アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
シルバースプーン様
土曜講座の紹介、有難うございました。
先輩の通った道を直に聞く事は、自分の行く(であろう)道を実感する事に繋がるでしょうし
先生方の意外な?趣味の世界を垣間見るのも面白いですよね。
灘らしい伝統行事など、また出来る範囲でお聞かせいただけたらと思います。
公立一貫様
我が家は息子が言い出してますので、後付けの理由しか浮かばないのですが。。。
でも、頑張るのなら頑張れ!と中学受験にOKを出したのは、進学校&部活が通う予定の中学よりも活発。
この2本が応援する「後付けの理由」になりました。
ご無沙汰しております。
皆様が学校語りで盛り上がっていらっしゃって楽しそうなので、またちょっと混ぜてやってください。(笑)
私が通った高校(A高校としましょうか)、公立王国の(一応)トップ校だったんですが、自由放任とは対極にある
ような、お受験私学ならぬ、お受験公立でした。
まあ、毎年東大にン十人送り込むような学校だったんです。
ところがちょうど私たちの学年が受験の年から学校群制度が施行され、群ごとに合格者を出し、それを群内の数校に
振り分ける、という方式に変わったんですね。
それまで地域の秀才のほとんどが集まっていたA高校も、その約三分の二を他校にとられる(?)ことになってしまい
ました。
さて、入学したその日から、私たち生徒はくる日もくる日も、数多の偉大な先輩たちの武勇伝(?)を先生方から
聞かされることになります。
X君は、生徒会長を務めながら、毎日放課後一人で学校のトイレ掃除をやり続け、現役で東大にいった。
Y君は、運動部で高三の夏まで頑張って、現役で京大だ。
さあ、諸君も先輩たちに続くのだ!
まあ、こんな感じで、毎日。(笑)
これ、完全にマインドコントロールですよね。
そして授業はすさまじいスピードで進み(2年間でひととおり終わらせる予定)山のように宿題が出て、英国数、
毎週末小テスト。
部活強制で、毎日活動。
体力のない私はもうヘロヘロで、毎晩家で勉強中に机に突っ伏し、気が付いたら朝、というのを何回かやらかしました。
高一の一学期からです。(笑)
もう疲れすぎて、イロイロ考える余裕もなくなってしまって、ただ機械的に課題をこなす、という状態に陥りました。
それでもぼんやりと、このまま学校のいうとおりにやってたら、まあそこそこの大学にはいけるかな、などと
ムシの良いことを思っていました。
今思うと、当時先生方、学校群制度で優秀な生徒が減った(と少なくとも思っていたのでしょう)分、大学の
合格実績が落ちるのをなんとしても避けたかったんでしょうね。
とにかくプライドが恐ろしく高かったですし。
でも生徒の方も真面目で努力家が多くて、例えば授業中先生が「質問は?」ときくと10人くらいすっと手が
あがる、試験前は職員室前にずらっと列ができる、そんな学校でした。
私もしんどいながらも、置いて行かれないように、頑張らなきゃ、なんて思ったものです。
しかしそんななか・・・父の転勤で、転校を余儀なくされてしまいました。
良かったのか、悪かったのか・・・
続きです。
転校先のB高校は、これもまたその地域では一応トップ校、ということでしたが、A高校とは(先とは別の意味で)
対極にありました。
生徒、先生、ともにお勉強の方はまるでやる気ナシ。(のように見えました)
女の子は寄ると触るとおしゃれと男の子とロックスターの話。
男の子も何組の何ちゃんがかわいいとか、延々・・・
いやそんな話が悪いとかいうことではなくて、A高校の生徒とのあまりの違いに、愕然としてしまったのですね。
確かにA高校は田舎の学校でした。武骨な男の子とイモ姉ちゃんの集まりでした。
ロックスターの話なんてしているのも(少なくとも私は)聞いたことなかったですし。(どれだけ田舎だったんで
しょうね 苦笑)
おおげさですが、同じ国の同じ高校生とは思えませんでした。
まあ、勉強なんてカッコ悪い、という雰囲気でしたから、実はこっそり頑張ってた子もいたでしょう。
ともかくA高校とB高校では、教室内に流れている空気がまるで違っていました。そういう印象でした。
なかでもびっくりしたのは、とある地理の教師。
一年間の授業中、ついぞ一度も教科書を開くことがなかったんです。
最初から最後まで、趣味の野球の話のみ。
いつから授業を始めるのだろう、と思っていたら、とうとう地理の地の字もまったくやりませんでした。
生徒も誰も文句を言わず。
私も転入したばかりでまずあっけにとられて、そのまま・・・(笑)
こりゃ大学受験に関しては自分でなんとかしなければ、と焦りましたね。それまでとは真逆の対応をせまられました。
試行錯誤でなんとか乗り切りましたけれど、まあ、ほったらかされた分、自分のペースで準備できたのは
良かったでしょうか。
A高校では、詰め込まれて大変だったですが周りの生徒から良い刺激を受けて頑張れました。
どちらの学校も一長一短、といったところでしょうかね。
そこで息子の学校選びの時に考えたのは、勉強することがカッコ悪くない環境、雰囲気。
それでいて(息子の性格も考えて)自分のペースで勉強できる学校。
実に単純ですねー。しかし、さほどはずれじゃなかったと、思っています。(思いたい? 笑)
適性さん
長澤まさみさんなんか来ちゃった日には、
先生まで殺到ですよ。
ちなみに藤田選手、(見た目どおり)めっちゃいい人!だったそうです。
「オランダで監督をやるのが夢」とおっしゃっていたとのこと。
スポーツに限らずですが、
社会で活躍されている方はその生き様を語ってくださるだけで
人間教育になるのだなと感じております。
公立一貫様
公立一貫様の雑感に反応して…。
息子に私学を選択した理由は前書きましたが、裏の?理由も実はあります。
一つは私自身が私学で学んで友人関係にすごく恵まれた事にあります。
中高6年を一緒に過ごして来た友人は今でも良き友です。そういう友人関係を与えたかったからです。
もう一つは高校進学時の問題でした。こちらでは内申書がかなりの比重を占める為、
一科目でも足を引っ張る科目があると入試で良い点が取れてもトップ校には行けません。
もし、勉強に才能があって(変な言い方ですが)本人が上を目指したいと思った場合でも
トップ校以外でそれに対応してもらえるのかに不安がありました。
勿論小学校レベルで将来の事がわかる筈も無かったですが、もしそうなった時に
仲間と切磋琢磨できる環境があった方が本人も頑張れるだろうと思い、私学という選択をしました。
綺麗事に聞こえるかもしれないのですが、私は息子に進路について口出しした事はありません。
環境は与えたから後はご勝手に、と思っていました。エデュでは珍しいタイプかも。
(人ごみが好きでないから東京の大学は最初から選択肢に入らなかったそうです。
そんな事言ってたら選択肢があまり無いので、その時だけはちょっと焦りましたけど。)
地域、時代様
今のお仲間がずっと仲良くできると良いですね。私の場合、友人達とは子供の大学も専攻もばらばらですが、
(皆仲良く浪人したのだけが共通点かな?)「薔薇会」という名前をつけて定期的に会っています。
折角だから華麗なイメージにしようと名付けたのですが、トゲがあるから、という噂?も…。































