アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>私学というのは、公立学校と違い、 あっても、なくても、いい存在
これはその通りでしょうが、では”今現在”公である目的(公でなければならない理由)は何でしょうか?
教育を受けたくても受けられない子供たちに場を提供する、という意味では必要ですが
それが私では出来ないということにはならないと思います。公がその家庭に教育費を補助したり
学費そのものを私学でも無料(補助)にすればよいのですから理由になりません。
個人的には、公であるものは公でなければならない理由があるから公であり
そうでなければ民間に委託しても何の問題もない、と思っています。
つまり、公であることの方が特殊なことではないかと。
むしろ、公であることが邪魔をする場合も多いので、公(税金)でまかなうものは
必要最低限であるべきではないのでしょうか?
中学教育が義務だから?というのは公でなければならない理由になっていないと思います。
なくてもかまわない民間企業(私学)でも働くこと(学ぶこと)に意味があるのだから、
勤労(教育)の義務を果たすためなら公で働く(学ぶ)必要もない。
労働を保障するという観点では必要でしょうが、保障しなくても職があるなら
”労働の場”という意味での公の労働場所は不要でしょう。
先に書いた施策により教育も私で対応可能となれば、義務であろうと私に任せても何の問題もないのでは?
中学も公の必要はないと考えます。
必要あるとすればその教育内容です。
では
①私にはできない教育とは、具体的には何でしょうか?
②現在の公立中学で実施している公でなければできない教育とは何でしょうか?
③その(公でなければ出来ない教育の)目的は達せられているのでしょうか?
どなたかご回答お願いいたします。
実際問題、私立中学が体をなしている(義務教育として認められている)ということは、
私でも十分、役割を果たせているのではないのでしょうか?
なにしろ、今は公立中学が私立の真似をしようとしていますから。
公にしかできないのなら、堂々とそれを進めればよいのに、不思議です。
私は中学でも退学させる、最後までできない子の面倒を見ないと言いますが、
これも義務教育であれば退学させてはいけないと法で定めるだけでよいのです。
選抜試験の有無がありますが、それだけでは本質的な教育内容の違いはでません。
積極的に行きたい学校を選ぶ人に条件が必要というだけです。
差はその程度(入口だけ)のものです。選抜試験のある公立も少なくありませんが。
ここに意見を書いている方々には、私には公にない良い点があるから、という人もいますが
多くの方が、公も私も同列(本質の差がない)だからこそ、単純に行きたい学校を選んでいるだけだと
思いますよ。
本質に差がないからいらない、ではなく、差がないからどちらを選択しても問題ない
と考えているのです。
ところで、警察と保安会社を比較するのは、役割が違うのだから例としておかしいくありませんか?
これは学校(文科省の定めた学習指導要領を実施するという役割、実施していなかった学校が公立にも私立にも
ありましたが)と進学塾(志望校合格を助ける役割)との比較の例でしょう。
塾はひっくり返っても学校になれない。公立であろうと私立であろうと、学校そのものは不可欠。
また、ノーベル賞受賞者が必ずしも受験勉強が得意でないということは
単に、ノーベル賞と受験勉強の出来不出来との間に、明確な因果関係がないというだけ、
受験勉強が得意なことがノーベル賞が取れないという”客観的な根拠”にはなりませよね?
受験で点数が取れることがノーべル賞受賞の必要条件ではないというだけです。
それにしてもノーベル賞が取れないからと言う理由で受験勉強を「その程度」などといえることには、
感心いたします。ずいぶんハードルが高いですね。
意見さん
きちんと理解したければ、近代国家における自然権、教育権、コンドルセの公教育の原理・・このあたりの法理を勉強して欲しいのですが、
国家が国民に学校教育をするのは義務だし、国民の権利であり、憲法に保障されているのですよ。
公の目的?・・意味が分かりませんが、目的うんぬんではなく、公立学校はあるべくして、なければならない、それは近代国家の要件なんですよ。
そのうえで問われるべきは、なんで私学が必要なのか?・・私学の目的の方なんですよ。
だから、私学の価値は何?・・と問うているわけです。
もちろん、受験私学のように、学習指導要領つき塾、予備校・・こういう私学の目的があっても構わないわけで、だけども、公教育ではないので、公費助成(私学助成金)を廃止してもらいたい・・そのように考えます。
意見さん
以上の基本的なことをおさえたうえで、お話をしますと、
>では”今現在”公である目的(公でなければならない理由)は何でしょうか?
教育を受けたくても受けられない子供たちに場を提供する、という意味では必要ですが
それが私では出来ないということにはならないと思います。公がその家庭に教育費を補助したり
学費そのものを私学でも無料(補助)にすればよいのですから理由になりません。
「公である目的」・・この質問は無意味なんですよ。
目的があろうとなかろうと、現に(近代)国家・・日本国が存在してるわけで、近代国家である以上、
国家は「学校教育」を行う義務を負う・・これは憲法で、国家と国民が契約していることです。
「公がその家庭に教育費を補助したり 学費そのものを私学でも無料(補助)にすればよいのですから
理由になりません。」
・・なんだかカルイのですが、お金の問題だけなんですか?・・これは人権の問題なんですが。
問題児だろうが、傷害児だろうが、ほかに問題があろうが、国民の「教育を受ける権利」を
守らなければならない・・それが公教育なんですよ・・これを私学で出来るのですか?
>個人的には、公であるものは公でなければならない理由があるから公であり
日本国家(ひいては公教育)は「理由があるから」存在しているのですか?・・
違うでしょう・・現にそこに「在る」のですよ。
>そうでなければ民間に委託しても何の問題もない、と思っています。
端的に、「そうでない」です。
>つまり、公であることの方が特殊なことではないかと。
むしろ、公であることが邪魔をする場合も多いので、公(税金)でまかなうものは
必要最低限であるべきではないのでしょうか?
学校教育が「私」であることの方が特殊なんですよ・・ぜひ、世界の学校制度を確認してください。
もっといえば、公費助成つき私学なんかは超特殊です・・オランダのような憲法の裏付けの無い
日本オリジナルの制度です。
>中学教育が義務だから?というのは公でなければならない理由になっていないと思います。
国家が子供に、国民が子供に、学校教育をする義務を負う・・憲法で「義務教育」は規定されているわけで、
私立中学で学校教育を行う義務などありません。
>なくてもかまわない民間企業(私学)でも働くこと(学ぶこと)に意味があるのだから、
勤労(教育)の義務を果たすためなら公で働く(学ぶ)必要もない。
労働を保障するという観点では必要でしょうが、保障しなくても職があるなら
”労働の場”という意味での公の労働場所は不要でしょう。
①勤労の義務と、②教育を行う義務・・全然、意味が違いますよ(笑)
①の主語は国民全般です・・②の主語は国家と保護者です。
>先に書いた施策により教育も私で対応可能となれば、義務であろうと私に任せても何の問題もないのでは?
中学も公の必要はないと考えます。
くどいようですが、お金だけの問題ではありません・・人権の問題なのです。
そんな発想でいったら、差別問題が起きます。
続き・・
>必要あるとすればその教育内容です。
では
①私にはできない教育とは、具体的には何でしょうか?
②現在の公立中学で実施している公でなければできない教育とは何でしょうか?
③その(公でなければ出来ない教育の)目的は達せられているのでしょうか?
どなたかご回答お願いいたします。
・・というか、意見さんは、根本的な勘違いをしているのですが、
公立学校で、どんなことができようと、できなかろうと、
近代国家には「公立学校は必要」なんですね・・近代国家の理念はそうだし、憲法にもうたわれている。
つまり、「公立学校」の存在理由は、できること、できない、ことには左右されないのですよ。
どれだけ能力が低くても、「公立学校」を無くすことはできません・・そこに国家がある限り。
(もちろん、できることを増やそうという努力は別問題です・・が、これは存在理由とは無関係です)
一方、私学はどうか・・というと、役に立つのか、立たないのか・・私学の価値を問うのですよ。
価値が無いのなら、いらない・・そういう意見が成り立つわけです。
そういった意味で、公立と私学は水平関係にはありません・・
受験生、保護者が学校選択で、あかも水平関係にあるかのような錯覚をしているだけです。
>実際問題、私立中学が体をなしている(義務教育として認められている)ということは、
私でも十分、役割を果たせているのではないのでしょうか?
そうですか・・それでは、例えば、学習障害の子どもがいます・・私学は受け入れてくれますか?
都合の良い子供だけ受け入れるのは、いかがなものですか?
>なにしろ、今は公立中学が私立の真似をしようとしていますから。
公にしかできないのなら、堂々とそれを進めればよいのに、不思議です。
たしかに、多少は、受験私学がやっているように、塾、予備校のモノマネも必要かもしれませんね。
>私は中学でも退学させる、最後までできない子の面倒を見ないと言いますが、
これも義務教育であれば退学させてはいけないと法で定めるだけでよいのです。
なんだか安直なんですが・・民間団体(学校法人)を法で縛るのですか?・・
それって、すでに私学ではないでしょう。
また、学校法人を法で縛れば、子供の人権を守ることになるのですか・・そこが本質的なところです。
>選抜試験の有無がありますが、それだけでは本質的な教育内容の違いはでません。
積極的に行きたい学校を選ぶ人に条件が必要というだけです。
差はその程度(入口だけ)のものです。選抜試験のある公立も少なくありませんが。
何をおっしゃりたいのか、意味不明です。
>多くの方が、公も私も同列(本質の差がない)だからこそ、単純に行きたい学校を選んでいるだけだと
思いますよ。
本質に差がないからいらない、ではなく、差がないからどちらを選択しても問題ない
と考えているのです。
視野の狭い保護者はそうですね・・公立と私学が同列に見えるらしい。
でも、教養のある保護者は、私学であっても、そんな安直なことは言いませんよ。
学習指導要領つき塾、予備校みたいなこと「先取り学習」「検定外教科書の使用」「毎週確認テスト」「長期休暇中の補習」「予備校講師の授業」をやっている中高一貫公立中学、公立トップ・2番手高校はそこそこありますよ。
最後です・・
>ところで、警察と保安会社を比較するのは、役割が違うのだから例としておかしいくありませんか?
これは学校(文科省の定めた学習指導要領を実施するという役割、実施していなかった学校が公立にも私立にも
ありましたが)と進学塾(志望校合格を助ける役割)との比較の例でしょう。
塾はひっくり返っても学校になれない。公立であろうと私立であろうと、学校そのものは不可欠。
例ではなくて比喩だから、役割が完全に一致しなくてもいいのですよ。
国家としては、警察が無かったら困るけども、警備会社は無くても困らない。
警察で安全が不安な人は、警備会社とも契約する。
警備会社の存在理由が何か?・・というと、警察では達成されないかもしれない治安の不安、
これを補うために、国民(民間人)が個別契約することにある。
つまり、警備会社の存在理由は、あくまでも警察という存在があって、それを補うことにある。
警備会社は、「警察の影」の存在だということです・・
警察があってこその、警備会社だということ・・これは学校でも同じなんですよ。
私学が公教育だとうそぶくなら、公立学校の公教育では達成出来ない、公教育を補う・・
公立学校の補助者の存在で無ければおかしいのですね。
でも、実態はどうですか・・塾、予備校のような私教育に突っ走っていますよね。
公教育だとうそぶいて、公費(私学助成金)でエネルギー充填して、私教育に邁進しているわけだから、
受験私学って、これ何なの?・・と不審を感じざるをえないです。
まあ、でも・・私学でも受け入れにくい生徒を受け入れる学校もあると思うのですね。
そういった学校は公教育実践校として、私は、敬意を表します。
>また、ノーベル賞受賞者が必ずしも受験勉強が得意でないということは
単に、ノーベル賞と受験勉強の出来不出来との間に、明確な因果関係がないというだけ、
受験勉強が得意なことがノーベル賞が取れないという”客観的な根拠”にはなりませよね?
受験で点数が取れることがノーべル賞受賞の必要条件ではないというだけです。
それにしてもノーベル賞が取れないからと言う理由で受験勉強を「その程度」などといえることには、
感心いたします。ずいぶんハードルが高いですね。
なんだか論理がおかしいのですが、
「ノーベル賞受賞と受験勉強が得意であるということに因果関係は無い」
・・こう書いてしまったら、それで終わりなんですよ・・2の、3の、と言う話でもない。
>受験勉強が得意なことがノーベル賞が取れないという”客観的な根拠”にはなりませよね?
なんだかヘンな日本語ですが、そんなこと言う必要もないわけです。
>受験で点数が取れることがノーべル賞受賞の必要条件ではないというだけです。
それは分かりませんよ・・受験に受かるくらいの能力は必要かもしれない。
>それにしてもノーベル賞が取れないからと言う理由で受験勉強を「その程度」などといえることには、
感心いたします。ずいぶんハードルが高いですね。
受験信仰を崩すには、多少は、強い言葉が必要なんですよ(笑)
無常感さん
おっしゃりたいことは分かります。
>目的があろうとなかろうと、現に(近代)国家・・日本国が存在してるわけで、近代国家である以上、
>国家は「学校教育」を行う義務を負う・・これは憲法で、国家と国民が契約していることです。
近代国家・・200年以上も前の原理(思想)が現代国家にもそのまま当てはまるのだろうか?
と考えたわけです。
国家が教育を行う義務を負う・・社会が成熟した現代社会でも、国家が直接やらなければならない理由とは?
その目的とは?
考えることがナンセンスなのでしょうか?
>視野の狭い保護者はそうですね・・公立と私学が同列に見えるらしい。
>でも、教養のある保護者は、私学であっても、そんな安直なことは言いませんよ。
結局、こういうことですか。視野が狭い、教養がない・・。






























