アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
溜息さん
>何の根拠も示さずに
「電力不足で日本が立ち行かなくなる
安全は確保されている
コスト面から夏以降も稼働し続ける」
と言っているのには、のけぞりそうになりました。
遅レスで恐縮ですが、
まったく同じことを感じました・・・同感です、1票投じます。
ただ・・念頭に置いておいた方がいいのは、
これは、福井県知事が総理に言わせたセリフ・・ということなんだろうと。
この方なかなか、かけひき上手なのかもしれません。
弱点さん
>どうでしょうね。
決意の表れと受け止めたわけですが、
よく考えれば、あまりにも子どもじみています。
最近のはやりは「命をかけて」でしょうか。
まあ、子どもじみてますよね・・ただ、
私は、初めてやったということで評価したいのですね。
国民が政治に関心をもつきっかけになった と考えます。
「命をかけて」・・二番煎じではダメですね・・全然迫力がない。
さくらさん
>この表現、すごくいいですね。
資本主義の あだ花
たしかにです。
ビジネスマン目線で、AKBのCD がどういう商品なのかを考察してみると・・
①音楽観賞用ディスク + ②AKB総選挙投票権・・このように分解できますよね。
会計的にいえば、①は有形固定資産(物)ですが、②は・・無形固定資産(権利)です。
民法上の権利でいえば、①は物権、②が債権です。
つまり、AKBのCD って、全く性質の異なる権利・・財産権を、1つにセットした商品なんですね。
物権(①)と債権(②)で何が違うかというと、①は「モノに対する支配権」であるに対して、
②は「他者との関係で与えられる権利」ということです。
ここでミソなのは、② なんですね。
AKB総選挙投票権・・この権利を誰が認めるのか?・・CDの売り手ですよね。
投票権があるか、ないか、これを認定するのはCDの売り手です。
認定なんて簡単ですよね・・そして認定さえすればどんどん無尽蔵に、
②の商品を作ることが出来るわけです。
さて、消費者に何が成果物として、なにが残るのか?
①音楽観賞用ディスク だけですね・・あと、あるとしたら、「投票した」という自己満足です。
売り手が投票権を認めてあげるだけで、買い手は投票し己満足できる・・そのために買い手は対価を払うわけです。
ここだけを抽出すると、とてもグロテスクですよね・・そこで、CD販売をセットして中和するわけですね。
これって、すごいビジネスモデルだと思います。
さくらさん
>最近世界地図を買ったのですね。
すると大阪からの正しい方位がわかる地図っていうのがあるんです。
>昭文社さんのまっとうな世界地図なんだけど
なぜ、大阪からなんですかね?
東京じゃなくて。。
昭文社さんって、一度、本社におじゃましたことがあります。
アイデアに満ち溢れたすごい会社ですよ。
全然、知らなかったのですが、調べてみると、大阪で創業でしたよ。
・・だから、じゃないでしょうか。
世界地図で方位というのは、現地まで行くために必要な
飛行機に乗っている 大体の時間 を知りたい・・そんなところですかね。
凡才さん
>これは、話が変わりますが、酒が本当に好きな人は他に何も食べなかったり、正体を失ったり
する事は別に問題無いですが、例えば私は、酒を飲む事によって、正確に行動できなくなった
り、その時間を有効に使えなかったりするのが嫌で、ほとんど飲みません。
>きっと、この事は中学受験の世界でもあるのかなと思っています。
これは中学受験に熱心になるあまり、自分を見失ってしまう・・
そういったことでしょうか?
・・とすれば、そういうことはあると思います。
受験なんて、出来れば、少しは分別がつく高校生で短期間(1~2年)、
思いっきりがむしゃらにやる・・個人的には、その方が健全だと思っています。
さくらさん
偶然ですが、金曜日に家内がポリフェノールをとりたいから赤ワイン・・とオーダーがあったので買って帰りました。
テレビ番組で赤ワインの紹介でもあったのか?と思ったのですが、違うみたいですね。
話は違いますが、素焼きのアーモンドを毎日25粒食べるとダイエットにいい・・というテレビ番組をたまたま観ていて、これも探したのですが完売、売り切れでした。
マスコミの紹介の効果って、すごいですね。
これも、作られた欲望なんでしょうね・・
糞親父さん
>道徳心は主観的、内面的なものであるだけに互いの道徳心が良いとも悪いとも知る由がありませんが、規範は客観的、行動的なもので良いか悪いかの相互ジャッジができるもの、と言う違いを考えておりました。ひと言で言えば、弱点さんの仰る通りです。
う~ん・・
私はですね、客観的な規範なんて無いと思っているのですね。
規範とよばれるものがあるとしたら、たえず変化し、時代の承認が必要なものだろう
・・と考えるわけです。
人間の認識なんて、いい加減なものだから、
規範をもちたければ、たえず会話、そして承認・・この手間を惜しんではいけないと思います。
今朝、朝食時に、あるテレビ番組を観ていて、息子がおもしろいことを言ったのですが、
「東京ドーム7個分の広さなんて言っても、分からないよね」
・・たしかにそのとおりで、
東京ドーム1個分の広さについて、万人共通の広さの認識は無いだろうし、
また、「東京ドーム」である必然性も無いわけですね。
別に甲子園でも構わないし、もっと、言えば「野球場1個分」でもいいわけですね。
その方が理に適っている。
「東京ドーム●個分」なんていう慣用句、大した意味はないし、よく分かってもいないわけですが、
みんな(私も)、ふんふん・・とうなずきながら、会話しているわけですね(笑)
日本人が規範なんて読んでいるものは、所詮、そんなものではないかと。
本当に規範として、きっちり議論して、承認を経るということであれば、たとえば、私が反対する
「私学助成問題」のような議論になるわけですが・・多くの人は、私学助成問題なんかは、
ふんふん と会話したいわけです・・「まあ、目くじら立てずに、適当にやりましょう」・・
その程度のことなんですよ。
規範を大事だというのなら、憲法第89条から「教育」を削除すべきなんですね
・・解釈で、ごまかしてはいけないと思います。
規範を大事にしようなんて空気は、政治家にも、国民にもありません・・相変わらずだなあと感じています。































