アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感さん
>松本清張の社会派作品を真面目に、受け止めていたのではないでしょうか。
ドラマもあったようですね。
子どもが見て楽しい話ではないし、殺人事件ものでもあるわけで、
子どもに進んで見せたいものでもないような…。
他には「はだしのゲン」も見に行きましたので、
差別や平和を考える教育の意図があったんだなと思っています。
>いまではなんでも、差別だ!とか言って、子供の視界から消すのが当然のようになっていますが、直視する方がいいことも多いと思います。
そうですね。
差別だ!の勢いがすごくて、考える余地を与えないところがあります。
それが逆差別のようなものを生み出している面もあるように思います。
>20数年前の「大昔」に戦争なんてものがあったんだなあ・・と子供心に思いました。
子どもにとっては大昔だけど、大人にとってはついこの間ですよね。
必死に忘れようとしたために歪になったような気もします。
今が軽いならば、世界に出たら、まずそこでつまずくのかしら。
英語が下手だから英語のせいにできて、ちょうどよかったとか?
なんか完璧じゃないと不安…みたいな、そういう感じですね。
さくらさん
>ただ、私の意見として私を私が知っていると仮定しても、
日本の今の私学のあり方は否定できません。
私も、私学のあり方は否定しませんが、私学への公費助成は問題だと思います。
何度か、「学問のすすめ」を引用していますが、これなんか参考になります。
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【原文】
三編
「一身独立して一国独立する事」
前条に言える如く、国と国とは同等なれども、国中の人民に独立の気力なきときは一国独立の権義を伸ぶること能わず。その次第、三箇条あり。
第一条 独立の気力なき者は、国を思うこと深切ならず。(中略)
第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外に在って外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。(中略)
第三条 独立の気力なき者は、人に依頼して悪事をなすことあり。(中略)
【現代語訳 斎藤孝】
「個人の独立があって、国も独立する」
このように国と国は対等なのだけれども、国中の人民のなかに独立の気概がないときには、一国が独立する権理を十分に展開することができない。そのわけは、以下の三点である。
第一条。独立の気概がない人間は、国を思う気持ちも浅い。 (中略)
第二条。国内で独立した立場を持っていない人間は、国外に向かって外国人に接するときも、独立の権理を主張することができない。(中略)
第三条。独立の気概がない者は、人の権威をかさに着て悪事をなすことがある。(中略)
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書いてることは、ごもっともですね。
100年以上も前に福澤諭吉が述べたことを、現代の日本人の多くがまったく分かっていないのでは・・
私学への公費助成などおかしいし、そんな料簡でやる私学教育で、
どんな人材を育てるつもりなのか?
まさか・・関心があるのは受験勉強だけなのでは・・それでは国は滅びますよ。
自分にとって有効であればそれを選択するでしょう。
無常感さんの息子さんもそうですよね? (さくらさん)
ユーザーの立場は、関係無いですよ。
そこにぶらさがっているものを、本人が選んでいるだけだから、
その・・ぶらさがっているものに、
公費助成をする行政、それに疑問に感じない納税者(国民)
・・この視点において、いかがなものか?・・となってくるわけです。
弱点さん
>他には「はだしのゲン」も見に行きましたので、
差別や平和を考える教育の意図があったんだなと思っています。
そうそう・・私も「はだしのゲン」も例示しようと思ったのですが、
一例でいいか・・とも思い筆をとめたんですね。
息子が小さいころ、小学校で紹介を受けたのか・・コミックを何度も読んでいました。
ショックだったみたいですが、親の目線からは読んでもらってよかったと思っています。
>差別だ!の勢いがすごくて、考える余地を与えないところがあります。
それが逆差別のようなものを生み出している面もあるように思います。
なにやら、特殊で怖いもの、自分の領域外のもの・・と誤解してしまいますよね。
それでは、自分自身の言動も含めて、身近にそういった問題が潜在している・・というセンスが育ちません。
>子どもにとっては大昔だけど、大人にとってはついこの間ですよね。
必死に忘れようとしたために歪になったような気もします。
今が軽いならば、世界に出たら、まずそこでつまずくのかしら。
英語が下手だから英語のせいにできて、ちょうどよかったとか?
なんか完璧じゃないと不安…みたいな、そういう感じですね。
私たちが子供のころに見ていた、あの大人たちは、「この前まで戦争だったよな・」という目線で
過去をみていたわけですね。一方、団塊の世代は、「俺たちは、戦争を知らない子どもたち」と
ふてくされたポーズをとってみたのでしょうね。
この世代は、なんの目的だか分からずに、暴れに暴れて、総括をしないまま、いまに至るです。
日本(人)が世界に出てつまづくのは英語せいではない、と思うのですね
コア・コンテンツが無いからだと思います。
・・というようなことなので、
大磯小磯さん
>恐らくは、情報化社会により時代の流れがとても早くなったために、グローバルにビジネスを展開するには、今までの英語力では対応できなくなってきたからではないでしょうか
英語ではないと思うんですね。
世界的にみて、国民総生産の規模、経済成長で、英語圏の国が伸びているという事実があるでしょうか?
むしろ、非英語圏の国が、規模、成長、ともに伸びていませんか?
もちろん、ビジネス英語を専門家を充実させた方がいいかもしれません・・高度翻訳家として。
でも、やはりメインの思考は日本語、国語ですよ・・そこが重要です。
たとえば、我々は仕事柄、マスコミでも有名な弁護士事務所を使うことがありますが、
弁護士意見など鵜呑みにはしません・・自分たちの意見を補強するために弁護士事務所を使うわけですね。
メインはあくまでも、自分たちの意見です。
なにも国民すべてが英語が得意になる必要などありません。
日本としては、それなりの質の翻訳専門家の数が足りていればいいだけのことだと思います。
アメリカの属国になるとか、そういう事情があるのなら、国民をあげて英語を勉強しないといけませんけどね。
>地政?
>地政と言えば、
海や山で時間を過ごしながら
小学生の愚息に地政学の入り口を話すことがあります。(糞親父さん)
学問としてどうなの?・・という疑問があるらしいですが、
話ネタとしてはおもしろいですよね。
いろいろな切り口がありますが、よくあるのは歴史関連ですね・・・司馬遼太郎なんかおもしろいです。
幕府から、竜骨をもつ船を建造することを禁じられた江戸時代・・
船の構造が貧弱なので、航海というの原則、陸が見ながら海を進むことだった。
沖まで出るなんて自殺行為なわけですね・・下手して国外に漂流して、戻ってきたら死罪。
江戸幕府は、防衛に関して、敵が海から攻めてくるというセンスが無かったわけです。
黒船来航に どうしてあれだけ江戸の社会が驚愕したのか?・・というと、
防衛に関する常識が、根底から崩れたからですね。
日本は海に囲まれているからずっと安心だと思っていたのに、黒船の技術をもってしたら、
海のどこからでも敵から攻められるリスクがある・・地政の前提条件がもろくも崩れた瞬間だったわけですね。
その他・・最近、地政で感じたことですが・・
リニアモーターカーで、東京~大阪間 片道1時間で行けるとなると何が起きるか?
奥座敷だった京都が、表になってくるわけですね。
天皇陛下が京都御所に御戻りになる・・そういうこともあり得るのでは?。
国会だって、京都に置いてもいいですよね。
経済的にも遷都による実需をあてこめるわけで、その線があるかも・・なんて想像しました。
>学問としてどうなの?・・という疑問があるらしいですが、話ネタとしてはおもしろいですよね。(無常感さん)
たとえば無常感さんが例示されたように事実をどう読むか、その眺め方を伝えたいと思っています。
さらに、その応用として、身近な問題にどう落とし込んで自らの考え方の参考にするか。
>日本は海に囲まれているからずっと安心だと思っていたのに、海のどこからでも敵から攻められるリスクがある
そういうことですね。
穏やかに流れる川や静かな湖と荒海の根本的な違いを実感として知って
はじめてそれぞれに適した船を造れるのではないかと。
自然が提供する無限のものの1つに過ぎませんが。
高じて将来頑固な船大工、どんな荒波でも振動ゼロの技術、船底にお守り古銭。































