アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感さん
これは、メアリーフライさんが自ら著作権を放棄して提供した
歌詞なのですよね。
I am in you.
I am in you, so I do not die.
So I can feel everything you feel,
I can love everything you love.
So do not stand at my grave and weep.
Let us feel the winds.
この私は、貴方の中にいる現在今の時制。
美しいですね。ストレートに歌詞が羽ばたいているようです。
さくらさん
>それは、キリスト教とか宗教とかではなくて
あまりにもできすぎていると思いません?
>宗教というより神の計画を感じるということなんです。
そうそう・・私が関心があるのは、そこなんですよね。
個人的には、特定の教団に関心は無く、宗教だろうが、科学だろうが、何でも構わないのですが・・
ある種のことが、必然なのか、偶然なのか・・そのように考察し、
一応、前者(必然)が正しい仮定した場合には、それを必然たらしめた「何らかの存在」が
必要になってくるわけですね。
「何らかの存在」・・
それを私たち人類は、「神」とよんだり、「仏」とよんだり、「天」とよんだり・・
いろいろな呼称をもって、それが何なのかを解釈するわけです。
注意しなければならないところは、「前者(必然)が正しい仮定した」・・ここです。
私は、まるで正誤があるかのような前提で、このような論理的な表現をしましたが、
「必然」と「偶然」・・本当は、どちらが正しいということではなくて、
多分、考察者の「欲望」で決まるものではないのか・・そのように思うのですね。
この世界に何か確たるものを感じたい【A】のか、
いやいや・・この世界はすべて無常なんだ・・確たるものはない・・あるのは無常という法則だけだ
・・と感じたい【B】のか・・【A】と【B】で、必然と偶然・・帰結が分かれると思います。
私は、そのときどきで自分の「欲望」が、【A】にふれたり、【B】にふれたりします。
う~ん・・修行が足りませんね(笑)・・まあ、人間なんて、そんなものかもしれませんけど。
さくらさん
ちょっと調べてみました・・
メアリーフライが1932年に書いたオリジナルの原詩は、以下のとおりらしいです。
「現在」の時制に統一して、「私は、あなたのそばにいるよ」という強い情感が伝わってきますね。
受験英語ぐらいしか、経験がありませんが・・・
私のお墓の前にこないで・・そして、泣かないでください。
私はそこにはいません、眠ってなんかいない。
千の風、やさしく降る雪、穏やかな雨、実った穀物の農園、朝の静けさ、美しい鳥たちの優雅なはばたき、
夜の星の明かり、咲いた花、静かな部屋、鳥のさえずり、私たちが愛していたもの・・私は、そこにいます。
だから、私のお墓の前にこないで・・そして、泣かないでください。
私はそこにいません、死んでなんかいない・・いつも、あなたのそばにいるのだから。
・・・さくらさん、こんな感じで宜しいでしょうか?
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『 Do not stand at my grave and weep 』
Do not stand at my grave and weep
I am not there, I do not sleep
I am in a thousand winds that blow
I am the softly falling snow
I am the gentle showers of rain
I am the fields of ripening grain
I am in the morning hush
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight
I am the starshine of the night
I am in the flowers that bloom
I am in a quiet room
I am in the birds that sing
I am in the each lovely thing
Do not stand at my grave and cry
I am not there I do not die
Words by Mary Frye
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糞親父さん
余力が無くて、糞親父さんの【2587205】から議論が途切れさせていただいたので、続きですが・・
>それがまさに私教育のみでは立ち行かないということです。
だから公教育を・・と言っているのです。
かねてよりの私の主張をご覧いただければ、お分かりいただけると思いますが、
公教育のテコ入れは、私は「大賛成」です・・・だけども、何を教育するのですか?・・という論点がありますね。
それと・・私教育も大事だと思うのですよ・・学校教育の私学というよりも家庭教育(これも私教育)です。
>どうやって一人一人の大人がきちんとした正しい生活をするようにさせるのか?
無常感さんのお話に懐疑的になる理由はそれが示されていないからです。
そこは社会教育の観点で、考えるのでしょう。
たとえば、生活保護の問題・・大阪市なんか、荒療治が必要ですよね。
生活保護受給者210万人のうち、30万人が大阪府・・そのなかで15万人が大阪市らしいです。
命懸けで政治をやらなければならない・・橋下さんに期待しています。
>実態のない空気は無きに等しいと思います。
先ず『子供の公教育をしっかりやる』これが将来的に『大人が真面目に取り組む社会の「空気」』を創る。
これなら実態が生まれます。
う~ん・・やはり、よく理解できないのですね。
なぜ、「大人の教育をしっかりやる」とせずに、子供の問題まで飛ぶのでしょうか?
・・前掲の生活保護の問題しかりですよね。
まずは、フザケタ大人を、デキタ大人が教育するのでしょう・・なぜ、そこから逃げるのでしょうか?
子供が、デキタ大人を範とするような社会になればいいのですよ。
まずは自分の子どもから・・ですよ。
糞親父さん
>『自分の頭で考え悩むこれがある限りはあまり心配ないと思います。』・・・たとえば「受験」「就職」なのど極めて個人的なことならそう言えるかもしれません。他にも日常の他愛もないことならそれで通用しますね。
しかし、皆に共通する社会的なことを考えると、
『同じ世代のこどもたち同士が皆で積極的に一緒に考え悩む・・・これがある限りは、あまり心配ないと思います』ではないでしょうか(真似をしてすみません)。
それを学ぶことができる部活動や児童・生徒会活動等の団体活動の意義は非常に大きい。これは家庭ではできないことです。
「同じ世代のこどもたち同士が皆で積極的に一緒に考え悩む」
学校教育では必然的に「同じ世代」となりますが、
教育といったら学校教育・・と偏りすぎていませんか?
むしろ、老若男女と交わって社会を学ぶ・・
いま、子供たちに必要なのはそういうことではなないでしょうか。
別に教育する大人は、親だけとは限らないですよ・・地域社会・・自治会でもいいわけです。
おっしゃるとおり、会話は必要ですよ・・その重要性は否定しません。
だけども、日本人はみんなで・・といいながら、結局、他人のコピーになりますよね。
最後、決めるのは自分です・・そこが重要だし、外してはいけないと思います。
その判断力を養うためには、いままでみたいに、同じ世代だけで学校教育ではダメだと思います。
糞親父さん
>母親と養育者へのアプローチというのは、無常感さんが仰る「大人から」そのものですね。無常感さんが仰る「家庭教育」にも通じます。
そうですね・・家庭教育・・地域教育も入れてもいいと思います。
念のためですが、これは私教育です。
>正々堂々・・と言えば。
民主・自民・公明の原発村議員がフザケタ官僚と協働して、たった3日で原発関連修正法案を通してしまいましたね。
>完全に「骨抜き」です。
「骨抜き」だけでなく・・原子力基本法の一部改正・・
「我が国の安全保障に資することを目的として」この追加はちょっと怖いですね。
無常感さん
>>母親と養育者へのアプローチというのは、無常感さんが仰る「大人から」そのものですね。無常感さんが仰る「家庭教育」にも通じます。 (糞親父)
無常感さん。上記を先に書きましたように、子どもたちの信頼感の育みをするうえで「大人から」というアプローチもなくてはならないものであることを、自分なりにすでに納得しました。2者択一ではなく、双方必要なのでしょうね。































