在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
あ♪ハリーポッター様が出てきて下さった、嬉しい♪
ハリーポッター様、何でも好きな事書いて下さいね。
私なんか「ご飯作ってきまーす」なんて平気で書きますし(笑)
歴史から学ぶという姿勢を育てにくいのかなと思っています。
↑
確かにそうなのかもしれませんね。
私自身、歴史に学ぶ、という事を考え始めたのは大人になってからだと思います。
大学で多少面白さに気がついたのですが、大学時代にバイトが仕事になった形で、深く学ぶ機会を逃しています。
歴史は確かにそこに生身の人間の泥臭さがあって、学ぶ事、多いですよね。
私も、この機会に、量的様が常におっしゃる「学び」を考えていきたいと思います。
色々教えて下さい<(_ _)>
わたしは,学力を,生きる力を発揮するための道具,体力(あるいは筋肉)という
位置づけで考えています。
↑
単線様
すごくすんなり入ってきます。
教えて下さった、URL、今しっかりお気に入りに追加しました。
明日、またじっくり読ませて頂きますね。
もう、そろそろ寝ます。
子供は勉強しておりますが、、中学受験の時は、応援がてらに一緒に勉強をしていたのが懐かしい今日この頃です。
では、これからもよろしくお願い致します。
>地域,時代 さま
>基本、私はカタカナアレルギーなんだと思います。
カニシカ王を、蟹鹿王と表記されていれば、覚えられたのかもしれません。。。(笑)
蟹鹿王,最高ですね。
何となく,蟹江敬三と鹿賀丈史の芝居を想像してしまいました。
カタカナアレルギー,全く同じです。
わたしは,アショーカ王が出るたびに「あ,しょーか」とくだらないことを
いっていました。
世界史ではないですが,外国の小説でも,何とかストリート,とか出てくるともうわけわかめです。
でも世界史,真面目にやっておけばよかったなあ,と感じることは多いです。
単線さん
レスありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いいたします。
浜松城は別名出世城と言われるくらいですから、人物も徳川家康を代表に数多くの人が出ています。
そういった何かを持っている地域だと思っています。
量的様
皆さまの「生きる力」についての議論を拝見させていただき、暫し静観しようと思います。議論を乱してしまいそうなので。
コロンビア白熱教室について
>”運命として見ることもできるし、偶然としても見ることができるが、「選択」が重要だ”というキーメッセージで造りコミをさせるのは、ちょっとした違いですが、実にスマートですね。
「運命」と「偶然」というワードは、宗教的背景を考えると反対語だと感じています。
アイエンガー教授はシーク教徒です。その視点で考察すると輪廻転生とカースト制度についての深い悩みを想像できるテーマだったと思います。恐らく「運命」とは、ヒンドゥー教的輪廻転生を意味しており、前世・後世・現世とデータベースで繋がっており、尚且つ現世の行い(カルマ)によって後世(未来)を変えられるという教えです。それ故カースト制度という現世差別があります。「運命」とはヒンドゥー教のロジックだと思うのです。一方シーク教徒は、ヒンドゥー教と同一起源ですがカーストを完全否定しています。シーク教徒の輪廻転生は、「運命」の否定だと理解しています。つまり西洋の自然科学的「偶然」の支配を容認しているのだと思っています。そして偶然という場当たり的なイメージも「選択する」(小さな選択の積み重ね)ことによって進むべきベクトルを定めてくれる、つまり「偶然に支配された人生も選択によって方向ぐらいは変えられる。」と述べたかったのかなって解釈しています。
とても興味深いテーマでした。
みなさんの話がだんだん深くなってきて、ちょっとコメンとはさみにくくなってきました(笑)
基本、なんとかなるやろ・・・みたいな気になっちゃって、ホントあかん親です。
歴史に学ぶって、とっても重要な事だと思います。
今の子、意外に歴史好きな子多いですよ?
うちの子たち、歴史系のバラエティ好きでよく見てますよ~
戦国鍋テレビもめっちゃはまって見てました(笑)あ、あれはちょと違いますか・・・(笑)
でも、うちの主人(歴史好き)を見ていて思いますが、もしかしたら歴史に学ぶ人間って、結構単純でア○な性格なんでは?
というのも、彼って自分の経験でしか物事を語れないタイプなんですよね・・・。
いろいろな資料や数値を出して説明しても全然ピンとこない。
想像力が乏しいっていうか(笑)
でも歴史になぞらえて語ると、妙に納得すると言うか・・・。
なんなんでしょね?
たんにうちの主人が○ホってことですかね?
ポートキー様
私もまるでついていけてません(笑)。
同じです。基本なんとかなるだろう→なんとかするだろう。と思っているので。
ただ、そこで止まらず考えてみましょうよ。というのが量的様の投げかけだと思うのですね。
私は、自分の子育ては基本、ほったらかしなんです。
視点の親父さんとは、この部分はすごく意見が一致しています。
ただ、私がほったかし、と思っていても、たぶん、子供は親や環境の影響を大きく受けていると思うのですね。
私は、荒れ荒れの地域で育ったんです。
そして、前にもここで書いたように非常に大きな身体的な特徴を持ってます。
もうね、、ものすごい疎外感なんですよ。
自分から積極的にみんなの中に入って行かないと、ぽーーんと線引きされちゃう。
私が一番悲しかった言葉は「お前は俺らと違うんや!」って言葉です。
この言葉と私は戦ったんですね。
小さい頃は戦う事しかわからず、でも、それではダメなんだよって小学校の恩師に自分と闘う事を教えて貰いました。
ヤンチャな男の子なんかは、もう、もろに差別用語を平気で私にいってきてましたから。
でも、私の強さはたぶん、あの環境の中で育った事が大きい。
それは本当にそう思うのです。
今でも、怖そうなおっちゃんが自分の前にいても、全然怖くないです。(まあ、大概私より小さいですし、涙)
昔仲よしだった男の子達がそのまま大人になったんだろうな~なんて思ってしまいますから。
私は、自分が自分の外見で評される事が嫌だった。
だから、私も人をそのように評す事が嫌いなんですね。
それに、勉強が出来る事に重い比重のある環境は、高校大学 だけ、でした。
むしろ、高校に入った時の方が強烈な違和感がありましたね。
エエ所の家の子が多い、私はすっごいその中で浮くんですよ。
なんか、自分に合ってない学校にきてしまった。それは強く感じましたね。
でも、皆高校生になっているので、言ってはいけない事の区別がつく。
また、自分達も、「ガリベン」とか言われてたり、文武両道の強烈な奴等がゴロゴロいるんで、そういう子達は別の意味で嫉妬の対象になってたりするんですよ。
各々が中学校時代に嫌な思いをかなりして、うちの高校に入学してきてきている。
だから、人の事をあーだこうだ、言わないんですね。
友人達は砂糖菓子で包んだような言葉で私を包んでくれたし。
その部分は、本当にありがたかったです。
そんな中で、また、新たに「ああ、こういう環境もエエな」と、高校2年位からやっと適応(笑)出来るようになりました。
と、、長々と書いてしまったんですが、環境や学校でも、人は大きく影響を受けるんだと私は思うんです。
たぶん、量的様は、この私が「それぞれの学校で学んだ事」を、子供達のキャラを見て、教育として考えてみましょうよ。
と、投げかけて下さってるのだと思います。
親子の関係から一歩踏み出して、考えてみましょうよ、って投げかけて下さってるのだとおもいます。




































