>>「勉強したせいで成績がいい生徒」は日比谷高校的美意識からすると
>>「並の生徒」にすぎなかったからである。努力のせいで得たポジションで
>>同期生のリスペクトを得ることはできない。
(内田樹氏の文)
>チャレンジの条件さんの引用は大変参考になりました。内田樹さんて、
>こんなこと言うひとだったんだ。適性さんなんてどう思うんですかね、これ。
私?私としては、勉強できる学校なのに、「それ以外」で「も」評価される環境は、好きですねー。
ちょと内田樹氏の話を補足させてもらえば・・
日比谷高校的美意識「空気」が存在したが、それを体現できた生徒はほんの一握であること。
内田氏は、それを体現出来る(リスペクトされる)側の人間ではないこと。
その空気に同調でなはい、別の形で影響を受けていること。(反発というかたちだが・・)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
日比谷高校にも小石川高校にも、灘や麻布や神戸女学院にもそれぞれの校風があり、それを一度でも吸った人間は、その残存臭気を消すことができない。
「その残存臭気を消そうとする」否定のみぶりそのものまでが、「残存臭気を意識している」ということを逆証してしまうからだ。
もちろん日比谷高校にも「日比谷高校らしくない生徒」はたくさんいた(私がその代表だ)。
私はぜんぜんスマートではなく、ソフィスティケートもされてなく、ミスティフィケーション抜きの向上心むき出しの「たいへん感じの悪い」ロウワーミドル階層出身の子どもであった。
でも、自分が「そういうふうなことばづかいで類型化される」人間だということは日比谷に行くまで気がつかなかった。
「それのどこが悪い」と居直って、私は校則を破り、教師に噛みつき、同級生を罵倒し、あげくに高校を中退してしまうけれど、これは私が日比谷高校的なものに過剰反応したことの結果であって、私が日比谷高校的なものと無縁であったからではない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
と内田樹氏は書いている。
しかし、その後、時代背景と行政の都立教育改革によって、この強烈な「エートス」は、急激に薄まっていく。薄まったエートスでは、それに薄くて反発することもできない。
そして、ぬるま湯の「エートス」が残り。ゆるやかに、凋落していったということだ。
ところが・・上の「灘や麻布や神戸女学院」の私学には、まだ、都立と比較すれば「エートス」が残っている。
理由は明白だ・・
・学校のポリシーが、行政で歪められることが少ない。
・同じ先生が長期的に学校にいることで、校風をつないでいる。
(先生に権限もあるが、責任もある環境)
・強烈な選抜がある。
・進学結果を出す。(学校のポリシーとは別だけど)
動機さん・・あなたの本質的に求めるのは
は「学力」ではなく『エートス』なのではないか?そうであるなら・・
失われた「学力」を戻すこと可能だが『エートス』を戻すことは困難なことは、わかってるだろ。
また、時代背景によって、これも変化する。
日比谷の『エートス』が、「強烈な選抜」によって支えられていたことを考えれば「強烈な選抜」を復活させている現状は、動機さんにとってもは、評価できることなんだろうけど。
が『エートス』を育む、学校行事を「軽視」する方針とセットだ。
これは、当然、動機さんも、評価できないよね。
しかしながら、今の方向性で、都立が結果をだせば・・・当然・・、
その理由は・・
●「エートス」を『軽視』したから「学力」が向上した。
とう結論が導き出される。そして、その方針は『強化』される。(さらなる学力を求めればね)
何時になったら、「エートス」が重視される都立になるんだ?
さてさて「エートス」も重視する親は、中学受験は問題あるが、中高一貫校のエートスは『魅力的』だ。(笑)
だから、進学結果「のみ」前面にだした、中高一貫校は、評価はするけど「私は」好きにはなれない。とうい感じだね。
評価するっていうのは、それも「あり」だからね・
そういう学校に行ってる生徒でも、充実した学生生活を送っている子もたくさんいるし、自分の行きたい大学にいけて、感謝してる子もいるからね。
個人的好き嫌いは、学校選択に影響を与える。
私は、子供に、エートスを感じられる学校に行かせたいねー。
もし、新しい学校なら、エートスを「学校と先生が生徒と」作ろうとする学校にね。
勉強+「それ以外」で評価されるということは、必然的に、勉強「だけ」では評価されないわけで、外に目が行くようになるからね。
俺の「それ以外」はなんだ?ってね。いいことだね。
【1954778】 投稿者: 公立は自分で考えるところ(動機)(ID:IBsB5Nu9vTA)投稿日時:10年 12月 17日 13:30 管理者通知をする
>勉強+「それ以外」で評価されるということは、必然的に、勉強「だけ」では評価されないわけで、外に目が行くようになるからね。
俺の「それ以外」はなんだ?ってね。いいことだね。
適性さんいいこと書きますね。やっぱり単純な私立中高一貫礼賛者ではないんですね。嬉しくなってまた登場しました。
旧制高校的雰囲気が昔の旧制中学あがりの伝統校には残っていました。目の色変えて受験勉強させるのではなく(今の都立はちょっと残念)広い視野を持てという全人教育?でしょうか。
教師も雑談ばかりでそれがまた面白い。この年になってもふと思い出して「ああ、あの先生はこういうことを言っていたんだ」と気付くことがあります。学力以外の人間にとって必要なこと・・・・・・を沢山学んだ気がします。
絶望しても立ち上がれる勇気やら自分を信ずる心。どこかに道を見つける諦めない粘り強さ・・・・・・・これって後年の失恋や浪人の時に最後に自分を支える武器になったと思います。多感な青春時代には学力以外の読書や友人の言葉から得たものがいかに重要であるかと思います。
ノスタルジーモードに入っていますので論理的な文章を書けません。
「ゆとり」についてまたいずれかの時に。
*************************************************************************
私も・・・映画のような、昔?の、伝統公立校は、とても「魅力的だった」と思ってます。
でも、多様化した、いまは、どうなんでしょうかね??
素晴らしいエートスだけでも、完全に残した、学校は、現在も、存在するのでしょうか?(私は、脅かしっこは、時代的背景の方が大きいのでは?と思いますけどね)
上でも書きましたけど・・・・中高一貫校もエートスは「ある」のですが・・
『進学実績をだしている中高一貫校』を否定する人は・・
そこ、には、好ましいエートスが「ない」ことを・・前提に・・
進学実績を出す「だけ」の、学生生活を・・前提に・・します。
加えて、
皆が、東大、京大、医学部に行くなんて、『異常だ』・・という人もいます・・
それが、生徒にとって、普通であってもです。
で
伝統公立校は、進学実績を出すだけの学生生活ではなかった、というエートスを褒め称えるとともに、現在も、昔の「圧倒的」進学実績を出すことを望んでいるということです。
昔の「圧倒的」進学実績だった、日比谷では、東大に行くことが「普通」ではなかったのでしょか?「普通だった」のでしょ?
それは、「異常だった」というのでしょうか??中高一貫校は『異常だ』と言う人は・・そう言うのでしょうか?
ただ、言えるのは・・・そういう人が、満足するには・・
学校に、好ましいエートスが「ある」だけでは、だめで・・・結局は、『圧倒的?進学実績』も必要だと感じているのですよね。
だから、『圧倒的?進学実績』の中高一貫校を、否定したくなるわけです。
単純に、『消し去れば』昔の状況に近くなりますからね。
さらに、公立高校受験が、子供にとって、過酷なものになるのでしょうが・・別に、いいのでしょう。ツクコマ、開成、麻布・・・全員が、日比谷を目指すのですから。
そうなって、公立が『圧倒的?進学実績』をだして・・・昔の、エートスが復活してるとも、思えないとこが難しいとこですが。
別に、進学実績が欲しいなんて、学校が思わないとこが、伝統公立校であるなら・・・・現在の状況に、なんの問題もないハズですが・・・すでに、実績を求められてますね
ここで、よく論じられる、「いい学校」というものが、
好ましい?「エートス」と、「進学実績」の、『両輪』があるというのは、まあ、妥当なとこじゃないでしょうか?
部活、行事も制限だらけ・・先生が言うのは、テストだけなら・・「エートス」もなにもあったもんじゃないですし・・
なんの制限もないが・・・進学実績が、さっぱりじゃ・・・学校の評価は、下落していくし・・・
でも、まあ、否定したい人にとっては、
『進学実績のある』の中高一貫校は・・・・
『進学実績のある』だけで・・絶対に、好ましい?「エートス」がない。
ってことにすれば・・・わかりやすいし、気分がいい。ということでしょう。
私立は、あの学校の校風がいいといいながら・・結局は、偏差値で、学校を決めると文句を言う人がいますね。
公立では、どうやって、行く学校を選択しているのでしょうか?・・・
昔の日比谷に合格した人は、結局は、内申と、入試の点数がいい順に、合格したのですよ。学校の成績順に、試験の偏差値順で合格するのに、その学校のエートスへの、憧れは、考慮されていません。
中高一貫校進学校を批判する人は・・
「結局、偏差値順?に、ならんでいるじゃないですか?選択しているじゃないですか?」という問いに、答えてくれる人はいませんし、
そして・・
昔の『圧倒的?進学実績』を、偏差値至上主義と、批判する人もいません。
偏差値順に、並ぶのが、偏差値至上主義というなら・・公立も、偏差値至上主義ですよ。
あぶないから、一つ下に、回避するというは、あると思いますけどね。
近くがいいから・・と、偏差値10も20も下げても・・なんて人いっぱいいますか?
日比谷に行けば、東大にいけると知って入った生徒・・・結果から逆算すれば・・・本音は「東大にいけるから」選んだのだ。・・と書くことはできますよ。
わかります?いくらでも『書くことができる』ということです。
でもね、『日比谷を選択できるから、選択したんだ』ということは、まあ、言えます。選択できないなら、できないですから。点数足りないのですから。
公立でも私立でも、校風?「エートス」だけで選択なんて、してないってことです。
中高一貫校にしろ、伝統公立校にしろ、
たしかに、校風?素晴らしい「エートス」?が存在し、それが、守られ、場合によっては強化されるならば・・とても魅力的なことです。(同化するのか、反発するかは別にして)
■さて、みなさんが、求める、エートスってなんですかね~。
(当然、結果的に、進学実績も維持しつつなんでしょうけど。)
講堂で、政治的な激論ってのは、全国的に、死滅していますからね。
そこを、直接求められても難しいですし。
きっと、公立でも、私立でも、『両輪』がある、学校が「いい」のでしょ??
さて、どんなもんでしょうかね?
強~いエートスは、毒にも、薬にもなるようです。
強~いエートスの影響は・・動機さんが、体現してくれています?よね?(笑)
適性さんの記録魔ぶりにはいつも驚かされます。
いい加減なこと書いていると「あの時お前はこう書いたじゃないか。今書いていることは矛盾だ」と言われてしまう・・・・・・・のでゆめ疎かな出まかせは書けません。
このエートスっていうのは言い換えると「エリート意識」なり「学校の持つ伝統的な雰囲気や教師と生徒が作る一種の共同幻想」ということになるんでしょうが・・・・・・・・・・適性さんの学校にもあったでしょ?
おそらく地域、時代さんのところや県立浦和や札幌南などにもまだ残っているのでは?
内田さんの話が語りつくしていると思うけれど「プラスアルファをどれだけ豊かに持って卒業していくか?」というところかな。友人やら教師、先輩を見て何らかのことを感じ考える。それは決して受験勉強の出来不出来ではない。
成績は悪くても(まあ実際一浪でもすればそれなりに収まるんだけど)弁舌で尊敬されたり読んでいる本で一目置かれるなんてこともあるわけです。あとは自我がしっかりしているというか・・・・・あれこれ自分で悩んで大きくなる。中学までの自分を解体するほどの(受験秀才を恥ずかしく思う)衝撃が先輩との出会いなどであるんです。
「あ~あ・・・俺は受験勉強ばかりやってきた。その間にこんなこと考えていた人がいたのか」という驚きですかね。勉強ばかりやっていた自分がとっても小さく見える。
私は高1は勉強したけれど・・・・・・そんな考えや老荘思想に取りつかれ勉強やめました。 あれこれ彷徨したと言えばかっこういいがそんなことではなくなんだか憂愁に閉ざされて・・・・何見ても淋しくなって毎日暗い顔していました。
あ~・・・・適性さんまたノスタルジーになってしまうじゃありませんか。
ちょっと恥ずかしいので地域、時代さんの学校のエートス聞いてください。
地域、時代さんお願いします。
あかん、書いて消した。
なんか、書いてると、私は荒れ荒れの小中時代の方に感化されてる気がしますね。
息子帰って来たんで、また後で出てきます。
他の方も、自分の高校時代のエートスについて書いて下さいっ!
よろしくお願いいたします。
「エートス」という言葉にするとハードルが高く感じられますが、「学校の雰囲気」って置き換えればすごく書きやすいですよね。
今日は寒いから鍋!
■地域時代さん
おきらくに~
自分の時のことだけでなく、子供の学校の雰囲気や環境でも、いいのですよ。具体的でなくてもいいですし。
「入学前のイメージ」と入学後の感想は、ズレますしね。
私の高校の時は、何十年も、この学校に、ずっと、いる先生がいたのですが・・ある年齢から下は、ローテーションで、いい先生も、どっかに行ってしまうのですよね。
古い?先生は、面白かったし、学校の歴史を、先輩のことを、語ってくれてましたね。































