アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
適性さんからコメントがあったので本田宗一郎についてもう一言。
体罰、体罰というけれど戦前の軍隊なんてのは理不尽なんてもんじゃない。娑婆とは違うという意識を刷り込むために徹底的にいじめぬく。(世間一般の学歴や職歴、常識なんてここでは通じない。上官の命令通りに頭や体が瞬時に動くように叩き込む)
運命共同体の通過儀礼のようなもので同じ釜の飯を食い一緒に突撃してバタバタ死んでいく。
軍隊帰りの父親や親方や教師がごまんといたのだから今のような「暴力反対」「パワハラ」「虐待禁止」なんてありえない世の中だ。本田宗一郎が1906年、河嶋が1928年、久米が1932年生まれなのだから・・・・・・ホンダはまさに戦前の人だしあとの二人も戦後教育を受けたとはいえ親のマインドは戦前そのものだろう。
親方が殴って教えるのは当たり前の時代だったのではないか? 実際年齢差も「オヤジ」と呼ぶぐらい離れている。オヤジに「バカヤロー」と殴られる子供はそこらじゅうにいただろうし「体罰反対」なんていう親も存在自体が珍しかったのではないか?
昔の親は「うちの子が悪いことしたら厳しく叱ってください」と先生にお願いしていた。もちろんそれにはびんたも立たされることも水の入ったバケツ持ちも含まれる。
今の常識、世間やマスコミの雰囲気で当時を裁くのは馬鹿げている。江戸時代など拷問は当たり前で市中引き回しの上さらし首なんてやっていたんだから。そもそも切腹して介錯なんて今の人間が見たら卒倒してしまうだろう。
戦場では相手の首をいかに多くとったかで恩賞が決まったのだから…今の感覚で言ったら残酷極まりない。
本田宗一郎はスパナで殴った。それを受け入れる社員はいた。そして・・・・・多くは懐かしげに当時を話す。今の感覚からはおかしいことかもしれないが・・・・その感覚を分かる世代はかろうじてまだ生き残っているのではないか?
共通体験が仲間意識の核になって「あの時俺はオヤジにこんなことやられた」「俺のときはこうだ」と話は尽きない。そういう経験はとても羨ましいものに聞こえる・・・・・・・・・・・・・とノスタル爺の私は思う。
>昔の親は「うちの子が悪いことしたら厳しく叱ってください」と先生にお願いしていた。もちろんそれにはびんたも立たされることも水の入ったバケツ持ちも含まれる。
教師がちょっと手をあげたら「体罰だ」と親が学校にねじ込みにくる今の感覚と、「うちの子が悪いことしたら厳しく叱ってください」と言っていた当時の親の感覚のどちらがまともなのかはわかりませんね。
私の感覚では、かつての方がまともな感覚。
> 私は、体育会の理不尽さで、精神的な強さを得たと思ってますけどね。
> 世の中の理不尽に対する耐性はある方だと思っています。
全くここは同じです、確かに耐性はついた、そして誓った、こんな奴らには
死んでもなるまいと。
> 理不尽って練習に限りませんよ。
これもその通り、世の中理不尽だらけ、だから少しでもまともな世の中にする
努力をすべき。
地域、時代さん
> 私は、日本のスポーツってレベルアップしているように思うんだけど。
> 理由は、科学的、論理的に物事を考える事が出来る指導者が増えてきたお陰。
> だと思っています。
全く同感です、ロンドンオリンピックの選手たちを見て特にそう思いました。































