充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
崩壊した公立義務教育・・
ヘンな日本語ですよね。
私立義務教育という言葉があるか?・・
義務教育に、わざわざ「公立」なんて
つけなくても・・
崩壊・・具体的に何が崩壊しているのか?
まったくもって、意味不明ですね。
まあ、そもそもスレ主さん・・
まじめに議論する気なんて、
なさそうですけど・・
一言で教育といっても、いろいろなものがあって、「学校教育」と「学校教育以外のもの」があるわけですね。
チョムスキーさんがおっしゃる、
「家庭教育の徹底」「議論教育」「勉強の動機付け」・・別に学校教育限定で考えるべきことではないわけですよ。
あさがおさんの「勉強=絶対善」という考え方・・何を勉強するのか、そこが欠落しているのですね。
学校教育でやらなければならないことは、何なのか?・・そこが落ちてしまうと、何がなんだか、訳の分からない話になります。
家庭ではできない教育、それは何か?
私は、国民としての教育だと思います。
それが、公教育でしょう。
国民の教育だから、学校教育でなければ
ならないのですよ。
何を勉強するのか・・
国民としてのお作法を勉強するのですよ。
意見の違う人を排除するのは良い事ではありません。それこそ思考停止です。
ともあれ、見かけ上私学中高一貫は大学入試に強いのですが、それ以降はどうなんでしょうか。
大学の講義でも塾のノリでレジュメを要求し、過去問収集サイトまで運営されています。
確立した分野はそれでもいいんでしょうが、先端的な分野になればなるほど、それはやってはいけないやり方なんです。受験勉強の悪癖と言えます。
あさがおさんは私学教育が完全に公立より優れているというお考えのようですが、それもどうかなと思います。公立もいろいろで、実験校的位置づけのもありますし、拘束が緩いところでは自学の余地もかなりあります。良い先生は万人にとって良いわけではないのです。
まあしかし、今の都会では私立・国立に優秀者が集中しますので、そこが昔の公立みたいなものだと考える事もできます。選別時期を早めているのが社会にとって良い事なのかどうか、都立学校群導入から45年。そろそろきちんと評価すべき時期でしょうね。
多分さん
大学に進学してから、要領よくテストさえ通れば良いという安直な対処法は、受験勉強の悪癖だと考えます。また、教える側も学生がもう少し興味を持つような工夫が必要でしょう。
なお、私は、私学教育が”完全”に公立より優れているとは思っていません。優位な面を強調しているだけです。仮に、環境により公立を選んでいたとしても、出来得ることを利用して、学習意欲を持つ > 自分で勉強をする習慣が身に付く、といった家庭内の工夫を考えていたと思います。
選別時期を早める、というより、現場の制度下では、早くから子の才能、適性を見出して伸ばすことが、子供にとっても社会にとって良いことだと思います。義務教育の中学では、得意を伸ばすという点で、習熟度別クラスを導入してもよいのではないでしょうか。
無常感さん
>「家庭教育の徹底」「議論教育」「勉強の動機付け」
>・・別に学校教育限定で考えるべきことではないわけですよ。(無常感さん)
はい、そう考えています。別に学校教育限定で考える必要はありません。
[ A ]
> あさがおさんの「勉強=絶対善」という考え方・・何を勉強するのか、
> そこが欠落しているのですね。
[ B ]
> 学校教育でやらなければならないことは、何なのか?
> ・・そこが落ちてしまうと、何がなんだか、訳の分からない話になります。
> 家庭ではできない教育、それは何か?
あさがおさんの「勉強=絶対善」という考え方:これを決め付けだと言っているのです。
私は、先に、勉強が得意でそれで身を立てることを望む子は勉強で、・・・、それは、文芸、スポーツ、人としての魅力(人格)でもよい、と多様性を強調しています。文脈からは、勉強するのは、それぞれの子が将来の目標に向けて必要なことと理解出来るでしょう。
その後の無常感さんの展開、わけのわからないのはこちらです。
学校教育でやることは、きちんと指導要領で明確に示されているでしょう。
[ C ]
>私は、国民としての教育だと思います。
>それが、公教育でしょう。
>国民の教育だから、学校教育でなければならないのですよ。
国民としての教育とは、(歴史、道徳も含めて)学習指導要領でカバーされているのではないですか
[ D ]
>何を勉強するのか・・
>国民としてのお作法を勉強するのですよ。
現場の公教育で不足している点が国民としての作法にあるとお考えでしたら、
国民としてのお作法:これこそ内容として何を指しているのか? その点こそ要説明でしょう。
この無常感さんの帰結のわからないところは、
{ A ] 決め付けによる間違い > > [ B ] 思い混みによるわからない展開 >> [ C ] ご自分の主張に話題を振り >> [ D ] ご自分の持論にジャンプ
と、本来、[ A ] > [ B } > [ C ] > { D } の各段が論法として成立して展開すべきところが、全く成立していないんですよ。いつも、この調子です。 そのほころびと無理筋を指摘しているのです。
あさがお様
>選別時期を早める、というより、現場の制度下では、早くから子の才能、適性を見出して伸ばすことが、子供にとっても社会にとって良いことだと思います。義務教育の中学では、得意を伸ばすという点で、習熟度別クラスを導入してもよいのではないでしょうか。
早期に選抜することで、子供たちの意識に階級の分断を生じさせてはいませんか?また、早くから偏差値が上がりすぎて、真に向いてはいない進路を選んでしまう子も出ませんか?
勉強させれば成功するとか、英才教育をすれば成功すると勘違いしている人が多いけど、ノーベル賞をもらうようなトップの研究者は、中学高校大学と運動部で活躍したり、受験優等生でなかたりする。基礎学力は必要だが、実は勉強以外のところで勝負が決まる。そこに、受験秀才が社会に出ても活躍できない理由がある。それがわからなければ、大学合格が人生の頂点の受験秀才で終わってしまう。
東大や医学部に入ったからといって「格が違う」だとか「勝ち組」だと勘違いした受験バカが人生の勝ち組になることはまずない。
いわば「勝ち組だと思った時点で負け組の法則」。





























