アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
動機さん、地域、時代さん
私の高校のエートスについて・・・
エートスとは:(ある文化の)基本的な性格,特性;
(ある集団・社会の考え方・習俗などの根底にある)気風,精神,心的態度
と解説してあったのでその意に沿って思い出してみると、
実に何もない中途半端な高校でした。
一応進学者が95%位で残り就職者といった公立の普通科高校でしたが、
スポーツもだめ、勉強も中途半端な生徒ばかり、雰囲気も元気がなく
暗くてただ漫然と時間が過ぎて行った気がします。
部活動もそれなりに頑張ったけれど県の上位にはとても及ばず、全国など
全く縁が有りませんでしたし、受験では最上位クラスで一浪でやっと地元
旧帝大、旧高商に数人が行ける程度
面白くなかったです。
今は全く死語になりましたが、「しらけ世代」と言われていた通りで「しらけ」
ていました。
成績も低迷、当時は一学年450人、十クラス有りましたが、学年順位は450
人中423番を高校一年次記録・・・大したもんでしょう、と威張ってみる(泣き)
赤点だらけで随分追試をさせられました。
今では時効ですから書きますが、そのころからたばこを覚え、酒も飲み始めました。
それでも高校3年の時の1年間だけはは自分としては人生で一番勉強した思い出が
懐かしいです、
この頑張りが高1のころからできていればと思いますが、あの1年でそれ以上は
無理だった。
高校の思いでといえばそのくらいかな、あと生まれて初めて彼女が出来ました
高校3年の時に、高校1年の同じ中学の後輩の子、
色が黒くてとても健康的な子でした・・・いまはどうされているんだろうこの
事が高校のハイライトでしたかね。
鍋食べた後にママ友から電話があって長電話~。
申し訳ありませんっ。
適性様、ありがとうございます。
公立一貫様が書いて下さったのを読んで、あ~♪こんな風に書けばエエんや♪とわかりました。
ちょっと今日はこれから外出するので帰宅したら書かせて下さい。
他の話題に移っていても書くので(笑)、色々なお話よろしくお願いいたします<(_ _)>
私も書いてみた! 超長文になってしまったが、、、
エートスとは、人から人へと受け継がれるものである。
私が通った地方都市の高校は、先生の三分の一ほどが卒業生であり、
祖父や父親、叔父や兄や姉も卒業生といった生徒が、かなりの割合を占めていた。
同窓会の活動も盛んで、土地の名士はほとんどがその卒業生。
地元を離れた者も含めて、社会人として成功した卒業生達の
有難い存在に触れる機会が、折に触れもたれていた。
安土桃山から江戸時代に想い思いをはせる歴史ある建物や、
卒業生である文化人による芸術作品や銅像などが点在する空間が発する、
オーラというか地(磁)場というかもさるものながら、
人から人への、言葉にし難い様式の伝承のようなものがそこらかしこに漂い、
校風のようなものを形作っていた。
共学ではあるものの、女子は全体の三分の一未満。
昔ながらのバンカラ気質で、自主性がキーワード。
もちろん大学受験のための指導は全くない。しかしながら、
先輩たちはそれなりの大学へ進んでいるから、その気になればそれなりの
大学にいけるのだろうと、なんとなく思わせられた。浪人を覚悟して、
体育会で全国大会を目指すものも少なくなかったし、文化系のクラブも
活動は盛ん。同窓会の支援もあり、文化祭はそれはそれは盛大。
体育祭などとともに、準備には相当に時間をとられたように記憶している。
どこまでも自由で、学校生活に伴う判断のほとんどは生徒たちに委ねられていた。
校門を閉めるという習慣がなく、警備員がいたわけでもなく、
学校の出入りは自由で制服もなかったため、授業をサボる者が続出。
卒業するまで学生の本分を忘れたまま、という者も少なくなかった。
とはいえ、在学中ずっと本分を忘れたままであっても、
一浪すれば、6大学レベルでよければなんとかなった。
この学校生活で勉強以外に教えられたことを敢えてあげるとするならば
「地域の誇りであれ」ということだろう。
それはもちろん地元に貢献しろということではない。
地方都市だから、日本の未来をしょって立てとはいかないけれど。
この学校に入学できたことに誇りをもて、そして君たちは、
百難をのりこえ、それぞれの意思で自分の才をいかして未来を創れ、
ということのように思う。そこはしつこく繰り返されたから覚えている。
ま、某所で理想とされる高校生活でした。
で、現在はどうなっているか? 母校で教鞭をとる友人によれば
「変わったよ~。大学受験を意識した補講もあるし。
ちゃんと勉強しろって尻叩いてるよ~。
クラブに入らずに勉強している子も結構いるよ」とのこと。
なんでも通える範囲にあった中高一貫校の大学合格実績が躍進し、
焦りを感じてとのこと。母校と比較して、入り口よりも出口が格段によいのだとか。
「まともな大学にいけなくちゃ、社会貢献とか、夢を実現するとか、
絵に描いたモチになちゃうからね~。入口に対して出口が悪い高校って、
とりあえず勉強に関しては才を伸ばせない学校ってこと。
未来を広げるどころか狭めちゃう学校ってことで、どーよ、でしょ。
今やお笑い芸人だって、難関大卒が普通にいる時代だしね~」と続ける。
変わったといっても、首都圏の進学校の指導レベルとはかけ離れたものでは
あるらしいけれど、確かに最近の実績を見ると、我々の時代と比べ、
東大合格者と国医がわずかながら増えている。大昔と比べたら、お話にならないレベルとはいえ。
伝統公立高校がもつエートスは、そこだけのものかといえば、
そんなことは全くないと思う。首都圏でいえば麻布や武蔵、ふたば、女子学院など
御三家の一部と大学までエスカレーター完備の学校には、形は違えど、
しっかりと残っているように見受けられるかな。
それ以外の学校は、一部を除き、昔ながらの校風を変え、
変わってしまったところが多そう。
本来、自由とは、持てるものの特権だったことを考えれば、それもいたしかたない。
地主や小作、庄屋だのの格差もほとんどなくなった今だもの、時代の趨勢。
学校の話、便乗させていただこうかと。
私はプロテスタントの中高大一貫の女子校でした。昔から週休2日制の学校で、土曜日にピアノの練習が出来るからと
入った学校です。(日曜日は教会に通うために土曜を休みにしていたそうです。)
先生は殆どクリスチャンの人で、今考えると女性の先生は未婚の人が多かったです。
大抵の子はエスカレーターで大学まで上がり、外に出る人は音大など芸術系に進む人か指定校推薦の人が殆ど
でしたので、勉強に追いまくられる事もなくのんびりとおおらかな学校でした。
ハンドベルクラブが有名で、今でもクリスマスの時期は繁華街のホールなどで演奏会を行ったり、合唱部はメサイヤを
歌うなど、キリスト教関連のイベントは充実しています。
私自身はパイプオルガン部で日々の礼拝などで賛美歌の伴奏をしていました。
バロックが好きなのはそのあたりもあるのかも知れません。
息子は仏教系の男子校です。おかげで?中学初の父母会の時に「黙祷」と言われて習慣で胸の前で手を組んだら
まわりが合掌していて焦った経験があります。
息子の学校では、年に2回生徒たちが企画して外部から講師を呼んで(アポから交渉からすべて中高生がやります)
いろいろな講座を開き、父母や近所の方、受験生たちが集まる、という企画があります。
その時々の時の人や、ようこそ先輩企画(医者、トヨタなど大企業の社員、会計士や弁護士などの個人事業主、
研究者、等)生徒の母がやる子供向け講座、など100くらいの講座が開かれる名物企画です。
名古屋選出の国会議員が一堂に会して座談会をやり(河村市長は常連でした)その後で質問タイムを設けて中高生が質問をするなどの
面白い企画もありました。
先生方は表にたつ事は無く、生徒任せで自由にやらせてくれる学校なので、(まさに「放牧」です)
生徒たちは伸び伸びと好きな事をやっています。進路指導も殆どありません。
私が男だったら入りたかったなあと思っています。
まとめを書く前に先に送っちゃいました。
エートスって空気のようなもので、そこに行くと感じられるというようなものだと思います。
同窓会幹事をやっているので母校に行く機会があったのですが
校門をくぐった途端に「ああ、私はこの空気を吸っていたんだ」という懐かしい気持ちで一杯になりました。
30年前と変わらない何かに包まれた感じで、勿論人も違うしたたずまいも違うのに
何というか、匂いが同じなんですね。紡いできたものが同じ。
これが伝統というものなのかな、と思いました。
> ま、某所で理想とされる高校生活でした。
と遺伝さんが書かれておりますが、これが公立トップ高をでた人たちから
大学時代にも社会に出てからも良く聞かされた感想です。
もちろん上の言葉通りではないですけれど、ニュアンス的にはほぼいっしょ
の事をどことなく誇らしげに語るその姿には、正直うらやましく思う気持ち
を禁じ得なかったです。
おそらく動機さんも同じような感想をお持ちなのだと思います、伝統という
のは世代を超えて引き継がれるものなんでしょうね。
ですのでなんとなく動機さんの仰りたいところは私なりには理解できてると
思います。
ピースさんの書き込みもなるほどと思いました、息子さんの学校なんとなく
判ってしまいました。
男宝●●劇●で話題だった高校ですよね、成程と勝手にうなずいております。
違っていたらごめんなさい。
■皆様
気楽?な、エートス談義、ありがとうございます。
うちの高校は、体育祭「重視」でしたね。
先輩から、伝統?の振り付けを習い・・・土手で・・遅くまで練習とか。
体育祭のあと、皆で、盛り上がって・・・いろいろあって(書けません)・・・俺退学かな?・・と危機を感じたり。(やさしい、大人が目をつぶってくれたので、大丈夫でしたが・・)
高校の生物の一回目・・仙人のような?先生が・・「うんこ」の話をずっとするのですよね~。まあ、人体の話ではあるのですけど・・
あとは、自分がどれだけ、賢かったかを、いやみなく?自慢してましたね~。
面白い先生でしたね。
遺伝さんの・・
>どこまでも自由で、学校生活に伴う判断のほとんどは生徒たちに委ねられていた。
うちも、ゆるかったな~。































