アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>そのかわり、視点さんや無常感さんを出だしの
>文言で排除するといったことのなきようお願いいたします。
では、ウソや事実のねじまげが、なくなるのでしょうか?
言論の自由をうたいながらのね。
こんな小さな、事実も認められないのにですか?
葵様
>国が私立校を公立校化する必要があると判断しているのですか?
私が聞かれたのではない話ですが、
このタイミングでスレタイに関連した話題なので…(笑)←顔文字がわりの、
なごみ系にっこりマークのつもり。
これはたぶん、すべてを公立にすべきという意味ではなく、
公の指導がしっかりと及ぶようにしておきたい。
また私立だからといって、勝手なことはするなよ、
公が定める範疇でよろしくね~(公教育)、としておきたい。
という意図では。
また、公がすべきことを民間に肩代わりしてもらっている部分もあるので、
そのご褒美的側面も。
当然ながら学校が、全部が同じである必要はないと思われます。
憲法第26条でも「すべて国民は、法律の定めるところにより、
その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」
『その能力に応じて』と入っていますし。
義務教育に関しても、
「義務教育において学ぶべき基礎・基本については,
ある程度画一的になってもすべての子どもに身に付けさせることが必要。
その上での多様化を考えるべき。」と文科省のHPにあります。
つまり多様化は否定されていません。
公平であるべきは、「(能力に応じた)教育を受ける機会」であって、
実際に受ける教育の内容までもが同じである必然性は、
どこにもないと思われます。
公が考える「基礎・基本」を学び終えているならば。
掲示板が荒れるのは、議論で負けてくると苦し紛れに相手の人格や性質まで言及した、所謂個人に対する挑戦を始める人がいるからですよ。ルールの中で勝てないから反則をしてしまう訳ですよね。
本当に強い人というのは、相手が5の力だと同じ5か6ぐらいで、相手が7なら自分の7か8でしか返さないもんですよ。
分かる人には分かると思うんですけどね。
>掲示板が荒れるのは、議論で負けてくると苦し紛れに相手の人格や性質まで言及した所謂個人に対する挑戦を始める人がいるからですよ。ルールの中で勝てないから反則をしてしまう訳ですよね。
ふつうはね。
あの人の主張は、『最初から。』
ターゲットの誹謗中傷が「含まれて」いたよ。
ターゲットの関係者からの、誹謗中傷への批判は無視し、言論の自由といって、自分の主張は続けてきたのだよ。
で、自分の反対の主張には・・議論方法の批判には・・
お勉強しましょうね。ですか?
お相手する必要もない。ですか?
では、一目連さんは
中学受験者を以下のような人間と断定し批判した上で、「個人の性質?」を公金助成をしてはいけない「理由」にしていることを「正しい」とでも思っているのですか?ありえないでしょ。人の内心を勝手に想像して、それを「理由」にするなんて。
>とにかく、オレが医者になれたらいい・・そんな人間に公的助成が必要でしょうか?
葵さん
>国が私立校を公立校化する必要があると判断しているのですか?
それも面白いかもしれませんが
もしそうなったら全部が公立学校ということで一件落着感はありますが
その中でやっぱり学校それぞれの個性(受験に強い学校や野球に強い学校など)がでて
結局公平感は失われるように思うのですが。。。?
その辺りはどのように均していくのでしょうか?
日本国が、公立化する意思があるかどうか・・そこは分かりませんが、
私が観たところ、コントロール下においておきたい、しかし金はかけたくない・・
そんな感じですね。
私学助成金のいわゆる運転資金の半分まで・・と規定があるのですが、
そこまで行ったことはなくて、学校数で頭割りするシーリング方式のような形で
予算を考えていると思います。
公立だったら個性が無くなるわけではなくて、
同じ教育委員会の管轄下に、A学、B校、C校、D校、E校・・と多数の学校があるわけで、
学校のスタイルを規制緩和をすればいい・・すると、いろいろな学校ができます。
京都大学・・国立大学、国家の大学ですが・・個性が無いですか?
以上のように、公立化と個性って、別に相反することではないのですよ。
一目連さん
>掲示板が荒れるのは、議論で負けてくると苦し紛れに相手の人格や性質まで言及した、所謂個人に対する挑戦を始める人がいるからですよ。ルールの中で勝てないから反則をしてしまう訳ですよね。
このスレでは、それはちょっと違っていて・・
議論をしていくと、知識量、論理力、企画力、表現力・・いろいろな意味で差があるのが自然で、
通常は平易な言葉で、膨大な根気とエネルギーを使って説明をするわけですね。
ところが、人によっては、とても頑固な方もいるので、
何度も、何度も、自分の理解の範囲のものだけを押し付ける・・そういうこともあるわけです。
結局、自分の言いたいことだけを言いたい・・議論ではない・・そんな形になっていくので、
そうなると、
①下りる(スルーする)か、②事実をはっきりさせる、・・どちらかになってしまうのですね。
①だと、「何で議論しないんだ、スルーするな!」となる・・
だから、大体、私は②をとります・・そこで、「弱いものいじめをして、気持ちがいいんだろ!」と
批判が出る・・そういう展開なんですよ。
でも、よく考えてください、①と②・・どちらがラクですか?・・・①の方がラクですよ。
こんなに膨大な労力をかけて、弱いものいじめをする趣味など私にはありません。
それと・・どうして議論をせず、「何度も、何度も、自分の理解の範囲のものだけを押し付ける」
ような方がいるのか・・ここが気になるのですね。
その根源は、「自分の物語」を、傷つけたない!・・その強い思いから来ていると思うのですよ。
「自分の物語」・・自分で楽しむ分には、それはそれで結構なことなんですが、
他人と議論をするときにそこに強く固執されると、「自分の物語」はいいけど、
「他人の物語」を傷つけることになるわけです。
「物語」と「物語」のぶつかりあい・・2ちゃんねるで顕著だし、この掲示板にもありますが、
学歴主義、ブランド主義、形式主義 がプンプンする応酬レスの集まり・・このような展開になるわけです。
そういうのはやめて、おもしろい議論をやりたい・・そういうことなんですね。






























